1.勇者様と魔王
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騎士達が魔王城の玉座の間に足を踏み入れると、そこには禍々しいオーラを放つ魔族が正面の玉座に腰を掛けていた。
その瞳は血のように真っ赤で、頭には禍々しい角。
黒を基調としたタキシードに黒いマント。
永年、人族を苦しめて来た魔族を束ねている魔王だ。
「ふはっはっはっはぁぁぁ、力の差も測れぬ愚かな人間どもめ」
魔王は、良い退屈しのぎができるとでも言いたげに、嬉しそうな顔で立ち上がった。
途端、魔王の威圧が強まる。
その、圧倒的な圧力に、騎士達は危うく膝を折りそうになるのを必死で堪える。
鑑定能力のスキルを持った副団長が、咄嗟に魔王のステータスを鑑定する。
【基本】
種族 魔族
年齢 1086歳
職業 魔王
体力 99999999/99999999
魔力 99999999/99999999
腕力 9999999
魔法攻撃 9999999
防御力 9999999
素早さ 9999
知力 8
運 3
【スキル】
黒魔術 Lv9
白魔術 Lv9
肉体強化 Lv9
五感強化 Lv9
毒耐性 Lv9
熱耐性 Lv9
寒さ耐性 Lv9
自己再生 Lv9
化け物じみていた。
騎士団長クラスのステータスとは数桁も上だった。
知力と運以外は。
だが、そのような圧倒的な力を前に、全く怯んでいない者が一人いた。
「ふんっ!愚かなのは貴方よ!貴方も外にいる四天王とやらと同じく、肉塊にしてあげるわ!」
不敵な笑みを浮かべているのは勇者マリー。
燃えるような赤いロングヘアで翠目の超美少女だ。
彼女は白いライトメイルで身を固め、手にはやや小ぶりの大剣が握られている。
歳は一七と、かなり若いのだが、騎士団の誰もが彼女の勝利を疑っていない。
その信頼は、彼女のステータスによるものだった。
鑑定眼で見た彼女のステータスはこうなっていた。
【基本】
種族 人間
年齢 乙女の秘密。独身。恋人無し。
職業 勇者
体力 632/999
魔力 43 / 99
腕力 9999999
魔法攻撃 13
防御力 23
素早さ 29999
知力 2
運 1
【スキル】
白魔術 Lv9
聖魔術 Lv32
肉体強化 Lv43
五感強化 Lv9
毒耐性 Lv9
熱耐性 Lv9
寒さ耐性 Lv9
勇者 Lv42
【勇者スキル詳細】
防御無効 Lv8
攻撃貫通 Lv5
限界突破 Lv7
次元切り Lv4
基本ステータスでは素早さは魔王に勝っているが、他は足元にも及ばない。
だが勇者スキルの恩恵で、聖魔術と肉体強化が本来ならあり得ない二桁となっていた。
その上、勇者スキルがえげつなかった。
防御無効や攻撃貫通などは、相手がどれだけシールドを硬くしようが、防御力を上げようが、確実に相手に攻撃を通す事ができた。
そして限界突破は、勇者が不利な時に発動する技で、二〇分間、全てのパラメーターが一〇倍に跳ね上がる。
更に切り札の次元切りは、一日に五回しか使えないと言う制約があるが、あらゆる物を両断する事が可能な無敵スキルだった。
一部、意味不明の値が混じっているが、それは自分の鑑定眼のレベルが低いせいだ。副団長はそう思う事にしている。
「さあ、魔王。言ってちょうだい。お決まりのセリフ。『まずはお前から攻撃してみろ。受けきってやる』ってやつ」
少しワクワクしたような顔で言うマリーに、魔王は馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「なぜ、貴様から先に攻撃させてやらなければならない?食らえ、闇霧紫電……」
魔王が一瞬で魔力を収束させ、手のひらの上に紫電を放つ黒い物体を形成して、いざ解き放とうとした瞬間、後ろのガラスが砕け、一人の男が魔王の頭上を通り過ぎて二人の間に立ちはだかった。
「マリー、やっと見つけた。もう酷いよ、外の敵を全部僕に押し付けるなんて」
男はぼさぼさの茶髪。
年齢は勇者と同じくらいで、少し眠そうな目をした冴えない青年だった。
「さあ、こんな所で油売ってないで、さっさと魔王を倒しに行こう」
そう言って笑う青年の背中で、魔王が鼻で笑う。
「ふっ、お仲間か?ついてないな、もう少し到着が遅れていたら死なずに済んだかも知れないのに」
そして、今度こそ勇者たちに向かって、その魔法を放つ……
「もう、うるさいな!」
その青年は、魔法が放たれる直前に、振り向きもせずに魔王の頭部に裏拳を叩き込んだ。
「「「「「あっ……」」」」」
勇者と騎士達の声がハモった。
魔王は、青年の裏拳を受けて頭部が半分ほどひしゃげ、その場で崩れ落ちた。
「マリー、こんな雑魚を相手にしている暇はないでしょ?ほら、早く行こう」
青年は勇者の手を取り、玉座の間から出ようと促すが、勇者がその手を振りほどいた。
「ん?どうした?マリー」
勇者の肩がブルブルと震えていた。
「……う」
「う?」
不思議に思い、青年は勇者の顔を覗き込む。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!私が倒そうと思ったのに!私が倒そうと思ったのにぃぃぃぃぃ!」
勇者が両手を鳥のようにバタバタと上下に動かしながら涙目で訴える。
その右手には小ぶりの大剣が握られているのだが、その重さを感じさせない動きは、彼女の腕力の高さによるものだ。
「ちょっ……ちょっと!マリーさん?何言ってるの?マリーさんは雑魚に構っている暇は無いんだよ。何怒ってるの?」
彼女に詰め寄られ、たじろぐ青年。
「そいつが魔王だったのよぉ!」
涙と鼻水で汚れた顔を、グッと近付けて彼女は青年を睨む。
青年は困った顔をして、後ろを振り向いて暫し魔王の遺体を眺めた後、再び勇者へと視線を戻す。
「何かの冗談?」
「そいつが魔王だって言ってるでしょぉぉぉぉぉぉぉ!」
そう叫びながら、勇者が軽く跳び上がる。
すると次の瞬間、ドンッと言う凄まじい振動が玉座の間を襲い、全ての窓ガラスは砕け散り、壁には無数の亀裂が入った。
気が付くと勇者の剣が青年に向かって叩きつけられていて、それを青年は素手で受けていた。
騎士達には攻撃が全く見えなかった。それほど勇者の剣が早かった。
だが、そんな彼女の攻撃はおろか、それを片手で、しかも素手で受け止めた青年の技にも驚く者はいなかった。
何故なら、この様な光景は見慣れていたからだった。
「えっ?何言ってるの?だってこいつ、マリーより弱かったじゃん」
ここで言っているのは、基本能力ではなく、スキルも含めた総合的なものだと勇者も分かっている。
だが……
「勇者より強い魔王なんて、いる訳ないでしょ!?そんなのいたら、この世の終わりよ!」
そう言って、彼女は更にグググッと腕に力を込め、青年の頭をかち割ろうとする。
随分理不尽な反論だった。
だから青年は、助けを求めるべく、騎士達に視線を向ける。
だが、騎士達から返って来たのは苦笑だった。
それを見て青年は理解する。自分がやらかしてしまった事を。
「あっ、ちょ、ちょっと待って、マリー。え、えーと、その……そうだ、最近死霊術を学んだんだ。い、今蘇生させるね。ほらっ」
青年がそう言うと、後ろの魔王がノロノロと起き上がる。
「お……おおおぉ……我は復活したのか……しかも……何だ?力が……力が湧いて来る」
ひしゃげた頭部が見る見るうちに再生していき、魔王に生気が戻ってくる。
副騎士団長が即座に鑑定眼を向ける。
【基本】
種族 ゾンビ魔族
年齢 0歳
職業 元魔王
体力 299999999/299999999
魔力 299999999/299999999
腕力 29999999
魔法攻撃 29999999
防御力 29999999
素早さ 29999
知力 8
運 3
【スキル】
黒魔術 Lv29
白魔術 Lv29
肉体強化 Lv29
五感強化 Lv29
毒耐性 Lv29
熱耐性 Lv29
寒さ耐性 Lv29
自己再生 Lv29
副騎士団長は驚愕に震えた。
全てのステータスが三倍近くに跳ね上がっていたからだ。
知力と運以外は。
「ふっ、先程は不覚を取ったが、このみなぎる力、もはや敵無しだ。食らえっ!漆黒渦怨……」
「いるかぁぁぁぁ!こんな紛い物ぉぉぉぉ!」
魔王は全く出番無く、勇者の次元切りで両断され、ボロボロと崩れ落ちて行った。
「魔王討伐の栄誉が……肩書が……」
ポロポロと涙を流す勇者に、青年はオロオロとするばかりだった。
「マ、マリーさん。魔王は星の数ほどいるから……だから、別の魔王を探しに行こう?ねっ?」
必死になって彼女をなだめる青年に、勇者は再び軽く跳び上がる。
―― ドンッ!
彼女の次元切りを青年は再び素手で受け止めた。
その時の余波で、玉座と、その後ろの壁が吹き飛んだ。
「そんなに魔王がウジャウジャいる訳ないでしょぉ!」
勇者はそう言うと、青年の横を駆け抜けて、崩れた壁の外に走り出す。
「馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!あんたなんか、もう知らない!!」
「あ、ちょっと、マリー。待ってよぉぉぉ」
大泣きしながら走り去る勇者を追いかけ、青年も壁の外に走って行った。
「…………」
「…………」
「…………」
「野営地に戻るか」
やがて、騎士団長がポツリとそう言った。
一か月後、王都に帰還した騎士団を、王自ら出迎えた。
「そうか。魔王を打倒したか。でかした、でかしたぞ」
玉座の間に通された騎士団の代表者十数名に、国王は感謝の言葉を述べた。
「さすが、勇者殿だ。私は信じていたぞ、彼女なら必ず魔王を倒してくれると」
「そ、それが……」
喜んでいる国王に、騎士団長達が気まずい顔を見せる。
「むっ?どうしたのだ?」
彼らの態度に、国王は首を捻る。
「その……ですね。魔王を倒したのは……その……勇者様の幼馴染でして……」
額に汗を浮かべて説明する騎士団長。
その顔を見て、国王は、自分が勇者に期待していたにも関わらず別の者が魔王を倒したため、自分が機嫌を悪くするかも知れないと考えての事だと思った。
だから、国王は彼らを安心させようとする。
「ああ、そっだったのか。それでも構わん。魔王が倒されたのなら」
そう言って嬉しそうに笑う。
「早速、国中にその事を周知して、祝賀会を開かないとな。それで、勇者殿と、魔王を倒した騎士はどこにいるのだ?」
にこやかに尋ねる国王。
だが、騎士団達は全員、目を泳がせて額に玉のような汗を浮かべていた。
「どうした?勇者たちはどこなんだ?」
彼らが何故そのような表情をしているのか分からず、困惑しながらも再度尋ねる国王。
「そ……それが……」
国王の問いに、騎士団長は困った顔をして、絞り出すように答えた。
「幼馴染が魔王を倒してしまった事に怒った勇者様が、泣きながら走って行かれまして……その……幼馴染も彼女を追いかけて行ってしまって……それっきり」
「へっ?」
騎士団長の言葉に思考が追い付かず、国王は情けない声を上げてしまう。
「野営地で五日ほど待ったのですが、戻って来なかったので、仕方がなく私達だけ先に戻ってきました」
それを聞くと、国王は項垂れ、右手で顔を覆った。
暫しの沈黙が玉座の間に流れる。
やがて国王がポツリと言う。
「代役を立てよう」
「「「国王様?」」」
驚きの声を上げたのは騎士団長だけではない。
その場にいた宰相や文官たちも揃って声を上げていた。
「仕方が無かろう。勇者殿が戻ってくるかどうかも分からないのに魔王討伐の発表を遅らせるか?それとも魔王は討伐したが、倒した者達は行方不明と発表するか?この国の面子が丸つぶれになるぞ」
そう言われてしまうと、反対できる者はいなかった。
国王の言う事はもっともだった。
近隣諸国に向けて、大々的に魔王討伐を宣言した手前、魔王は討伐したけど勇者に逃げられましたなんて発表しようものなら、国王が勇者への褒章をケチったからだ等の憶測が飛びかねない。
だから、対外的にも魔王が討伐された事を発表し、勇者の褒章式を大々的に執り行う必要がある。
「分かったら、皆の者、すぐに準備に取り掛かれ」
国王の号令で、文官や武官達が動き出す。
「ところで、その勇者の幼馴染は何と言う名前なのだ?」
「「「「えっ?」」」」
褒章式を執り行うには、魔王討伐に貢献した勇者の他に、魔王を倒したと言う幼馴染の代役も立てなければならない。
それには、その者の名前を聞いておかなければならなかった。だから名前を尋ねた。それだけだったのだが、その場にいた騎士団面々は全員不思議そうな顔をした。
「そ、そう言えば、あの幼馴染。何ていう名前なんだ?」
騎士団長が隣の副騎士団長に顔を向け、小声で問いかける。
「さ、さあ。皆、幼馴染としか呼んでませんでした」
そう言って、副騎士団長は困った顔を向ける。
「あ、あの……私、前に、彼に名前を尋ねたんです」
その時、副騎士団長の隣にいた赤毛の女性部隊長が、話に入って来た。
「おお、名前を訊いていたのか。助かった」
顔を明るくする騎士団長。
しかし、部隊長はそんな彼に困った顔を向けた。
「それが……『僕はただの勇者様の幼馴染さ。あくまでも裏方。あいつに花を持たせるためだけに、ここにいるんだ』って言って、教えてくれませんでした」
「つまり……誰も名前を知らないのか……」
騎士団長がガックリと肩を落とす。
彼らの会話は小声だったが、国王が聞き取れないほど小さな声ではなかったため、その内容は国王にも伝わっていた。
国王は再び項垂れて、右手で顔を覆った。
「ヨシッ!魔王を倒したのは勇者マリー。そう言う事にしよう」
やがて、国王は顔を上げて、そう宣言した。
「勇者の代役は……お主にしよう。背格好も似ているし」
「えっ?わ、わ、私ですか?」
国王が指さしたのは、先程騎士団長に勇者の名前について話していた女性部隊長だった。
「で、でも私は……」
「これは国王命令だ。他の者も口裏を合わせるように。良いな」
「「「「「はいっ!!」」」」
後日、勇者マリーの褒章式とパレードが大々的に行われた。
勇者マリーは、この世界を救った英雄として、男爵位と領地が授けられた。
そして、女性部隊長は死亡扱いとなり、立派な墓が建てられた。
「勇者様ぁぁぁぁ、早く戻って来て下さいよぉぉぉぉ」
マリー男爵の館では暫らくの間、夜な夜なそのような叫びが聞こえてくるが、使用人達には緘口令が敷かれる事となった。