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2.勇者様と聖剣

「これよ、これ。先代勇者の聖剣」

 勇者マリーは、勇者の丘の中央に突き刺さっている剣を見て目を輝かせた。


 ここはラクルミア王国の王都から、東に馬車で一〇日ほど離れたライグールの街だ。


 この街は農業もそこそこ盛んだが、何よりも観光で潤っている。

 と言っても、観光スポットと呼べる場所は北にある滝位しかない。

 それが何故こうも観光客が沢山訪れるのかと言うと、彼らの目的は、この丘の聖剣だった。


 先代勇者の聖剣。

 それを一目見ようと、毎日沢山の観光客が列を作って丘の上まで登って来ていた。


 だが、今はまだ観光客の姿は無い。

 それもそのはず、先程朝日が顔を出したばかりの早朝だからだ。


 マリー達がこんなに朝早くここを訪れたのは、聖剣の引き抜きに挑戦する為だ。


 例の魔王討伐の一件で、勇者マリーの名前はここ、ラクルミア王国にも伝わっている。

 冒険者ギルドなどから得た情報によると、勇者マリーは隣国で爵位を貰って、領地運営をしているとの事だった。

 寝耳に水だった。

 しかしマリーは、貴族になって領地運営をするよりも勇者らしい事をしたかった為、名乗り出ずにこのまま旅をしようと言う事になった。


 そしてその勇者らしい事の一つが、ここの聖剣に挑む事だった。

 だが、普通に列に並んでエントリー申請して勇者マリーの名前を出せば、その場に居合わせた人達が群がって来るのは目に見えていた。

 それに、領地にいるはずの彼女が何故ここにいるのか、と言う話にもなる。


 そこで彼女の幼馴染の青年が、マリーに提案する。

 朝早くに聖剣の丘に訪れ、そこを管理している人に、彼女がお忍びで聖剣に挑戦しに来たと伝えた上で、エントリーを受け付けて貰うようにお願いしようと。


「凄い!ここまで神々しさが伝わって来るわ」

 見物客が勝手に聖剣に触れないようにする為の柵を掴み、身を乗り出して嬉しそうに聖剣を見るマリー。


「あの、何か御用でしょうか」

 その時、背後から声が掛けられる。


 振り向くと、やや痩せ気味の人当たりの良さそうな初老の男性が立っていた。


「あの、貴方は?」

 青年が問いかけると、初老の男は優しそうな笑みを浮かべる。

「これは失礼。私はこの聖剣と、この近くにある勇者博物館の管理を任されているアルフォンソと言います」

 丁寧にお辞儀をするアルフォンソ。

 それを見て、マリー達も慌ててお辞儀をする。


「あ、私は勇者マリーと言います。こっちは私の幼馴染で……」

「単なる幼馴染です」

「ちょっと!」

 青年の名前を口にしようとした途端、彼にそれを遮られたマリーは頬を膨らませる。


「おおっ、貴女様があの魔王を討伐したと言う勇者様ですか」

「はい、彼女が率いる聖騎士団が魔王城に乗り込んで倒しました」

 今度は、マリーに余計な事を言われる前に青年が答えた。


 マリーとしても、青年が言っている事が正しい為、特に口を挟まなかった。

 もっとも、勇者による魔王討伐の話を聞いた者達がそれを聞くと、彼女が魔王を打ち取ったと言う意味で捉える事は目に見えていたが、知力が2の彼女はそこまで考えが回らなかった。


「失礼ですが、鑑定させて頂いても宜しいでしょうか」

「ええ、良いわよ」

 アルフォンソの申し出に、マリーは二つ返事で承諾した。

 まあ、こっそり鑑定する人が多い中、こうやって相手に了承を求めて来たのだから悪い気はしない。


 マリーの許可を得たアルフォンソは、暫らくマリーを凝視してから、軽く溜息をつく。

「勇者スキルがこれ程のものとは。いやはや、これは噂以上です」

 感極まったと言う顔で、マリーを褒めるアルフォンソ。


「勇者様がここを訪れたと言う事は、やはり聖剣に挑戦する為ですね」

「はい、そうです。私、領地を運営しているはずなのに、こんな所でエントリーしてたら騒ぎになりますから、こうして朝早くにやって来たんです」

「懸命なご判断です。ささ、こちらへ。向こうの建物の中で必要書類にサインをして下さい」

 マリーの話を聞いて、彼女達がこんな朝早くにここを訪れた事に納得したアルフォンソは、エントリーを進めるべく彼女を誘導する。


「あ、僕はここに残るね。もう少し聖剣を見ていたいし」

「そう?分かったわ」

 青年の提案に、マリーは特に気にする事は無く、踵を返してアルフォンソに付いていった。


「さて……と、この聖剣だけど」

 青年は一目見た時からこの聖剣が気になって仕方が無かった。


(やっぱり、焼きが甘いな。誰が打ったんだ?こんなナマクラ)


「よっ……と」

 青年は柵をひょいっと飛び越え、聖剣に近付く。


(地脈から魔力を吸い出しているようだけど、余程酷い刻印術式を掘り込んでいるんだな。聖属性の魔力が駄々洩れだよ)

 そう、人々が神々しい光として崇めている正体は、聖剣が聖属性の魔力を蓄えきれずに漏れ出ていたからだった。


(ここは確か、先代勇者が魔王にとどめを刺した場所だったよね。そしてその時に聖剣が大地に突き刺さったまま抜けなくなったって)

 それは、この聖剣が役目を終えたと、それを先代勇者に託した女神が判断した為だ。

 と言うのが通説であった。


(これって、どう見ても焼きの甘さが原因だよね)

 伝説の真実を知って、青年は失望を感じざるを得なかった。

 彼自身、この聖剣にはとても期待していた。

 何しろ、女神自らが先代勇者に託した剣だ。さぞ素晴らしい技術で作られているのだろうと信じて疑っていなかったのだ。

 それが、実際に聖剣を目にしてみれば、二流品も良いところ。


(こんな酷い焼き方をした剣に、魔王を倒せる程の魔力を込めて刻印術式を稼働させれば、そりゃあ歪むだろうね)


 表側からは見えないが、聖剣が突き刺さっている岩石の内側では歪んでいるだろうと青年は睨んでいる。

 そしてそれが、今まで猛者たちがこの聖剣を引き抜けなかった理由だと。


 青年は聖剣の柄を握ると刀身に軟体化の魔法を掛ける。

 とは言え、普通に軟体化を掛けても聖剣自身の自己防衛用刻印術式に阻まれる。

 だから青年は、鍵開けのような要領で、術式の隙間を探りつつ軟体化を掛けて行った。それは、彼が独自に編み出したもので、宮廷魔術師ですら知らない技だった。


 そして全体が軟体化したのを確認すると、そのままゆっくりと聖剣を引き抜いた。

 その時の感触で、青年は自分の憶測が正しかったと確信した。


 青年は、聖剣の軟体化を解き、しげしげと眺める。

「これは……酷い作りだな」


 その剣は、焼き方が足りないだけでなく、焼きにムラが多かった。

 しかも、剣自体の品質の悪さを補うためか、自動修復や硬化、切れ味増加などの刻印術式がこれでもかと言うほど刻まれていた。

 聖属性の魔力が漏れているのも、術式同士が干渉を起こしているせいだと言う事が一目で分かった。


(先代勇者はこんな物で戦っていたのか。よく魔王を倒せたね)

 別の意味で青年は先代勇者の勇敢さに敬意を示した。


「これだったら……」


 そこで青年は、背後から誰かが近付いて来ているのに気付き、慌てて振り返った。


「では、今日の夕方から始まりますので、それまでにまた、ここに訪れて……」

 聖剣を手にしている青年を見て、硬直したアルフォンソと目が合った。


「あの、どうしたん……」

 不思議に思ったマリーがアルフォンソの視線の先を追って、同じく硬直した。


 痛恨の失敗だった。

 普段なら、例え相手に殺意が無くても、ここまで近付いて来たのに気付かないなんて事はなかった。

 だが、聖剣に施されている刻印術式の魔力の流れを解析しながら考え事をしていた為、周辺感知が疎かになってしまっていた。


「あ……こ、これは……その。そ、そう。これ見てよ。この剣、酷い焼き方をしていたんだ。だから今まで抜けなかったんだ」

 青年は慌てて柵を超えると、マリー達の方に近付く。


「…………また」

 マリーが呟いた。


「え?また?」

 青年は嫌な予感をしながらも聞き返す。


「また私の功績を邪魔したあぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「ちょ、ちょっと、マリーさん?」

 大泣きし始めたマリーに、青年はわたわたとする。


「私が抜きたかったのに。私が抜きたかったのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

 両手で涙を拭いながら、そう訴えるマリー。


「だ、だけど、ほら。こんな聖剣なんかよりも、僕が打ってあげた剣の方が数十倍も高性能だよ。だから……」

「そんなの、一目見れば分かるわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 マリーが抜刀した為、青年は急いで彼女の腕を掴んだ。

 こんな所でスキルを発動すれば、隣にいるアルフォンソの命が無い。


「離せぇ、この手を放せぇぇぇ!」

「ちょ、ちょと、落ち着いてマリーさん。隣にアルフォンソさんもいるんだから」

 言われて、アルフォンソの存在に気付いたマリーは、ふぅふぅと肩で息をしながらも、ようやく暴れるのを止めてくれた。


 そこで止めれば良かったのだが、青年はマリーをなだめるため、余計な事を言ってしまう。

「まあ、こんな剣よりも、マリーが持っている剣の方が優れているんだから。この剣を手に入れる必要なんて無いんだよ」


 再び、マリーがプッツンした。


「聖剣を抜いたと言う肩書が欲しかったのぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 マリーが前方に向かって、思い切り魔力波を放出した。

 その衝撃で、聖剣を守っていた柵が吹き飛ばされ、更に聖剣が刺さっていた岩が少しめくれて浮き上がったが、何故か青年は微動だにしなかった。


「そんなだから、あんたは、いつまでも童貞なのよぉぉぉぉぉ!!」

 青年の脇を抜けて走り出したマリー。

 その背中に、青年が慌てて声を掛ける。

「マリー、これ、聖剣。マリーが抜いた事にして貰えば……」

 その声に、マリーは足を止めて振り返った。

「要らないわよ、そんなガラクタ!もう、あんたなんか絶交よ!うわぁぁぁぁぁぁん」

 そう言って、彼女は泣きながら走って行ってしまった。


「ま、待ってよ。マリー。あ、すみません。聖剣、元の場所に戻しますね」

 青年は再び聖剣に軟化を施しながら、元の岩石にそれを突き立てると、彼女を追って走って行った。


 後に残されたのは、放心状態のアルフォンソだった。



 そして聖剣の丘は、その日の午後まで立ち入り禁止となり、急いで修復される事となった。

 その時、岩石を元に戻す前に、アルフォンソの指示で反対側に突き出ている聖剣の先端に鉄板を溶接するように、こっそり指示を出していた。

聖剣伝説の真実が、今暴かれる(笑)

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