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女王アン

作者: 八幡トカゲ

 アン女王に初めて謁見した時のことを、私は今でも鮮明に覚えている。


 情景とともに、あの時受けた衝撃も、ありありと思い出される。

 まるで頭を殴られたように、一瞬、目もくらむような衝撃だった。


 見たこともない豪華な部屋。細かい装飾が施された大きな窓。その窓辺に置かれた、天蓋付きのベッドは、これもまた見たこともないほど豪華で、細部にまで丁寧な彫刻が施されていた。


 大きな窓から差し込む光が逆光となり、まるで陰にひっそり潜んでいるようなそのベッドの上に、彼女はいた。


 髪のような無数のチューブにつながれ、ベッドに沈んでいる姿は、目を開け、かろうじて会話ができたが、とても生きている人間とは思えなかった。


 それが、後に、最恐にして最悪として歴史に名を残す、アン女王の姿だった。


 当時この国は絶対王政が布かれ、頂点にいるのがこのアン女王であった。その権力は絶対で、女王の意向ひとつで、国も、人の命さえも左右された。


 アン女王は、父であった先王の死によって、十八歳という若さでその地位についた。


 先王は女狂いで、王妃の他に、多くの愛人を持ち、非公式な者も数えると、百人近い子供がいたと言われている。そんなことは、後継者の男子を儲けるため、歴代の王にも例はある。この王が狂っていたといわれる所以は、その女たちにあった。


 数多くいるその愛人たちの容姿が、皆どこか似ていたのである。


 先王は、同じような女を見つけては、身分に関係なく、自分の愛人としていった。その異様な姿に、家臣たちは皆、王は悪魔に憑りつかれていると陰口を言い合った。


 その先王が突然、原因不明の死を遂げた。


 一部では、暗殺ではないか、または、悪魔に憑り殺されたのではないかと噂する者もあったが、事実は定かではない。


 当時この国を支配していたもう一つの物が、モヘア教という宗教である。


 唯一絶対神を(うた)うこの宗教では、特に婚姻に関しての教えが厳しく、いかなる理由に置いても離婚が認められなかった。

 そこで、王侯貴族は、身分相応の結婚相手を、赤ん坊のうちから決められるのが通例となっていた。そうすることでまた、王政が守られていった。

 先王が王妃と離婚することなく、多くの愛人を抱えられた理由はそこにある。


 しかし、王の子供と言えども、その身分は母親の身分による。王妃との間に男児がなかった先王の後継者は、自然、王妃との間に生まれた、二人の王女の内、姉のアンということになった。


 若い女王は、即位するや否や、宗教改革を強行した。


 国中のモヘア教の寺院を焼き払い、その財産を取り上げ、私腹を肥やした。

 また、不治の病に倒れると、国中の優秀な医者と科学者を集め、自身の延命措置と、それに必要な医療設備の開発をさせた。


 その結果が、あの姿である。


 国益のほとんどすべてを費やしたと言われるその延命装置によって、この女王は自身の地位に一日一秒にまですがりつき、それと引き換えに、国は衰えて行った。


 そして、不満を募らせた市民は、革命家アルバート・ロッソを生み出す。


 彼は多くの市民を率いて立ち上がり、この絶対王政を終わらせた。

 アン女王が崩御した直後の事である。


 彼女には子供が無く、後継者の指名も行わなかった。自身の権力、財産に執着し、ほかの者に渡ることを許さなかったからとされている。

 

 これが、表上の歴史の話である。

 しかし、歴史は、事実のすべてを語る物ではない。


 ここに、決して表には語り継がれることのない事実を記した手記がある。


 アンには、一人の妹がいた。二人は、とても仲の良い姉妹であった。

 先王が急逝し、アンが王となるのと時を同じくして、その妹は、赤ん坊の頃から決められていた相手と、身分相応の結婚をした。しかし、その時妹には、心を寄せる相手が別にあったということは、姉のアンよりほか、知る者はいなかった。仮に知っていたところで、国の通例がある。そして、国を支配しているモヘア教によって、離婚をすることもできない。


 この名前すら歴史に記録されていない妹は、アンが強行した宗教改革の後、夫と離婚し、その後の消息は不明である。そして、妹の想い人が姿を消したのも、同時期である。


 また、このモヘア教によって、意のない結婚をした人間がもう一人いる。


 アンの父、先王である。


 この王も、若かりし頃、秘密の恋をしていた。

 相手が身分違いの娘であったからである。


 その娘はやがて、王の子を授かった。そして、もうすぐその子供が生まれてくるというある日、その娘は姿を消した。


 王がその娘に再会したのは、二か月後。川の中から引き揚げられたその姿は、生気を宿してはいなかった。そして、おなかにいたはずの子供の姿はどこにもなく、娘のおなかの中にすらいなかった。


 その娘の父親は、ロッソという名だった。


 以来王は、その娘を求め続けた。王妃を迎え、その間に二人の王女を儲けても。ずっと、かつての恋人を探し続けた。


 アンが体の異変に気付いたのは、モヘア教の寺院跡地を視察に出た時であった。妹は離婚が成立していた。アンは当初、延命措置を望まなかったという。ところがある視察の後、一変して、延命措置を厳命した。


 いつものように寺院跡地の視察を終え、王宮への帰り道。下町を通りぬける際、ある大衆の居酒屋の前を通りかかった。開け放たれたドアから、威勢のいい男たちの笑い声が聞こえてきていた。鉱山の近くで、工夫や加治屋が多くいる土地だった。


 アンは、その居酒屋の中にいる無骨な男たちの中の、ある青年に目が留まった。吸いつけられたと言っていい。その青年を見た瞬間、時が止まった。


 その青年は、周りの男たちと同じように土や煤のようなもので薄汚れていたが、その顔立ちは、あの無数の父の愛人たちにどこか似ていた。


 その青年は、アルバート・ロッソといった。


 市民に謀反の動きありと報告があったのは、それからほどなくしてであった。その中心人物があの青年であると知ると、アンは、国の財産のすべてを、自分の延命装置の開発と維持につぎ込んだ。


 それから数年、無数のチューブにつながれ、彼女はかろうじてその命をこの世に繋ぎ止めていた。私が彼女に謁見したのは、そんな頃だった。


 彼女は、消えかけたろうそくの火を必死に守るように、自分の命引き延ばしながら、何かを待ち続けていた。そして、ある日とうとう、市民の不満が爆発し、反旗を翻したとの報告が届いた。市民を率いているのが、あの青年であると聞いて、アンは静かに息を引き取った。

 その顔は、微笑んでいるようでさえあった。


 国の財産は、残らなかった。


 アン女王の崩御が、もう少し早かったら、 国の財力がまだあるうちであったら、軍があっという間に革命軍を制圧していただろう。


 彼女は、自身の権力によって、宗教に縛られた妹を救い、父の無念を悼み、そして、父が生涯愛した人との間に授かった異母の兄が、この呪われた国を終わらせることができる力をつける日を待ち続けた。


 それらを綴った手記を、私に託して。


 これが、最恐にして最悪と歴史にその名を残す、アン女王である。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ・独特の世界観 [気になる点] ・山が無い事 [一言] Twitterで作品の紹介いただきありがとうございます。 続きでアン女王の手記を紐解く形が好ましいかな? 歴史家が手記を見つけ解明す…
2021/09/18 06:00 退会済み
管理
[良い点] 実在する歴史の一節を読んでいるような気持ちになれました。 [気になる点] 物語としてのオチが存在しないため、短編と言うより、長編の序章という印象を受けました。
[一言] 興味深く拝読させていただきました。 短編として登録されておりますが、誠に申し訳ございません、これは短編ではなく、長編ファンタジーのあらすじとして読ませていただきました。そのため、物足りないと…
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