6 受注・・・マノさん
これまで:ハイエデンの街に本拠を置く事にした一行は「食住」の充実を図る。元ドルケルを労働力として押さえ、商品の量産態勢も出来つつある。アリスはマノさんに地下を探索してもらって飲み水と温泉を確保した。
わたくしはマノさんと呼ばれる存在でございます。ガルツさまとの出逢いからでございました。
アリスさまとミットさまが川沿いの木の上でお目覚めになり、水を求めて河原へ行ったのでございます。ほとんど干渉できないわたくしは見ているほかありませんでした。
大きなワニが現れアリスさまが泣き出す中、ミットさまが懸命に追い払おうとされていました。左に動きを感知したわたくしはなんとかアリスさまの体の強張りを解き、動けるように落ち着かせるためホルモン分泌を調整致しました。
木の間から飛び出して来た全身燻んだ青尽くめの男が、自分に向き直った大ワニの鼻面を踏み付け、目に長剣を突き立てたのでございます。
大ワニの急な動きによく対応されたものでございます。ですがいかに目をひとつ潰したとはいえ、浅い一撃でございます。わたくしはアリスさまの体を操作して、足元の小石の混じった砂を右手に掬い取りました。ここの砂に砂鉄が混じっているのは検知済みでございました。
ガルツさまが鼻面を嫌がる様に振り回すワニから降りるのを待って、投擲動作を行います。肩から手首までの筋肉に負担をかけず、最適な動きを計算しトレースさせて行きます。
砂鉄には少数ではありますがナノマシンを付着させております。大ワニの左目からの侵入を果たしました。後はガルツさまのご活躍通りでございます。一瞬動きを止める程度の妨害工作でございましたが、見事に大ワニを仕留めてくださいました。
塩がわずかだと聞きましたので、少ない残電力ではございましたが、ワニの血溜まりを幸いとして塩分の回収と、ついでに砂鉄の収集を何とかこなしました。ガルツさまは見事にアリスさま、ミットさまをまとめ大ワニの解体と、食事を振る舞ってくださったのです。
白ヘビとの遭遇は翌朝でございました。こちらを獲物と捉えたヘビが近づく前へ、ガルツさまが立ち向かわれます。ヘビを誘導しようと脇へ回られたので、わたくしも夜間アリスさまの体温を頼りに集めた僅かな電力での応援がやり易くなりました。
ですがその皮は鱗を纏って尋常な硬さではございません。大ワニの時も感じましたが、あの長剣はそれほどの品ではございませんね。早急に改善が必要でしょう。
ガルツさまの剣撃がヘビに打ち込まれますが、効いた様子がありません。どちらも戦いに夢中で忘れておられる様ですが、ヘビの頭はわたくしの射程範囲内でございました。ガルツさまに怪しまれない様にチクチクと電撃を飛ばしておりますと、なんと薄く開いたヘビの口を切り裂く一撃。舌が道連れとなりヘビは嗅覚を失いました。
これは一気に決着がつくかと思われましたが、そのまま長剣を咥えたヘビに振り回され、ガルツさまが木の幹に背中から叩きつけられてしまいます。
こうなってはチクチクなどやっている場合ではございませんので、出力を上げた電撃を浴びせましたが倒すまでには至りませんでした。呻き声を上げ起き上がられたガルツさまに一瞬戸惑いの表情が見えましたが、その剣に躊躇はなく首を突き上げます。
ヘビは頭蓋を蹂躙され力なく頭をゆっくりと垂れ、ガルツさまも剣を抜かずそのまま一緒に倒れてしまわれました。ガルツさまの荒い息遣いだけが辺りに響きます。ガルツさまが体を起こしたことで、緊張の糸が切れたアリスさまとミットさまが木を降りて駆け寄りました。
わたくしも残り少ない電力を使い、心配されるアリスさまが撫でる手の温度をあげ、掌からナノマシンを出してガルツさまの体内へ侵入、修復を行いました。これでしばらくはわたくしに出来ることはございません。
幸い日当たりが良くわたくしの電力も多少は回復して参りましたので、大半なお困り顔を抱えたガルツさまのナイフの修復をして差し上げました。
侵入させたマシンからナイフの来歴を脳から画像として取り出すことに成功したので、忠実に再現することができました。アリスさまのご要望でございましたので小型版のナイフを作成したところで、当座の営業は終了となってしまいました。この折侵入したナノマシンはなんと自律的にガルツさまより電力を獲得し、わたくしの指示からも独立していまいました。脳から画像を取り出したのが原因だとは思えないのですが、どうも筋力強化と反射速度の向上を担っていると観察されます。今も応答がございません。
その後のわたくしの干渉とガルツさまのご活躍については、皆さまご存知のとおりでございます。また機会がありましたら思い出話にお付き合いくだい。
そろそろ夜が明けます。今日もお忙しい1日となるでしょう。
・ ・ ・
「アリスー。朝だよー、ご飯のよーいできたから行くよー。
ほらー。ガルツー、起きろー、昨日買った3日分のパンが今朝でなくなるぞー」
ガルツさまが以前言っておられましたが、ミットさまが先に起きた時のガルツさまへのお起こし方はほんとうに手荒い。
お腹の上でお尻をドスンと落としました。堪らずガルツさまがお起きになります。
「あうっ!わかったから、起きるから。
むぅ。市で買ったのは4人分だからな。パックにケビンとカジオを付けて買い出しに行かせるか」
「大丈夫なのー?」
「ああ、マノさんのボタンは強力だ。
だが、元から結構真面目なやつだったみたいだぞ」
「「ふーん?」」
「ところでミットー。あたし今日はワンピースにするー」
「えー、あたいも着たいー!
クーっ、片付け班。残念ー。帰って来たら着るぞー」
朝食が終わると食材はクマとトカゲの干し肉だけになりました。この人数ですと2食分もあるでしょうか?
本格的な食糧危機が迫っています。急遽作成した背負いカゴ3つと手押し車1台、購入資金を支給しパックさま以下3名を買い出しに送り出しました。
ミットさまが残り11名とピピンを連れ、片付けと材料回収に向かわれます。
アリスさまは、まずガルツさまにせがまれ伸縮槍を一本作りました。相変わらずの青でございました。暫くは大人しくしていてくれるでしょう。
次の優先順は小型バッテリを量産する専用道具でございます。けれど、ナノマシンの材料となる各種元素の入手先に海水を推奨申し上げているのですが、通じておりません。
仕方なく骨から各種カップを量産する道具の作成です。パックさまにマシンの役割分担の手法を学んだアリスさまのご指示が、より的確なものとなりましたので、わたくしの負担は増すばかりでございます。
わたくしとしては既存の設計図に基づいて、製品の形で作成するのが最も効率が良いのです。ところが作り出す製品がそもそも特殊な上、ナノマシン操作ができない者に材料と道具を与えて作らせろと言うのですから、わたくしの苦労たるや涙ぐましいものがございます。
カップ、櫛、髪飾りを作成する専用道具の操作板にも各種の形状やサイズ、お色、模様などの設定が必要となり、画像表示用のマシンを搭載することになりました。単品生産道具でこの有様でございます。
そこまでの荒い設計と道具の試作品ができたところで、トルケスさまとビクソンさまがおいでになりました。外で槍をご堪能のガルツさまとの話声が聞こえて参ります。
「ご機嫌よう、ガルツさん」「ご無沙汰でした、ガルツ殿」
「やあ、トルケスさん、ビクソンさん、ようこそ。中へどうぞ」
「やあ、お嬢さん。アリスさんだったね。今日は注文をまとめて来たよ。ガルツさんも見てほしい。うちが欲しいのはこのリストだ。期限は10日だが、初回なのでこれはあまり気にしなくてもいい」
「うちは交易隊を14日後と18日後に出したい。それぞれにこのリストにある品を載せたいと思っている。どうだろうか?」
「見せてね。
トルケスさんのリストは細かく書いてあるので分かるのけど、ビクソンさんのはカップ80、櫛50といった書き方でどの形とか色といった指定がないですね?」
「ああ、それはお任せで構わない。他にはない商品だからな。全部同じでも各種5ずつとかでも構わないよ」
「まだ量産をしたことがないからきちんとしたお約束はできませんけど頑張ります。
新商品があるけど見て行きますか?」
「「はい、是非!」」
「では窓に入れる透明な板があるので見て下さい」
ビクソンさまが顔を顰めていますね。
「ガラスですか?」
「いいえ。まず見てください」
一昨日に作った試作品2枚を見て頂きます。お二人ともひっくり返し指で叩いてみていますね。
「これはなんだ?濁りが全くないし、割れない?この歪な丸はこういうものなのか?」
「ええと、サイズは今のところ1メル幅、長さが1メル刻みで5メルまでの四角です。厚みは1/5セロから2/5、3/5、4/5、1セロの5種類です。染料があれば色もつけられると思いますが、やってみていません。
丸が歪なのはガルツさんがナイフで傷をつけて折り取ったからです。相方はこっちですね。ちゃんとした道具で傷を深く入れれば、もっと綺麗な形にできます」
「ふうむ。できたら隊商に3/5厚の3メル長を20枚ずつ載せたいな。値はどうする」
「ガラスと同じでどうだ?変に値切るとサントスに怒られる」
「いや、お前はわかっていない。ガラスを運ぶのはとんでも無く大変だぞ。なにせすぐ割れちまうからな。正直ガラスを運ぶよりも原料と窯を運んだほうが安くつくんだよ。俺は倍払っても欲しい。だがお前の言う通りサントスに怒られる。
あいつに話を通してから決めよう」
「まあ、そうなるか。うちも2/5と3/5の5メル長を20枚ずつ予約させてくれ」
「ところで昨日ドルケルの連中を十何人か引き取ったと聞いた。そんな者を預かって商品の製作に支障があるのではないのか?」
「あー、それについては解決済みだよ。あいつらはすっかり改心して更生中だ。商品の製作もあいつらを仕込む」
「ふむ。虫退治の英雄殿の言葉だ。頷くしかないし、こちらは売っていただく立場だからな。
だが、何か助けがいるようなら声をかけてくれ。できることは少ないかもしれないが、必ず力になるよ」
「私も約束する」
これはありがたいお話です。早速アリスさまがお願いをしました。
「では早速なんですけど、銅と銀が欲しいんです。なんとかなりますか?1キルずつあると助かります」
「それくらいなら店に在庫がある。戻ったら届けさせよう。代金は商品代金からの差し引きでいいよ」
「ああ、助かるよ、トルケスさん。
もう一つ、急に人数が増えたんでな。食料の配達をやってくれるとこはないか?
料理人も腕のいいのがいたら紹介して欲しいんだが」
「店に戻ったら聞いてみよう。ちゃんと面接して気持ちの通じる者を選ぶと良いよ。それだけは忠告させてもらうよ」
「ああ、ビクソン。お前のとこは一時大変だったよな」
「あれは思い出したくもない」
「ははは。私も聞いておくよ、結果は知らせる。しかし、しっかりしたお嬢さんだ。これは楽しみだね」
「まったくだ。じゃあまた寄らせてもらうよ」
「商品は頼んだよ」
「毎度あり」




