5 パック・・・アリス
これまで:汚い馬車を新調しようと進路を西に変えた一行。温泉を堪能しながら馬車を製作した。旅は続いている。
あれから水場を4箇所経由して南へ向かってピピンを走らせている。
チズに見えた集落が2箇所、寄ってみると一人も居なかった。建物も中も荒れた様子がないのが不思議だった。畑は短い雑草と堅い葉っぱがが散っていて取り入れ跡みたいだし。
チズを広く見えるようにしてみたけれど、この辺りには小さな集落らしい物はいくつかある。けど、大きな街は見えない。
右からは険しい山。左からは湿地帯が迫っている。
森を出てから10日。チズを見ていて近くの山の一部にまるきり木のないところを見つけた。
「ガルツさん右の山、裾のとこ木がないでしょー?チズで見ると道みたいな模様が見えるんだ。何だろうね?」
「古い鉱山かも知れんな。まだ街は見えないんだろう?寄って見るか?」
「「いってみよー」」
寄ると決まったので、大きくして様子を眺めていると、動くものがあった。動物かな?
マノさん、これいつの絵?……2日前か。
あ、これ洞穴?少し登ったところかな。
木も草もろくにない山裾は来て見ると傾斜が強く登れそうもない。チズの模様と今の位置を見るともっと左のようだ。
「ガルツさん、左へ行ってみよー」
「そうだな」
しばらく行くと傾斜が緩くなってきたけど、土が剥き出しで殺風景な場所だねー。
「ガルツさん。あれ」
「ああ、馬車のワダチ。それと人間の足跡だな。ここから上へ行けるのか。行ってみるか?」
「広く世界を見ろって誰かが言ってたねー」「行こうー」
ピピンは剥き出しの土の上って、慣れないみたいでおっかなびっくりの感じだった。ここしばらく雨は降ってないから足場は良い。
「チズで見るとこの先に洞穴があるんだ。そこに住んでるのかなー?道っぽいのがあちこちにあるから、そう言うのがたくさんあるかもだね」
「まあ、注意して進もう」
ワダチは傾斜の緩いところを選んで登って行くので都合がいい。
足跡を追うように登って行くとチズで見た洞穴が見えて来た。少し離れた場所に馬車を駐め、歩いて近づくが足跡の主の姿は見えない。
洞穴の口は外から見る限り、馬車が余裕で出入りできるくらい広いが、中は真っ暗だ。
ガルツさんは左側の壁に沿って入って行く。
いざと言う時、利き手の右を自由に使うためだろう。10メル程入って眼を慣らすために立ち止まった。音も聞いているが風の音が微かに響いているだけだ。足元には馬車のワダチが見える。
戸惑いつつも進んで行くと奥の方から、コォーーっと言う音が聞こえ出した。だんだん大きく、いやどんどん大きくなる。なんだろうと思っていると突然バフッと空気が揺らぎ、今度はだんだん音が小さくなって行った。しばらくすると、最初のように微かな風の音だけになってしまう。
「むぅ。一体どうなっている」
「どーせわかんないのー。行ってみればなんか分かるよー」
ミットは思い切りがいい。
「そうだよ。行ってみよう」
「それしかないな」
全く動くものの気配がないので、灯りを出して進むことにした。明るくして見るとこの辺りは壁と天井、床までが妙に平らになっているのが分かった。
いくらも行かないうちに大きな空洞に突き当たった。正面に腰上くらいの白い壁があり、こちらと間仕切られている。
「この壁はなんだ?向こうは……深いな……右へ行って見るか」
空洞は左右にどこまでも伸びているようだが、仕切られたこちら側は幅3メル半の平らで、50メル行くと行き止まりだった。
「壁が右に曲がって丸にくっついたねー。ガルツー、この先照らしてみてー」
「よく見えんが、すぼまってないか?」
「えっとね、この辺で15メルの円形の内側にに、今立ってる場所くっ付いてる形だねー。
先の方はだんだん丸が小さくなって行ってるよ」
「戻って左へ行って見るか」
反対側も同じ形だった。
「どーするー?下に降りて見るー?」
「さっきの音が気になるな。
なにかでかいものが近づいて来て、ここでバフッと何かやってそのまま過ぎて行った。そんなふうに思うんだが。
逃げ場のないところでそんなもの相手にどうしたらいいのか」
「「うーん」」
「まあ、1回馬車へ戻ろうや。もうそろそろ野営の心配をする時間だ」
「「はーい」」
通路を戻ると出口から外の光が入って、眩しい中、左下に何か影が見える。行って見ると子供が倒れていた。
歳はあたしと変わらないくらい?ひどく痩せている。
「入る時はあたい気がつかなかったよー。生きてるねー」
「……かなり弱ってるみたい。水飲むかな?」
「ほれ、水だ」
あたしが口にカップを当てがいチョロチョロ零すようにして湿らせる。唇の隙間に浮いていた水がスッと引いた。また零すと唇の間へ消えて行く。
「飲んだ」
「あまりいっぺんに飲ませるのも良くないかもしれんぞ。もう少し飲ませたら馬車へ運ぼう」
ミットが先頭で、ガルツさんがその子を抱えて馬車へ向かう。外がすっごく眩しいので、目を慣らしながら出口までゆっくりすすむ。
左後ろの入り口を開け馬車の布団の上に寝かせた。
「この子結構汚れてるねー、ガルツさん、この上に池があるから移動する?」
「そうするか」
ピピンに向きを変えてもらい、分かれ道から上へ、次を左へ行くと、いくらも行かないうちに下りに変わり、右の斜面を回り込んで池が見えて来た。
周囲は林になっていて、150メルくらいありそう。おっきな池だねー。池の向こうや左の方は森になってて木が生い茂っている。なんでこっから後ろだけ木が無いんだろね?
池の近くの木のそばへ馬車を止めた。三角テントとキャンプ一式を引っ張り出し、準備を始める。ピピンのご飯も出してあげる。
「ガルツさん、池の水は大丈夫そうだよー」
「そうか。ケッカイ回しながら薪木を拾って来る。こっちは頼む」
「「はーい」」
あたしは床下の木質を出して、おっきな湯船を作る。あの温泉以来、水と燃料のたっぷりある場所ではお風呂にしているのだ。ガルツさんが一人で、あたしとミットは二人で入る大きさだ。
湯船の下は直火で沸かせるように頭が入るくらい浮かせ煙突も付けて、底面には火が点かない加工をしてもらう。
マノさんはブツブツ言ってるけど、なんだかんだやってくれた。
ガルツさんが戻って来るまで、お風呂の水汲みだ。5セロの管を皮で作って、鉄で作った手回しポンプで池の水を浴槽へ入れる。もう慣れたものだ。
皮素材の変形はすっごく便利だ。形も固さも自由に決められる。鉄も使えるだけの強度いっぱいまで薄くすればそんなに重くない。鉱物を混ぜると硬さや弾力が変わって面白い。
ガルツさんが持ってきた落ち枝で鍋の用意を始める。ガルツさんは浴槽を見ると、背負いカゴを出してもう一度薪木を拾いに行った。
あの子が起きたら食べさせようと、トカゲ肉を細かく刻んで取り置きの山菜でスープを作る。
トラの干し肉は串で焼くと、脂と一緒に塩が流れて美味しいので一包み用意した。
ミットがその間に見張りをしながら、馬車の後ろから古い薪木を出して浴槽の前に積んでいる。
「夕飯が出来たよ。ガルツさん帰って来たー?」
「もうそこに見えてるー。ガルツー、でっかい枝採って来たみたいー」
ちょうどいいね。起きたか様子を見てこよう。
馬車へ入ると動いたような様子はないので、水で口を湿らせて見る。たくさん入れ過ぎてむせてしまっては大変だ。口の中にどれくらい入ったか、分かる水入れがあるといいな。
マノさん、なんかなーい?………またいっぱいなんか言ってるなー、相手が寝ていても使えるものー、水がどれくらい入ったか分かるー、あとは馬車だからね、落ちて壊れちゃうのは困るよ。
あー、あるんだー、どんなのー?
……へー、透明で口が長いんだー。洗うの大変そー。あ、ちっちゃいブラシねー。材料は木か皮ね、じゃあお願いー。
……時間がかかる?じゃあ夕飯を食べちゃおー。
皮を少し握って鍋のところへ戻ると、ガルツさんが馬車の後ろで枝の長さを切り揃えている。
ミットが用意してくれたお風呂の下の薪を覗いて、よさそうなところへ火を点けた。
「晩御飯にしよー」
「おう」「はーい」
「アリス、様子はどうだった?」
「まだ動いてないよ。水を少しあげて来た。ガルツさんスープ。ミットもね」
「お、ありがとう。そうか」
「それ、なんか作るのー」
「うん、水入れ。透明で口が長い入れ物だよ。寝てる人に水を飲ませるのに、たくさん入れちゃったらむせて大変でしょ?」
「透明って、ガラスか?」
「んーん、皮素材で作るって。なんか面倒なことしてるんだと思う」
「これトカゲー?良い出汁だねー。細切れ効果ー?」
「ああ、トカゲでこんなに美味いのは初めてだな」
そんなに違うの?あ、ほんとだ。これなら毎日でも良いね。
「起きたら食べやすいように、って思ってちっちゃく切ったんだ。あの子のおかげだね」
「なるほど、人の為に何かしようと工夫するってのは、普段考えないことをすることが多いからな」
「獲ったトカゲ肉ー、どうやって減らすか、あたいも頭ー、痛かったからねー」
「トラ肉の串焼きはすっかり定番だな。干し肉ばかりでも串焼きが食えるのはありがたいな」
「ガルツー、串焼きが好きだもんねー」
「ああ、肉を食ったって感じが一番するからな。お、アリス、水差しったか?皮から出て来てるぞ」
「うん、この先を口に入れて飲ませるの。まだかかるよー。口が半分だねー」
「本当に透明だな。昔工房でガラスを見たがモヤモヤっと濁りがあったぞ。希少なんで高いってのに、落としたりすると直ぐ割れる厄介な素材だった」
「そーなんだ。このカップにスープの取り置きするね」
「起きた時の分だな、蓋しておいた方が良いぞ」
「あっ、そうだね。分かった」
「あー、美味しかったー。あたい、幸せー」
「はははは。ミット、今晩はもう一つ幸せがあるだろ。片付けはやっとくから先に風呂に行きな」
「えへへー、ありがとう、ガルツー」
「じゃあ、ガルツさん、お願いしまーす」
沸いているように見えても、混ぜてみるとお湯はもう少しだね。薪は?あー火が残り少ない。薪を足しちゃおー、消えたら火の番がいないから面倒だ。熱かったら池の水で埋めちゃえばいーし。手回しポンプは湯船から回せるし。
いつもならガルツさん呼べばやってもらえるけど、今日はあの子の世話がいつ入るかわからないからね。
「ミットー、まだちょっとぬるいけど入れるよー」
「はーい。チャチャっと洗うー」
「あたしも洗う。背中洗いっこしよーね」
「髪もねー」
「ねー、ミットー。今日の洞穴、なんだろーね?」
「コォーってあの音、聞いたことないー。平らな床、平らでざらっとした壁と天井。建物っぽいけどー」
「あー、そー言えば見たことないねー……コンクリ?石と……なんかいろいろ混ぜて作るみたい」
「てことは、やっぱり誰かが作ったんだねー。さあ背中洗うよー。あっち向いてー。奥のおっきな空洞もふっしぎー」
「低い壁は、あたしたちが向こうへ行かないようにあるみたいだよね。落ちたら大変な高さだったし。あたしの番だね」
「入る時、目はサーモにしてたんだよねー?でもあの子に気づかなかった、なんでー?」
「床があの子の低くなってる体温と同じくらいだったのかも。帰りはサーモじゃなかったから、たぶんだけど」
「ふーん。今度はあたいが髪洗うー」
洗いっこも終わって湯船に浸かっていると熱くなって来た。水で埋めるつもりだったけど、あっついから一度出て火を散らす。ミットが水を足している。もう少し浸かりたい。
すっかりほわほわになったので上がってガルツさんに声を掛ける。
「お風呂空いたよ」
「おう。まだ起きる様子はないな」
「火の調整はあたいがやるから呼んでねー」
「ああ、頼む」
あたしはやっと出来上がった水差しを持って馬車へ上がると、早速水を飲ませてみる。これはなかなか良いねー。やっぱりマノさん、頼りになるかな。
喉がごくっと飲んでる。もう少し入れてあげよう。お、飲んだ。唇が震えるように動く。欲しがってるのかな?もう一回。飲んだら大人しくなったようなので、水差しを置いて水を補充しておく。目元が少し動いた?
しばらくじっと見ていたけど、寝ちゃったみたいだ。
「どうだ?」
「お水、3回ゴクっとした。また寝ちゃったみたい」
「水差し、見て良いか?」
「どうぞ」
「ほんとうに透き通ってるな」
ガルツさんが中の水を飲み干した。爪でコンコンと弾いて、首を傾げている。
「マノさん材質だな。こんなもの、聞いたこともないぞ。しかも、皮って」
「木でも作れるって」
「なんだって?いや、すまん。いつものことだった」
「あ、なんかー、今動いたー?」
「目を開けたね、あなたのお名前教えてくれる?………まだ無理みたいね、スープをあげるね」
スープは二口飲んで、また眠ったようだ。
「アリス、この子の肩、脱臼してるみたいだ。さっきは気が付かなかったよ」
「えーっ、大変じゃないの。どーすればいーの?」
「俺では無理だ。マノさんはなんとかならないのか?」
「聞いてみるー……うえっ!骨がうっすら見えるんですけど?……スイソクガゾ?……ガルツさんこの肘のところを持って、ゆっくり右へ回して……少し前へ……えいっ」
ゴキッ!
「うぉっ!大丈夫なのか?」
「アリスってば、カゲキー」
「上手くハマったみたい。良かったー」
「全く起きないな?それだけは良かったよ。俺も外れた肩を入れてもらったことがあるが、相当痛いぞ」
そのあとあたしは肩の腫れが引くまでしばらく撫でていいた。
・ ・ ・
翌朝見るとその子は天井をぼーっと見ていた。急いで昨夜のスープを温めてそばへ座る。
「おはよう。目が覚めた?あたしはアリスだよ。スープがあるから飲んでねー」
反応がないけどスプーンでスープを口につける。唇に付いたスープを舌先で舐め取った。
名前も聞き出せないまま、カップに半分ほど飲んでまた眠ってしまった。
「スープを半分くらい飲んだけど、また寝ちゃった」
「そうか。まあ、あの痩せ方を見ると気長に見てやるしかないだろう。移動が負担になるだろうし、この山の木がろくにないのも気になる。しばらくここでゆっくりするか。風呂も入れるしな」




