8 模擬戦・・・パック
これまで:ハイエデンの街に本拠を置く事にした一行は元ドルケルを労働力として押さえ、商品の量産態勢も出来つつある。不法居住区と呼ばれる土地のガレキ片付けも終わった。
明日からはハイエデンの街へ出て被害に遭った家の片付けをする。パックの憂鬱な気分を他所にその景気付けが始まった。
参加者は8人。賞金は6人に1万シル。ガルツさんからのご祝儀みたいなものだけど、みんな楽しそうだ。僕も頑張ろう。
「ようし。くじ引きだ。恨みっこなしだぞ。
さあ1を引いたのは誰だ?」
「あたし、いちー」
「俺もいちだ」
「アリス対ヤングか。じゃあ早速行くぞ。始め」
アリスは普通の剣、ヤングは短剣だね。
ヤングが短剣を右前に構え正面から突進して行ったが、アリスは軽く躱しすれ違いざまに胴を薙いだ。決まったかに見えたが咄嗟に短剣をずらしヤングが凌いだ。
アリスがバッと間合いを取る。退がると見たヤングが再び突貫を掛ける。体格が違うので正面からの攻撃は不利かと思ったが、アリスは3連続の斬撃で迎え打った。足を止め必死で受けるヤングの喉元に切先が襲い掛かりピタリと止まった。
「アリスの勝ち!次は2番」
「僕が2番」
「相手はパックさんでやしたか」
「パック対ワイズ。始め」
僕は長めの剣を持ったけど、ワイズも短剣だね。でも妙に低い構えだな。
体を左右に揺らし突っ込んで来た。僕は両手で剣を前に構えたまま右へ一歩退がる。ワイズが左へ半歩踏み込んで下から、突き上げるように手元を狙って短剣を振るう。僕が躱すと、体が伸び切る前にサッと屈みさらに左へ踏み込んで来た。
咄嗟に剣を両手で左へ向けるとワイズが右へ大きく飛び込んでくる。飛ぶ動きが見えたので僕は右袈裟に斬り込んだが、短剣で流されてしまった。このままでは左がガラ空きになる。
ミットの回転を思い出した。一か八か手足を思い切り縮めると視界がすごい速さでブレる。急いで右を見るとワイズの影が短剣を下回しに切り上げようと動き出している。ここだ!
上からの切り下ろしはワイズの短剣を叩き落とした。
「パックの勝ち」
「さすがでさあ。パックさん」
ワイズが小躍りして笑った。
「ありがとう、でもまぐれだよ」
「運も実力のうちでさあ」
「次は3番」
「俺が3番だ」
「うへ。兄貴が相手かい。こりゃ気張らないと」
「ユーラス対ケビン。始め」
ケビンは木製のハンマーだ。ユーラスは普通の剣だね。ケビンは木槌の頭近くを右手で握ってるね。
ユーラスが左へ踏み出し剣を右へ振った。ケビンはその剣を柄で跳ね上げ、左手を握りまで滑らせる。右手で頭を跳ね上げ左手を下ろす。恐ろしい速さで槌が動き出した。左手の突き出す動きが頭の動きを加速しているのか?
飛んでくる槌をユーラスが左へ躱す。空を切った槌が止まらない。どうやったのかぐるっと回ってまたも襲いかかる。堪らず一歩下がるところへケビンの蹴りが飛ぶ。その間も大きく回る槌が続けて襲い、ユーラスの剣を弾き飛ばした。
「ケビンの勝ち」
蹴りは目眩しでもあったようだね。もちろん当たればとんでもないダメージを喰らいそうだけど、続けて槌が飛んでくるなんて。
「次はミット対カジオ。始め」
ミットは短めの剣を2本。カジオは普通の剣だね。ミットはこの頃剣も回すんだよね。まだ一本ずつだけど回る剣と狙って飛んでくるもう一本を躱すのは厄介だよ。
カジオが前へ出た。ミットの右の剣が鼻先を掠めるように振り下ろされる。カジオが一歩後退するがミットも一歩踏み出した。初撃を躱しても左手が突きの構えを取っている。それはカジオにも見えているはずだ。片手での突きは外側へはやりにくい。僕なら左へ回り込む。
カジオは右へ回った。左手をピクリとさせる動きに警戒している間に、右手首を中心に回転を終えた剣がカジオの正面に現れる。勢いのままに斬り込まれる右の剣。傍から見ていると然程力が乗った斬り込みではないが、その速度は脅威だ。
カジオが受けに回った瞬間、左の突きが飛び込んだ。身体を捻り辛うじて躱す。突いたミットも躱したカジオも、体勢が崩れていてすぐには動けない。いや、突きで踏み出した左足を軸に勢いもそのまま、ミットが右の蹴りを放つ。カジオは腹にまともに食らって、苦しそうに屈む首筋へ木剣が押し当てられた。
「ミットの勝ち」
「ごめんねー、ご馳走だって聞いてたのにお腹蹴っちゃったー。アリスー。頼んでいーい?」
突きの踏込みをどう調整したら蹴りに行けるんだ?僕ならかなり突きを加減しないと蹴りなんて出せない………まさかとは思うけどあの鋭い突きでも加減してるのか?
アリスが駆け寄って手を当てると5メニとかからずにカジオが立ち上がれるようになった。
「アリス嬢ちゃん、すまんことです。楽になったです」
「ようし。勝組、くじを引いてくれ。
1番は誰だ?」
「あたいが1ばーん」
「あらあら。ミットとかー。あたしの勝ちかななー?」
「なーに言ってるかなー。針が飛ばせないアリスに負けるわけないでしょー」
「あ、そっかー。5メルの槍は?」
「あれもまずいな。木剣で戦えよ、ほれ。
アリス対ミット。始め」
アリスの方が剣は少し長いけど、さっきのような組み立てで行くのかな?
アリスが無造作に間合いを詰めて行く。
カカッ!
ミットが右の突きをたぶん3本入れたが、全て軌道を逸らされた。これもたぶんだ。早くてよく見えないから。
カシッ!
ミットが退がりながら後ろから振り回すような左の一撃だが、アリスは軽く払ってしまう。
そうか、軽いのか。片手打ちだからだ。あのスピードに対応できるアリスには通じない?どうするんだろ?
ミットの左剣がもう一度正面に振り下ろされる。右へ払おうとするところへ右の剣が投げ込まれ、アリスが腰から体勢を下げて躱す。
刹那ミットが手足を一本の軸に縮め、左への急回転をしたかと見えた次には両手持ちで左袈裟に振り下ろす。
が、そこにアリスは居なかった。縮めた身体を利して軽く後ろへ跳ね、間をとっている。
二人はゆっくりと互いを右へ回り込むように近づいて行く。何がきっかけなのか同時に剣を振り上げ激しい撃ち合いが始まった。カンカンと木剣の当たる音が辺りに響く中、徐々にアリスが押されだした。
アリスはバッと後ろへ飛び間合いを取ると突きを放った。ミットは自分の体に剣を盾代わりに沿わせ回転することでアリスの剣を逸らせ、そのままの回転でアリスの首へ剣をピタリと当てた。
「ミットの勝ち。
次はケビンとパック。
始め」
ケビンは同じ構えだね。頭が来るか柄が来るか分からない構え。体格が違いすぎて打ち合いなんて絶対出来ない。周りを飛び回るか?
構えたまま動かないケビンの周りを剣を中段に構えてゆっくりと左へ回る。真横まで来るとケビンがこちらへ向き直る。合わせて僕が動きを急に早めるとちょっと慌てた様子で追いかけるように回った。5歩ほど全力で回り急停止と共に斬りかかる。
上手くケビンの体が流れた感じになり、腕に一撃を入れることができた。大きな木槌が左から飛んでくる。飛び退いてギリギリで躱そうと思ったが、握りを緩めているのか軌道が伸びる。もしこのまま手を離されれば薙ぎ倒されるかも。
僕は左へ逃れたけど間合いが開いてしまった。木槌が戻る前にと再び間合いに飛び込み斬りかかるが、ケビンは頭上で槌を軽くクルリと回し正面から打ち掛かってきた。右へ移動し躱そうとするが槌が追ってくる。
またも間合いから追い出されてしまった。だいたい鉄の重いハンマーを振り回している大男が、木の軽い槌を振り回したんじゃ条件が違いすぎる。どうしたらいいんだ?
もう一回だ。ケビンは右利きだけど左右で振りに違いはあったか?左へ振る方が若干鈍いように思う。最初と同じ様に急加速で左へ回る。
ケビンは落ち着いた様子で向きを変えてくる。
僕は一瞬止まる動きを見せて、また左へ回り出す。そのまま間合いに走り込む。ケビンの左1メル辺りを駆け抜ける様に飛び込んだ。
ケビンは迎え撃つ様に槌を振って来る。僕の腰辺りだ。左足を上げ飛んでくる槌の頭を踏み付ける。危うく右足を持っていかれそうになったけど、なんとかケビンの木槌を踏み越えた。身体を右にひねって肩口に右袈裟斬りを置いた。
ガルツさんの顔を見ると首を振っている。槌を踏まれたせいで傾いたケビンの上体が近すぎたんだ。剣は切先付近で斬らないと致命傷とならないって判定だ。
飛び退き、ケビンの動きを待たずに飛び込む。ケビンは僕の飛び込みに合わせ木槌を地面から持ち上げ、僕の腹に当てがうとそのまま僕を頭越しに放り上げた。
ロープを超えて落ちる僕を見物していたハンスとテモンドが受け止めてくれた。
「場外。ケビンの勝ち」
腕力とか体格の差を思い知らされたよ。
「パックさん、惜しかったでやすね。兄貴相手にあれだけやるなんて大したもんだ。兄貴にゃ木のハンマーじゃ軽すぎるってのによく頑張ったですよ」
ハセルがそんなふうに言ってくれるのがありがたい。
模擬戦は一旦敗者同士で賞金を貰える2名を決めることになった。
ワイズ対カジオの一戦はカジオが押し切った。普段は気弱に見えるのにあんな一面もあるのかと驚いた。
ユーラス対ヤングはヤングがうまく潜り込み短剣を首に当て勝利した。
「さて、決勝だな。ミット対ケビン。始め」
ケビンが身を低く沈めて構える。ミットは走って左へ回り込むと右の剣を水平に薙いだ。
カッ!
ケビンが柄で受けるがミットは止まらない。上から左の剣がケビンを襲う。上を向いていた槌の頭で受けた瞬間、ミットの足が跳ね上がりケビンの頭上に倒立姿勢で飛び上がった。
左の剣はまだ槌に触れているが、右の剣で真上からの突き。ケビンが槌を引いて受け、ミットはそのままケビンの背後へ降りるように見えたけどケビンは槌を強く押し上げた。
空中で逃れる術のないミットが腕で衝撃を吸収するが、4メルほども飛ばされロープ際に着地する。
ケビンが崩れた体勢を立て直そうと右へ身体を捻る。ミットはその死角へ気配を殺し走り込む。こういう時のミットは本当にスーッと素早く移動するんだ。見ていなけりゃ気がつかないよ。
ケビンはミットを見失っている。
ブオン!
突然ケビンが片足を軸に大振りに槌を振り回した。ミットが身を沈め躱すが、旋回中にミットを見つけたケビンが足を踏ん張り回転を止めた。踏ん張った左足は勢いを殺しきれずにまだ後ろへ滑っている。ミットが左へ切り込んだ。
対応しようと槌を右へ振るが、左足が地を噛んでいないため、大きく体勢の崩れたケビンをミットが呆れた様な顔で見下ろし喉元に剣を突きつける。
「ミットの勝ち。優勝はミットー!
さあ飯にしよう、みんなで母家の台所から料理を運んでくれ。ここで食うぞ」
「ガルツー、後であたいとやんなよー」
「分かった分かった」
ドルケルの連中は酒が入ると陽気に騒ぐ。
誰かが足踏みで合図を鳴らした。
ダンダンダダン!
一斉に歌が始まった。
ケルヤークでも聞いたことがある。
「ヤー、ハッ、教会で出会った可愛いブルネット
可愛い笑顔を見せておくれ
シャーラ・ララ・ラ・ララ・ラ」
ダンダンダダン!
「ヤー、ハッ、酒場で出会った綺麗なキャロティ
素敵な夢を見せておくれ
ジャール・ルル・ル・ルル・ル」
ダンダンダダン!
「イヤー、ハッ、海辺で出会った美しいブロンド
くびれた腰を見せておくれ
ピャーリ・リリ・リ・リリ・リ」
歌詞の合間に足を踏み鳴らす。ここでその足音に被せるように手拍子が響く。
パンパンパパン!
ヤングが歌い出した。あれが即興の合図らしい。
「ヤー、ハッ、街で出会った双剣ブルネット
花散る舞いを見せておくれ
ララミット!ララ・ラ・ララ・ラ」
パンパンパパン!
今度はワイズだ。
「ヤー、ハッ、3階で待ってる愛しいブラウニー
美味しい調理を作っておくれ
エレーナ・ナナ・ナ・ナナ・ナ」
ダンダンダダン!
「この世界には ヤー、ハッ
いい女は山ほど居るさ
だけど俺に見合うほどの女はお前一人さ ヤー、ハッ ヤー、ハッ
俺の方だけ見ていておくれ
シャララ・ララ・ラ・ララ・ラ
いつか俺を振り向いておくれ
シャララ・ララ・ラ・ララ・ラ」
即興の割り込みは女の気を引くと年長の連中が言ってたような。
もうはちゃめちゃだ。酒も入って皆が騒ぐなか、ミットはガルツを引きずるようにロープをくぐった。
「さあ、行っくよー。花が散るか見よーじゃん」
ガルツさんは軽く足を前後に開き腰を落とした。自然体というのか、どこにも力の入っていない感じに構える。ケビンよりも大きく見えるのはどうしてだろう。
ミットは両手の剣を下げたまま左へ回り込む。と、足を止め右の剣で切り上げると、体を捻り左の剣も続けて薙いだ。
「うおっ!」
ガルツさんがのけぞる様にして躱す。ミットが踏込みながら右を振り下ろすと左腕の盾で往なして、左の切り上げを長剣で受け止めた。背が違うので足から腹にかけて飛んでくる剣を受けるのはやりにくそうだ。
そこからミットの猛烈な打ち込みが始まった。
ガルツさんは防御で精一杯なのか、一度も打ち返していない。辺りに木剣を打ち鳴らす音が響く。
あれ?ガルツさんは一歩も動いていない?身体を左右に捻る事はあるけど、両の足は全く踏み換えていない。
ミットも大きく回り込んだりしないので、それで間に合っている?ミットの横顔が笑っている。ガルツさんは頬を引き攣らせ受けているが目が笑って見える。
「嬢ちゃん、楽しそうでやすな。よくあんなに立て続けに打ち込めるもんでやす」
声の方を見るとハセルが笑っている。
「ミット嬢ちゃん、がんばれー。打ち倒してまえー」
ヤングが応援を始めると、みんながミットを応援し始めワーワーと大騒ぎになった。
突然ミットが一歩退がり、長剣に向かって走り込む。慌てた様にガルツさんが身体を回すと盾に向かって身体を翻す。体重が軽いので動きが早い。盾の裏側へ切り込んだかに見えたミットが弾き飛ばされた。
皆がグッと息を呑む。ガルツさんを見ると足が先程と同じ位置から動いていない?
どうやら上体の動きだけで追いかけ、膝と腕で盾ごとミットを弾いたようだ。ミットは足を大きく開き転倒を免れていて、すぐに左回りに動き出す。
ガルツさんは盾を回し追いかけるけど、真後ろへ回られるとさすがに足を踏み替えた。
その瞬間を狙い澄ましたかのようにミットが飛び込む。僅かでも有利な条件を作らないとスピードだけでは対抗できない。ガルツさんもケビン同様に長剣と言っても、木と鉄では重さが違いすぎる。
ガルツさんにほとんど動揺は無く、どこから繰り出しているのかまるで見えないミットの双剣を、時に往なし時に受け止め全く危なげなく捌いている。
またもミットコールが巻き起こる。
それに応えるように、ガルツさんが受け止めた剣の刃に沿って転がるようにミットが回転した。軸を縮めた急回転から繰り出される一撃をガルツさんが柄の部分で受けようと長剣をスライドさせるが、間に合わずついにミットの右が肩口へ打ち込まれた。
「く、くっ………だからお前とやるのは気が進まなかったんだ」
「いまくそって言おうとしてやめたでしょー?
えへへー。あたいの勝ちー。やったねー」
「ミット嬢ちゃん、すごいぞ」
「あっしには速すぎてほとんど見えなかったっす」
「お前たちはよく頑張った。今後もよく精進するように。来年もまたやろうぜ」
ガルツさんが6人に10000シルずつ渡してくれた。




