2 治水工事・・・アリス
これまで:トリラインの乗り場をまずは埋めていこう。アリスとミットは一つ北へ向かう。そこの乗り場の通路は完全に土で埋まっていた。トンネルと整地を駆使して、大回りで町の道路にトラクを乗りつけたのだが。
町を俯瞰する地図を見ていたけど川がやたら近いね。5メル近くも川が低いのに崩れないのだろうか。町の辺りで川が曲がっているから、浸食された後だったりして。護岸や堤防までは画像からは読み取れないから、要調査かな。
「ミット、この町、川がやたら近いんだよね。どうなってるかあとで見て欲しいんだけど」
「あいよー。ちょっと見てくるねー」
『アリスー。これ、やっばいよー。川の下流に家の残骸が転がってるー。何軒か傾いちゃってるのもあるしー』
「なに、抉られてる最中なの?補強みたいのは?」
『木の杭が並んでるけど、やられちゃってるねー。水の跡を見ると4メルは上がるみたいだよー』
「むう。悪いんだけど治水工事始めるから、町長か誰か捕まえてもらっていいかな?てゆうか、あたしが行った方がいいか」
『分かったよー』「いやー、すごかったよー。すぐ行ける?」
「シロル。ちょっと行ってくるね」
「はい、こちらはお任せ下さい」
町の上空に跳んで、人通りのなさそうな場所へミットが下ろしてくれた。通りへ出ると、白髪混じりの赤毛のおばちゃん?お婆さんと呼ぶには少し早そうな女の人が、店先を掃除をしている雑貨屋があったので入ってみる。[エイラの店]って看板が出ていた。
「こんにちはー。この町のことを聞いてもいいかな?」
生活雑貨って感じでいろんなものが置いてある。ハサミや小ぶりのナイフもあるけど、切れ味は良くなさそうだ。鍋敷きかな、模様の綺麗なのがあるね。よく見ると5色の石に麻紐かな?格子に通してあって外側は丸く仕上げてある。
「いらっしゃい、旅の人かい?珍しいね。なにを聞きたいんだい」
「そこの川のことなんだけど」
「ああ、あれね。大雨のたんびに崩れてね。家が何軒か持ってかれるんだ。山の方に土地を作ってもう何十年も少しずつ移動してるんだよ。でもそれも斜面がきつくなってね。町を出てった人も随分いるね」
「町の名前を教えてもらえますか?」
「ナーバスだけど、知らないでここに来たのかい?」
「この町の代表はどなたですか?」
「町長だよ。庁舎はこの先真っ直ぐ行った左。茶色の壁の大きな建物さ」
「分かりました。これ、鍋敷きですか?」
「ああ、そうだよ。姪っ子のところで作ってるんだけど、可愛いだろ。一つどうだい?」
「シロルのお土産にしよう。これと……これちょうだい」
「300シルだよ」
お金を払って通りへ出ると、聞いた通りに先へ進んでいく。茶色い壁の……レンガ積みだね。前庭にベンチやら植え込みやらがあって、ちょっとおしゃれな感じ?
広場は馬車溜まりになってて玄関の庇の下に馬車が入れるんだ。手前は1階で少し奥が2階建になってるね。
玄関から入ると水色スーツの綺麗なお姉さんが小さなカウンターに座っていた。
「町長さんって会えますか?」
「どのような御用件でしょうか?」
赤みの強い茶色の長い髪を後ろで一つにまとめている。色白さんだね。
「川のことでお手伝いできないかと思いまして」
「失礼ですが、あの川は個人でどうにかできるようなものではありません。どのようなお手伝いをお考えでしょう」
「川のこっち側に5メルの壁をつくって抉られないようにしようと思います。対岸の土を削って崩れた分を盛り土して補強します。あとは向こうに渡れる橋を何本か架ければ良いと思うんですが」
「そんなことできるんですか?」
「あー、あたいたちはあちこちでやって来てるからー。心配ないよー。ただ、勝手にはできないでしょー?」
「少々お待ち下さい」
お姉さんはドアの向こうへ消えていった。
なにやらボソボソと聞こえていたが
「なんだって……」「大丈夫なのか……」
「とにかく会って話を聞いてください!」
お姉さん、ブチ切れたね。
一切汚れのない折り目の付いた作業服姿の細い男がドアを開けて出て来た。
「いや、お待たせしました。あの川をどうにかできるとか。どのようなお考えでしょうか?」
「あたしたちはガルツ商会の先遣隊です。チューブ列車はご存知ですか?」
「……お伽話に出てくるね。ただの言い伝えだろう?」
「はー、ここでもそんな扱いになってるのかー。あのね、チューブ列車はほんとにあるんだよ。あたいたちも一昨日それで着いて、穴掘って出て来たところなんだ。ここっておっきな土砂崩れでもあったのかいー?すっごい量の土だったよー」
「?……それで、川をどうすると……?」
「町が崩れてるんだろー?なんとかしないと住むところがなくなるよー?どーするのがいーか、どーしたいのか聞きに来たんだよー。あと、予算もねー」
「はあ。どうできるって言うんですか?」
「パッと思い付くのは、こっち側に5メルの壁をズラーっと建てて抉られないようにする。あとは水が高くならないように川幅を広げる」
「向こうの土地は見た感じじゃ良さそうだよねー。橋を架けたら何かといーんじゃないかなー?」
「それができないからこんなことになってるんですよ?本当にできるんですか?」
「簡単とは言わないけど、あちこちでやって来てるからねー。どこまでやろーか?ほっとくと勝手に始めちゃうよー?いつ次の大水が来るかわかんないしー」
「町の図面を頼む」
町長はお姉さんに言って
「こちらへどうぞ」
おっきなテーブルのある部屋に入って行った。何かの会議中だったようだけど、町長が2人を残してみんな解散させてしまった。
お姉さんが持って来た図面を広げて
「町はもともとこの辺りまであったんです。それがここ30年ほどでここまで崩れてしまいました。いまさら土地を戻しても仕方ないのでこれ以上崩れないようにしたい。先ほど言われた形で結構です。橋もできることならお願いします」
「どこがいい?ここに一本。あと、こことここでどうだろ?あ、壁はどこからどこまでつくろうか?下手すると裏側に水が回って町を根こそぎ押し流すことだってあるからね」
残された2人が立ち上がった。
「あんた、何を言ってるんだ。そんなことが簡単に……」
「黙って聞きたまえ!」
町長に一喝されると仕方なさそうに口を噤んだ。
「そうだな、上流は今どうなっているかわかりますか?」
あたしはマノボードを出して上空からの画像を見せる。まだ作ったばかりの道路は更新されていない。
「チューブ列車の乗り場がこの辺。トンネルでここに出て、こう左回りで道を作ってこう来て今この辺りかな。ここに結ぶつもりだよ。川がやたら近いんで、調べたら崩れてるってんで聞きに来たところだね。
川はこの辺りから岸との段差がひどくなってるね。上流でも相当抉ってると思うよ。それが一緒に流れてくるんで水位が上がりやすいのかもね」
「ぬう。そんなことになっていたのか。こんな上流まで壁を作れるものなのか?」
「どーしても、時間はかかるねー。シルバ隊を呼ぼっかー?」
「あー、その手があったね。壁は上からやって来ないとおかしくなるからね。底ざらいは下からだし。手分けしたいよね」
「じゃあ、あとはお金の話だねー。町としてはいくら払ったら恥ずかしくなーい?」
「あんたら何を言っている!」
「黙らんか!」
「しかし、町長」
「いいから黙っていろ!
申し訳ない。町には予算の余裕がないんだ。言われる通り、他の町に知られればできたものに対する払いが釣り合うか、そこが問題になる。買い叩いたと言われれば立場は無くなるが、無い袖は振れないからな。どうしたものか」
「20年払いとかにしよーかー?町の利益の1割ー。商会の支店も任せちゃおー。こっちは売り上げの3割を取るでいーよー?」
「それなら聞こえはいいが、利益など全くないんだぞ。そちらの丸損ではないか?」
「大丈夫だよー。うちはこれで損したことはないからー。まあ、なんでも初めてはあるけどねー。アリスー、いくら請求するー?」
「えーっとね。結構距離があるからね、嵩むよ。800万シルでどうだろ?」
「えー、それじゃきっとやっすいよー?」
「工事の規模を考えたら1億と言われても仕方ないでしょう」
「町長ー、太っ腹ー。でもそんなに取ったらガルツに怒られるー」
「むう。1200万。それ以上はもらえない」
「いや、800万でも払える気がしません。私が借金をしてでもなんとかしますので、よろしくお願いしますします」
「「町長!そこまおっしゃるのですか。私達からもお願いします」」
「話はまとまったねー」
ミットがクルリと後ろを向いた。
「シルバー。ひと班トリスタンから引っ張ってくれるー?なーに?余裕あんのー?じゃあ二班、明日から行けるー?オッケー。えっ。夕方前に町に入れそうって?やけに早くなーい?」
「あとはガルツさんか」
「そっちもあたいから言っとこーかー?」
「いいよ。あとで話しとくよ。
それより二班来るって?今夜中に計画しちゃわないと大変なことになるね。マシンの材料も追加しないと」
「あー、あとで運んどくよー」
あたしは町長に向き直った。
「じゃあ、ご飯の美味しいとこ教えて」
「ああ、ちょっと待ってくれないか。お互いの名前も聞いてない。私はナーバスの町長をやっているトーレルソン、こちらは秘書のミルキーゼ嬢、地図担当のメストロック、工事統括ラックマイトだ」
「あたしはガルツ商会先遣隊のアリス。一応今来てる班の班長かな」
「あたいはミットだよー。今はパートかなー?」
「他に道作りで作業中なのがシロルにシルバ、クロとミケの4体で全員だね。明日になったらシルバ隊が2班、16体来るよ。ミット、誰が来るって?」
「あー、あとで聞いとくー」
「体ってなんですか?」
「ああー。人間はあたしたち二人だけなんだよー。他はみんなロボトだよー。ご飯も食べないしー。あ、シロルとシルバは喋れるねー。シルバ隊の班長もー。あとの奴らはしゃべれないよー」
「あの……ロボトって……」
「アリスが作った動く人形って言えばいーかなー?」
「シルバ達は改造しただけだよ?」
「似たよーなもんでしょー?」
あれ?みんな納得したような顔じゃないね?
ま、いっか。
「ご飯の美味しいとこ!」
ミルキーゼの案内で近くの料理屋へ行くことになった。こうやってみるとスタイルはミットといい勝負だね。背はあたしより少し低い。
赤茶の長い髪で、もっと露出の多い服が似合いそう。
「町の会合の後でよく利用するお店です。ここの料理は美味しいですよ」
「いらっしゃーい。ミルキーゼさん、お客さんかい?いい肉が入ってるよ」
恰幅のいいエプロン姿の40代らしい女のひとが出迎えてくれる。
「あら、じゃあ燻製セットがいいかしら?」
「バラの炙りも付けるよ」
「はい、ではそれでお願いします。奥に行きますね」
「ああ、すぐに持ってくよ」
そう言って厨房に引っ込んだ。
ミルキーゼは行灯で薄暗く照らされた通路を進んでいく。右の部屋へ入ると壁際の甕から水をコップに掬って注ぎ、テーブルに配った。
「こちらへお座りください。あ、ドアは開けたままで」
カタカタと椅子を鳴らして3人が座ると
「明日から作業を始めるんですか?」
「そうだね。川が相手だから早い方がいいでしょ。戻ったらすぐ計画をやって明日の朝にはそっちにも概略は説明するよ。それから上流から壁を作り始めるかな?」
「わたしも見に行っていいでしょうか?」
「いーんじゃない?あたいが特等席で見せたげるよー」
新鮮な猪の背の厚みのある肉を一晩燻して薄切りした燻製肉は初めてだけど、その大きな赤身を網で焼いて食べるとまた違った美味しさがある。燻しの効いた部分の味と焼いた赤身それぞれが楽しめるのだ。これにあっさりとした特製のタレを絡めるのだからたまらない。
シャキシャキとしたサラダを合間にいただいてあっという間に食べてしまった。
見るとミットが肉の切れ端をいくつか容器に収めている。きっとシロルにお土産だね。
シロルはニ口三口しか食べないけど味見ができるから、あれを食べればもっと美味しいのを工夫してくれるかもだ。
食事代を精算してミットに跳んでもらった。上から見ると町まで、道の造成があと2回ってとことか。まだそこそこ日は高いから予定より早いね。
「上流から見せてもらっていいかな?」
「オッケー」
高さを変えないまま上流へ跳んだ。少し先に河幅の広いところを見つけたので見に行った。大昔の河道らしく少し低い広い溝が北へ延びている。これを辿って跳んでもらうと、ところどころに池があったりで曲がりながら16ケラルも続いて大きな川にぶつかった。
「こっちが川でいーんじゃないのー?」
「本当だね。あそこで仕切っちゃおうか。その方が断然楽だよ。そうなると問題は土運びか。今の川を埋めちゃって土地にする。土はあの斜面の土を持ってくるってとこだね」
「あの量はあたいの手には負えないよー。大きな土運びトラクを作って運ばせよー。木を全部引っこ抜いてどこかに植えておかないと」
「その前にこっちに水を流すならここの木を先に抜かないとね。でっかいクロミケを作って下流から底ざらいしてくとか?後ろにシルバ隊ひと班付けて両側を補強してもらって先にこっちの川を作っちゃおうか」
「それだともうひと班の仕事がないよー?」
「町の下の川はそのままだから、あの辺だけでも壁を作っておかないと」
「あー、そっかー。大水対策はしとかないとねー。でっかいクロミケはどーするのー?」
「作る川の大きさにもよるね。普段の川幅は10メルで十分みたいだけど、4メルまで水が上がってたんだよね?
横幅が広い方が浅くできて流れは遅くなるからね、50メルは欲しいかな。真ん中は今の溝を残して両側15メル幅を一段低く掘っちゃおう。
そうなるとかなり大きなロボトが要るね。重くなるから足はやめて幅広のフセーチ。掘った土を連続で運ぶのに20メルの長い腕に、15メル幅の土を掻き上げる腕ってとこかな。両岸に1台づつ?」
「材料はどーするのー?」
「骨組みはセルロースを使うよ」
「昨日から伐ってるやつー?全然たりないよー?」
「むう。確かに」
「圧縮して川底をブロックにしちゃいなよー。
8台だから6台で10メル幅の川底作ってー、後追いが2台岸辺を固めるんでどうよー?」
「分かった。そうする。壁の方は長さ8メルの壁を4つ先に建てるよ。トラクは壁に跨って走るように改造するから1台づつ載せるでしょ?」
「分かった。次のトラクは後ろ向きに載せるんだー」
「正解ー」
「「あははは」」
「その後でミットにはトラクの荷台に土を積んで壁の裏側に詰めて欲しいんだ」
「補強だねー。いいよー。積むのも降ろすのもあたいがやんないといけないねー」
「まだ先だから積む方はセッケーズ漁ってみるよ」
「これ埋め立てができたら橋は一本でいいかもねー」
「んー。上流と下流に一本ずつかな?通る人たちが町に寄るように」
「じゃあトラクに戻ろーか?細かいとこはシロル達と詰めるんでしょー?」
「うん。お願い」




