8 根こそぎ・・・ミット
これまで:雨の中、洞穴の探検に向かった帰りに、道が流され大回りで馬車に戻るはめになった一行は、パックのリハビリがてら道の修復と植林をする事にした。
朝ご飯を済ませ、アリスが小さなショベルを鉄で3つ作った。それから木と皮でピピンの荷運びのカゴを振り分けにして作った。
ガルツとあたいは大きな枝を3本切り落とし、10セロに切り揃える。マノさんが根っこを付けるときに切れるとアリスは言うけど、剣を振る鍛錬になるのでここは譲らなかった。パックも短剣で細いところを叩き折っている。
ピピンのカゴがいっぱいになったらマノさんに根っこ処理をしてもらって、装備を持ったら出発だ。もう土もすっかり乾いたので、滑るようなこともなく下まで降りられた。
右の方に低い水の流れた跡があったので、そこを流末として水路を作るようだ。
あたい達もその辺りから植林を始める。小さなショベルで3回ほど掘ると、苗木一本分の穴ができるので、そこへ苗の根を下にして埋めるだけだ。ガルツもあたいも荷運び袋に苗木を持って来ている。
3メルから5メル間隔で苗を植えて行くけどどこまでできるだろうか。
アリスの方は順調に水路を伸ばしている。まだ道ではない場所なので蓋は無いが、幅3メルの水路が伸びて行く様子はなかなかに壮観だ。
パックがアリスに呼ばれて、できた水路の両脇に1メルほど離して苗を植えている。穴の目印代わりかな。
あたいとガルツはお互いが見える範囲で広がって苗をどんどん植えて行く。
「おーい、ちょっと休憩にしよう」
ガルツが呼ぶのでアリスのところへ集まると、水路は道の始まりに差し掛かったところだ。
箱型の始まりは道から2メル離れているが、転落防止の目印なのか、水路の上だけ1メルの壁が上に突き出ている。箱の天井部分には水を呼び込む小さめの丸い穴が掌一つちょっとの間隔でびっしりと並んでいて表面はザラっとした仕上げだ。
みんなで腰を下ろして水を飲む。ピピンにも持って来た桶で水をあげた。
今日は雨上がりのせいか、遠くの方までよく見える。東側は街道の向こうが湿地、森、山からならその向こうの海が見えるかもしれない。
北と南は低い木がポツンポツンの寂しい風景が続いている。西の山を見ると上の方はすっかり真っ白だ。この辺りも雪が降るらしい。
苗木の根はそれでも大丈夫な加工をしてあるそうだ。
持ってきた苗木がなくなって、切りもいいのでお昼に馬車へ戻る。
食事と休憩をしたらまた苗木を作って裾から植林と水路兼道を作って行く。箱水路の天井がそのまま3メル半幅の道になっていくのだ。
二つ目の分岐まで4日かかった。
ここでやめると次の大雨で水路の外側を水が走り、道を壊してしまうのが目に見えている。この分岐は水の合流点になっているので池側の道に側溝を延ばしてこの辺の水を集めてしまう。50セロの小さな水路なので半日も掛からずそちらはできた。
この少し上から山の起伏が複雑になっていき、全部で8箇所の合流があるらしい。
3メル幅の箱型はそのまま5日費やして、一番大きな流れを遡って行く。
この高さから見る街道方面は木が全く無い。まだらに草地があるだけだ。遥か遠く霞むように見える緑はきっと海沿いの森だろう。
頂点に左右へ50メルの水受け溝を延ばし、今度は降りる順で合流を拾って行く。道ができているので運搬がグッと楽になった。
途中2日の休日を挟んで16日で水路兼用の道は完成した。
道から遠いところがなかなか進まない上たった3人なので、植林は6割と言ったところだろうか。あと5、6日4人でやればだいたいになるだろうということで、目処もついたので明日は心細くなって来た食料を狩ることにする。
早めの夕飯を食べながら相談が始まった。
「湿地へ行ってトカゲ、この間の雨の帰りに見た鹿が分かっている獲物だが、俺は鹿が食いたいな、どう思う?」
「「食い意地張りすぎー」」
「いや、どっちにする?と聞いたつもりなんだが……」
「「「鹿ー」」」
「鹿は群れで動くはずなんだが、時期にもよるのかな?
見たのは親子の2頭連れとこの間のオス単独だったな。
群れの方が狩は難しい。数が多い分、音や匂いに敏感になるからだ。群れの仲間を庇って攻撃して来ることも多いので、注意せんといかん」
「パックの弓はどうなのー?」
「僕、アリスの借りて練習したけど、あんまり自信ない」
「短剣は、植林で枝を切りまくったからー、そこそこになって来たよねー」
「剣で狩は出来ないぞ」
「えーっ、ガルツー、カイマンに白ヘビ、熊さんも剣で倒したじゃないー」
「あれは襲われたって言うんだよ。狩ったんじゃ無い。あいつらの餌はお前達だったんだぞ。
今回狙うのは近づくだけで気付かれて逃げてしまう鹿だからな。欲しいのは遠くから足を止めることができる武器だ。逃げられなければ止めは剣でもいい」
「ガルツの弓は凄いけど、あれやられちゃうとつまんないしねー」
「マノさんに聞いてみるね」
「まあそうなるわな」
「……槍を投げるってのがあったよ」
「槍なんて俺が全力で投げたって20メルも飛ぶか?その距離じゃ動作が大きすぎて気付かれるぞ?」
「なんかねー、トラルー?投げる棒?槍を棒で投げる?よく分かんないから作るね。
ガルツさん槍にするから枝切って」
「お、おう。この辺のは切っちまったからちょっと待て。採ってくる」
「鉄も結構使ったねー。どっかで補充しないと」
そう言ってアリスが馬車へ入って行く。
「鉄って高いですよね」
「あははー。アリスは鉄、買ったことないよー。拾ってー、貰ってー、持って来てもらったのー」
「結構使ったであんなにあるのに?その人、どれだけ持って来たんですか?」
「んー?長剣5本と短剣5本。なまくらだったけどー」
「僕、見たけど剣じゃなかったですよ。塊でした。だいたい変じゃないですか?剣をもらうって、もっと高いですよ?」
「うーん、そう言われるとおかしいのはあたい達かー。まー、ゆっくり話すよー」
「あー、鉄の話ね。いーじゃない、ガルツさん、まだかかりそうだし。
ガルツさんと3人で歩きの旅に出た次の朝だよ。柄の悪い6人組がちょっかいかけて来て、5人返り討ちにしたんだ。それで短剣が5本。
次の街で見たいものがあって寄ったら、逃げた奴の仲間が路地で襲って来て、6本かー。
でもあれはトラーシュで売っちゃったんだよね。
次の朝町を出るときに8人。あの時はひどい目にあったよ。鉄は治安部って言うのが間に入ったんで貰ってないなー。歩きだからそんなに持てなかったけど。
でー、街から出て歩いてたら、わざわざピピンに馬車を引かせてさ、5人追いかけて来てねー。さっきミットが言った長剣5本をもらったの。
きったない馬車は今お風呂になってるよ。
あ、最初の5人と後の5人はガルツさんがちゃんと埋葬したよー。あとの人は治安部がしてくれたみたいだね」
「嘘でしょ?5の6の……何人殺したの?」
「んー?24だね。大して大きな町でもないのに、悪人率高過ぎだよねー」
「あの人そんな怖い人だったんだ……」
「え?違うよー。ガルツー、優しーよー?この間の雨の日。忘れたー?」
「あ、あれは散々お世話になりました。いやそうじゃなくって。24人も人を殺したのかって」
「え?ガルツがー?それも違うー。あたい達と会うまでに何人殺したかは聞いてないけどー。
24のうちー、8くらいかなー?アリスー」
「どーだろ?3の2の3の3?たぶん11人だねー」
「へー。結構活躍してるねー、ガルツってーあたい達が攻撃できるように、盾とか囮に徹してるからねー」
パックが目を白黒させてるー。まさかあたい達二人も怖いとは言えないよねー。
「あ、ガルツさーん。ずいぶん遠かったねー」
「ああ、ほんとだぞー。パック、お前の街の奴らに一言言ってやらんとな」
「「薪が欲しいからって木を根こそぎ切るなー」」
「おう、その通り!」
「なんか……ごめんなさい」
「いや、お前のせいじゃないから気にすんな。でどうするんだ?アリス」
「作るからやってみてー。まず槍だね。たぶんガルツさんサイズ……」
180セロの普通の槍?武器屋にもあったねー。
「でー。アスー?……トラルー?投げる棒ー……」
なっがいおたまー?なんだこれー?
「えっとね、ガルツさん。このカップを、槍の後ろに引っ掛けて片手で一緒に持てるかなー?」
「むぅ?こうか?」
「それでねー。棒の握りは離さないで槍だけ投げるの。棒のカップを振り回して槍を押し出す感じ?軽ーくだよ。軽ーく」
「あぁん?軽く?ねぇ」
ガルツが足場を確かめた後、ヒョイっと槍を飛ばした、と思ったらドカッ!と幹に突き刺さっていた。何が起きたー!
投げたガルツも口をポカンと開けている。
「「口に虫が飛び込むよー」」
ハモったねー。
「あ、ああ。
うーん、この握りが少し下へ曲がっているのはそう言うわけか。片手で両方持てるもんな。
だがこう振り回したときに槍の後ろが跳ね上がらないのか?ああ、このしなりが効いているのか?
腕を振り下ろす途中まで槍を押し出すのか」
ガルツが槍を抜きに行ったが、なかなか帰ってこない。いつものブツブツモードー?お、アリスが行った。
「どーお?ガルツさん。パックに使えそうー?」
「え?ああ。重さがどれくらいかだな。パック、この槍軽く投げて見ろ」
「え、なげるの?」
パックがよいしょって感じで投げた槍は3メル先に落ちた。
「やっぱりちょっと重いか?俺も初めて見るからな。取り回しを考えると短い方がありがたいし、数を持ちたいから軽い方が良いんだが。
アリス。これ3本にして見てくれ。長さは1メル」
「分かったー」
「さて出来たな。パック、投げて見ろ」
「はい」
こんどは8メル飛んだ。
「よし。じゃあこの棒、アスートラルー?を使って見ろ」
「はい。こうかな?あの木に投げるね」
あまり力を入れていないようなのに、ブンって感じで槍が飛んでった。幹にドスっと突き刺さる。
「どうだパック?重いか?」
「いえ、持つときより投げる方が軽く感じます」
「なら大丈夫か。子どもの肩は重いものを投げるようには出来ていないんだ。ここで無理をさせると後で可哀想なことになるからな。距離よりも狙い重視で投げるように気をつけろ。アリス、俺の分のトラルも一本頼む」
名前が長いから詰めちゃったよ、ガルツー。
「ガルツさんの槍はいーの?」
「ああ。槍は長いから普段は邪魔になる。そうだな、後で御者台の脇に5本しまうところを作るか」
「さて、パック。木をこれ以上的にするのは可哀想だから土にしよう。こっちに的作るからあれを抜いて来い」
そう言ってショベルで土を掘って盛り付け始めた。
「アリス、的にするから固めてくれ」
「はーい」
あたいはお風呂の準備をしよー。
・ ・ ・
翌日、山の中を散々歩き回り、やっと夕方鹿を一頭仕留めた。メスだったので角は無かった。
初撃のパックの槍がお腹に当たって解体作業はちょっと悲惨だった。