表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フロウラの末裔  作者: みっつっつ
第1章 トラーシュ
2/157

2 ならず者


 アリスはミット、ガルツと共に街道沿いの林で野営していた。

 その中で青ずくめの防具を(まと)ったゴツい(ガルツ)は、娘と言ってもいい年頃の少女達と一緒のテントで眠ることを良しとせず、一晩中見張りをやっていたのだ。


 早い時間に起きたアリスとミットにそれを咎められて、ガルツはテントに押し込まれることになった。

 僅かな仮眠を摂ったあと片付けを始めようと、警戒のため周囲に張った細紐の回収にガルツがテントを離れたところに、ならず者6人が通りかかった。


 テント周りを片付けるアリスとミットに街道からこちらへ踏み込む4人。

「あれー?お嬢ちゃん達。こんな所で泊まったの?この辺は物騒なんだよ。俺らが町まで連れてってやるよ」

「連れがいますのでお構いなく」


 アリスが精一杯声を張って返答するが、4人は更に近づいくる。2人を街道の見張りに残しているところを見ると、悪さに慣れた連中のようだ。


「まーたまた。教えてあげてるんだ。人の親切は聞くものだよ?」

「ここらは本当に物騒なんだ」

「この間も行商人の馬車が襲われたとか言ってたよなぁ」

 ヘラヘラと喋りながらどんどん近づいて来る。


「そこで止まりなさい。近づくと攻撃するよ」

 アリスが声を張り上げる横でミットが下を向いて震えている。


「物分かりの悪りい嬢ちゃんだ。少し(しつけ)が要るかな」

 中の小男が身軽に飛び上がり向かって来る。


「ミット!弓!」

 アリスの声にハッとしたように背から弓矢を抜き、一緒に矢筒から抜けて飛び散る矢にも構わずミットは矢を番える。顔を上げ的を探すように辺りを見回した。アリスの掌から陽光の下では微かに見える青白い光がジグザグに走った。小男が地面を蹴って次の一歩を飛ぼうとした所でのけぞるように後ろへ倒れ込む。


「てめえ、何しやがった!?」

 ミットの目がギラっと光る。矢は右の男の足に突き立った。


   ・   ・   ・


 アリスとミットの育ったケルス村はもうない。2度に渡る襲撃を僅か3月で受け火の海に沈んだ。


 木こりをしていたアリスの父は1度目の襲撃で体を張って賊の撃退に貢献したが、診療所勤めの母の必死の介抱も虚しく世を去った。

 やっと落ち着いたアリスが出歩くようになって、出会った友達が教会に身を寄せる孤児のミットだった。


 ミットはどこからか連れてこられたらしく本当の出身も年齢も分からなかった。

 アリスがやっていた、隣のお姉さん、ナタリーがまわしてくれる繕いものを、2人でこなして行く穏やかな時間。アリスの襟裏の銀のボタンは父の形見分け、今となっては家族につながるものはこれしか残っていない。


 教会ではミットが持ち帰る野菜のおかげで居心地も良くなって、ずっとこのまま続いていくのかと思われた、矢先の2度目の襲撃は唐突だった。


 アリスの家で並んでチクチクやっていた2人に飛び込んできたナタリーが喚いた。


「襲撃だよ!すぐにうちへおいで!」


 左程離れていない近所の家からも悲鳴や物の壊れる音が響く中、隣のナタリーの家に駆け込む。

 おじさんとハルトの2人の男手のあるナタリーの家だったが、賊は容赦なく襲って来た。


 抵抗も虚しく扉を打ち壊され、目の前でおじさんとハルトが倒れてしまった。ナタリーに手を引かれ、はぐれて迷い込んだ森。不安に過ごす2晩。そこで出会ったガルツ。



 ミットの脳裏にあの襲撃(しゅうげき)の夜がよみがえる。血塗れの剣を握って迫ってくる男たち。扉を閉じ隙を見て剣を突き出すハルト。

 ナタリーがあたいたちにかぶさるようにしているが、破られた扉から一人が入り込む。おじさんは天井を見たまま動かない。


 ナタリーが裏口からあたいたちの手を引いて逃げた。前に男が一人立ち塞がりナタリーの髪を掴んだ。アリスはそいつに何か飛ばして3人で逃げた。星明かりだけの夜を駆け回る途中ナタリーと(はぐ)れてしまった。


   ・   ・   ・


 ケルス村の最後の襲撃から20日と経っていない。あたいはもうただ逃げるのは嫌だ。


「もう逃げるもんか!」

 ミットの声が響いた。


 アリスが警戒する横でミットが次の矢を番える。左の男が剣を抜いて間合いを詰める。アリスが電撃を掌から放つが威力が無い。男が怯んだところへミットの矢が肩を捉えた。


「なんだお前ら!」

 突然響いた大声はガルツのものだ。すごい勢いで駆け寄って来る。足を負傷した奴がもがくように短剣を抜こうとするところへ、ミットが腰の短剣をそいつの喉に突き込んだ。

 見る間に飛び込んで来たガルツの長剣が、右の体格のいい半鎧に振り下ろされた。既に抜いていた剣で受け流そうと(はす)に受けた剣はあっさりと切り落とされ、肩口から逆の脇腹へと振り抜かれた。斬ったガルツが一瞬呆けたように動きを止める。


 形勢は一気に逆転した。肩に矢を受けた男は身を(ひるがえ)し街道へ向かった。長剣を側に突き立てると、ガルツが背から弓矢を引き出し番えた弦を引き絞る。

 必死で逃げるならず者。

 ビシュッと鋭い音が林に木霊する。

 ガルツの放った矢は100メル近くあった距離を易々と飛んで、街道で見張りをしていた一人の胸を射抜いた。ニの矢は肩に矢羽を揺らし背を向け必死で走る男の頭に突き立つ。

 もう一人いたはずの見張りの姿はすでに消えていた。


 アリスとミットがその場に腰を抜かすようにへたり込むのをよそに、ガルツは死体の回収に街道へ向かう。まだ仲間がいないとも限らない。最初にアリスの一発を喰らった小男はピクリとも動かない。あの一撃で死んでいた。


 2人とも自らの手にかけた戦闘はこれが初めてだった。


 やっと立ち上がったミットが野営の竈跡(かまどあと)に薪を集めて棒のような着火具で火を点けた。アリスが鉄の台を置き、水の入った鍋を乗せる。出発の出鼻を阿呆どもに挫かれたのだ。お茶でも飲んで落ちつかなきゃやってられない。


 一息吐いてガルツは長剣で穴を掘って埋葬の準備をしている。ガルツに言われアリスとミットで奴らの(なまくら)を集めていく。


 ミットが顔あげるとアリスは昨夜の夕食で使った焼き串を見て何か考え込んでいる。


「ねー、アリスー。どーかしたー?」

「あたしのデンキ、一回しか効かなかった。なんか早い攻撃ができないかなって」

「あー、村から逃げるときもやってたよねー。あの盗賊はぶっ倒れたけど生きてたよねー。威力は上がったよー」

「でも足りてない」


「まあ、そーだけどー。あ。あれは?グリンカイマンのとき、砂投げてたよねー?」

「あの砂は鉄が混じってたみたいだよ。目から頭に潜り込んで行ったもの」

「鉄ならいいのー?(なまくら)ならいっぱいあるよー」


 今度は拾った剣を握って何やらアリスが考え込んだ。

 ガルツが掘った穴に死体を並べ土をかけ始めたが、林にビシシッと妙な音が響いて顔を上げる。辺りを見回し立っているアリスの姿に何かを感じて目を止めた。


「おい!なんかあったか?」

「あー。アリスがなんか投げたのー」


 ミットの間延びした返事に緊迫感が霧散した。だというのにガルツが早足でアリスに詰め寄る。アリスが森で装備を非常識な方法で作ったのが堪えているのだ。


「またなんかやったな!今度はなんだ」

「ええーっと?鉄の小さな球を投げてみた。3つ」


 ガルツの剣幕に戸惑うアリスが見せる手の上には、ガルツの小指の先ほどの黒っぽい球が3個あった。

「あの木に向かって投げたんだけど……」

「ぬう」

 顔を(しか)め、アリスと的にされた木を交互に見るとガルツはその木のそばまで行って

「もう一度投げてみろ」


 アリスが上から腕を回すように振った。肘から先が途中で消えたように見える。

 ビシシィッ!!


 ガルツが音に振り向くと木の幹に丸い穴が三つ、樹皮が砕け飛び散った。穴からは微かに焦げ臭い白煙が立ち上っている。

 ガルツの顎がガクンと落ちた。


「ガルツー。口に虫が飛び込むよー」


「あ?ああ」

 その場に座り込むと今度は泥だらけの手で頭を抱えた。

「ぬうぅ」

 唸るガルツにミットが追い討ちをかける。


「ガルツー。頭泥だらけー」

「あ?うわっ!

 ……あとで洗うからいい……

 アリス、ナイフを投げてみろ」


 アリスが腰のナイフを引き抜いた。

 これもガルツのナイフを真似てそこらの砂鉄から作った細身のもの。刃渡りは15セロほどある。

 どう投げようかとひねり回している。


「ミット、少し離れるぞ。刺さらなかったらどこへどう跳ね飛ぶか分からん」


 アリスは柄の端を軽く摘んで投げるようだ。先程と同じように上から腕を振り下ろす。

 ターン!


 見ると15セロある細身の刃が柄元まで突き刺さっている。


「あーあ。あれどうやって回収するのー?ちょっとやそっとじゃ抜けないよー?」


「それは大丈夫だ」

 ガルツが長剣を引き抜こうと背に手を回したとこで止まった。


「後でやるよ」

「ふーん?頭は泥だらけにしても、剣を汚すのは嫌だったかー」


 口の端を引き攣らせたガルツがアリスに手招きすると、地面にナイフの絵を描いて言った。


「投げナイフ使いはこういう薄い(つば)なしのナイフを何本も束ねて持つことが多い。だがお前は鉄から然程(さほど)時間をかけずに武器を作れるからな。作り易いってのを第一に何か考えてみろ。形は尖ったものの方がいいだろう。玉ではカイマンや白ヘビには通用しない」


 それらは先日のアリス達の目の前で渡り合った命懸けの戦闘で、ガルツが苦労して倒した相手だ。長剣で斬るどころか突き刺すにも渾身の力とタイミングが必要だった。苦戦したので刃の通らない相手をどうできるかがガルツの武器の基準になっていた。


「それはそうとアリス。俺の長剣に何をした?」

「あ、えーっと。この間、靴を見せてもらったでしょ?あの時にマノさんがあんまり見たいって騒ぐんで鞘に触ったの。中に入っちゃったのかなー?」

「触った?さっき刃を見たが刃毀れ(はこぼれ)はきれいになってるし、まるで業物みたいだったぞ?こいつの剣が切れて俺が一番びっくりしたわ!」


 アリスはあらぬ方へ目を泳がせた。


「あー、それは悪かったわ。よく言っておくから」


 ガルツが埋葬の作業に戻ると、アリスが何やらぶつぶつと言っている。ミットが気配を薄くして覗き見に行った。


「もう!勘弁してよね!あんた、あたしのいうこと聞こえてるんだよね?なんで勝手なことするのよ?

 ……何よ、早口で分かんないでしょ、ゆっくり話しなさいよ……

 そうよ。だからって……

 ぷう!分かったような分かんないような話だわ、もう!」


 まだしっかりしたリンクができていない『マノさん』とアリスが呼ぶ存在との会話は、いつもこんな風で暖簾(のれん)に腕押し。


 マノさんの本体はアリスが襟裏(えりうら)に付けたお父さんの形見だと言う銀色の小さなボタンだ。


 これがもたらす能力は幾つかある。布地や皮、木、鉄の加工が一つ。応分の材料を必要とする加工には相応の時間がかかるが精度は高い。

 次にアリスがモーマクトーエーと呼ぶさまざまな視界の処理。多少の望遠や距離の計測、布に裁断線や縫合線を見せたりする。回数は使えないが先程の電撃があり、さらに鉄だと妙に相性が良くて投擲力が増すらしいと分かった。

 その辺りはガルツもミットも承知している。この能力のおかげで迷い込んだ森で生き抜き、ロクな材料も無い中、旅の装備までできたのだ。


 ただ何がどうしてそんなことができるのか、アリス本人もよく分かっていない。


 アリスが一つ頷いて投擲(とうてき)動作を始めた。ピシピシッっと小さな音がした。ミットが幹に駆け寄って当たった跡を探している。


「あれー?当たった音はしたよねー。ちょっと焦げ臭いけど穴はどこー?アリスー、あんた何投げたのよー」

「えへへ、ミット、これだよー」


 アリスが見せたのは長さが自分の顔ほどもある太めの針だった。

 左手に持った小さな鉄塊から引き抜くように3本の銀色の針が伸び、キラリと光る。指の間に一本ずつ挟んで、3本の針を構えるとちょっとカッコいいかも。ミットはそう思った。


 ガルツが埋葬が終わらせ、集めた武器を指した。


「アリス、リュックに入れられるように棒の形にしてもらえるか?」

「柄を取って刃を潰すだけだからそんなにかからないよ」


 短剣が4本、剣が1本、ナイフが7本。上腕ほどの棒が6本できた。1本はアリスがリュックの右にぶら下げ、残りはガルツのリュックに詰め込んだ。

 ガルツは水瓶から出した水を被って頭と手を洗ったあと、長剣を振るって幹の一部を切り飛ばし、刃の近くで突き割るとアリスのナイフがあっさり取れた。


 ミットは呆れ顔で見ている。

「このおっさんも大概だよー」


 街道へ出るとあいつらがやってきた方向、南東に向かう。


 ガルツは身長が183セロ。30半ばの日焼けした無精ひげのおっさんでとにかく青が好き。もともと着ていた青い皮鎧をアリスがグリンカイマンの皮で補修した時も青は譲らなかった。

 背に大きなリュックを背負い左の矢筒には青い弓と20本ほどの矢が入っている。リュックを守るかのよう被さる大きな盾、右には長剣が括られている。髪は黒に近い赤毛。黒鉄の鉢金を被っている。


 工房出身だがデカくなりすぎて狭い工房では働けなくなって猟師に転身、3年ほど前にトルテアーク領の兵士に徴用され、先日のイミジア王国軍との一戦で敗れた部隊から抜け逃げて来た。

 あの部隊がまだあるのかも分からないが、もしかすると逃亡兵として手配されているかもしれない。


 ミットは12歳。アリスと同じケルス村出身教会預かりの孤児で背は148セロ、左利き。明るい茶髪を短髪にして、ちょっと肌の色が濃い猫っぽい印象の女の子だ。

 ガルツの青よりは薄い色のチェニックにおしゃれなポケットが3つ、ベージュに近い前ボタンのシャツは7分袖、赤の入ったキュロット姿だ。

 ベルトの金具は猫の顔になってる。白ヘビの背にあった緑の模様を足の両側に残した白いタイツにゴツい編み上げ靴。小ぶりの白いリュックの背にもやはり緑のラインが入り、右には赤い模様の入った弓とぎっしりの矢が50本は入っている。右の腰には40セロほどの刃が付いた短剣を下げている。


 アリスは13歳。2度に渡る襲撃の始めに父親を亡くし、2度目の襲撃で母を亡くして逃げた先でガルツと出会ったのだ。

 背はミットより2セロ高く色白のもやしっ子。黒い大きな蝶の形の髪留めで肩までの黒に近い茶の髪をまとめている。服装がミットと同じなのはアリスが白ヘビの皮を元に作ったから。

 違いと言えばリュックが真っ白なのとベルトの金具の形くらいだ。右利きなので同じように矢のぎっしり入った矢筒はリュックの左に、短剣は左に下げている。



 街道は林を抜け丈の高い草原になった。そのせいで見通しは悪くなったが、町に近いため道の両側は広く刈り込まれ、あまり危険を感じない。けれど、動きの速い獣に飛びかかられたら対処は難しいだろう。


 その草原も左手に高さ5メルの土壁が見えてからは一気に開け木柵に隔てられた畑に姿を変えた。この3人旅で最初の町は街道から道が分かれて右に門があった。町の名はトラーシュと言う。


「トラーシュか。どうしたもんだろう、寄って行くか?

 なんかマノさんのおかげで装備も良くなったし、欲しいものって特にないんだよな。金はあいつらの財布からもらって、いくらかあるが」

「えー見たい物結構あるよー。アクセにー、鉱石でしょ、生地でしょ、靴や服の形も見たいでしょ。あとは食べ物」


「おう?出てくるもんだなー。俺、食い物くらいしか思いつかんかった。そんなに有るんじゃ金が足りないな。何か売り物を作るか?」

「売るってー?」

「うーん。そうだな。マノさんの本気の品は売れないから……、あれはダメだろ、これも……ない」

「「あらーっ」」


「しょうがない見るだけ見て先へ行こう。宿屋に一泊だけだな」

「しっまらない作戦会議だったねー」

「しょうがないだろう。こんなおっさんに多くを求めるんじゃないよ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ