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90話 ヒリスとシムルグ

 

 瘴気の発生源となっている『ゼルシードの街』近くの崖は、大きくくくると三つのポイントに分けることができる。


 地上から降りることができるか細い足場。そして、そこから入ることができる中盤の洞窟。最後に、洞窟を抜けて崖の底へと通じる場所。


 それら、全てが瘴気に包まれている。底に行けば行くほど濃く、そして黒々く、全てを飲み込むために。


「それが、ここの地形です。ご主人様」


「すごい……。そんなことまで分かるのか……」


「私は魔力を読み解くことができます。魔力に溶け込むことも、魔力と波長を合わせることも得意です」


 新しく出てきてくれた眷属、ヒリスがそう教えてくれる。


 初めて会ったのに、初めて会った気はしない彼女。彼女は一番最初、コーネリスに眷属として出てきてもらった時に、その中身だけ出てきてくれたあの子だった。それが今回、自分の体で、ヒリスという眷属として出てきてくれたのだ。


 そして俺たちは現在、シムルグの背に乗って、その崖の中を突っ切っていた。


 シムルグというのは、あのシムルグだ。


「うおおおおぉぉぉお! すごいのぉ……! 体が前みたいに大きくなったし、自由に飛べるようになってるのぉぉぉ!」


「ふふっ。聖女ソフィア様の屋敷にいる間、シムルグちゃんは聖の魔力をたっぷり取り込んでいたのが、よかったわね」


「うおおおおぉぉぉぉお! ヒリスお姉さん、すごいの……!」


 これも、ヒリスがやってくれた。


 ソフィアさんが展開していた結界をすり抜けて、その後、従魔の指輪の中にいたシムルグの魔力を整えてくれた。

 その結果、以前、瘴気に飲まれた一件で小さくなっていたシムルグがかつてのような大きさに戻り、こうして俺とヒリスを背中に乗せて飛んでくれているのだ。


 向かうのは、崖の中腹、ソフィアさんの元。

 シムルグの背に乗って、そこまで一直線で目指している。


 やがて、崖の側面に大きな穴が空いている場所が見えてきた。


「見えてきた。ご主人様。あそこから崖の横穴に入れます。多分、今のソフィア様もあそこにいると思われます。今のうちに、魔力の準備もしておいた方がいいかもしれません。きっと、余裕がある状況ではないと思われます」


「分かった。シムルグも頼んだ」


「分かったの……!」


 シムルグが一度、空中で旋回して翼を折り畳むと、崖の中腹にあった横穴の入り口を突っ切った。


 そして、一気に潜り込んでいったところで、


「今です!」


 次の瞬間、バチっという音がすることもなく、月光色の魔力が洞窟の中に迸った。


 そこにいたのは、魔物の群れ。名をサンドリングリザードという。この崖に大量に存在する魔物で、それら全てが月光の魔力で貫かれていく。


 その朽ち果てる魔物たちのそばには、ソフィアさんがいた。

 巫女服姿だ。

 執事服の男性もいる。


「テオ様……」


 うるりと揺れるソフィアさんの瞳。


 シムルグがソフィアさんの前に降り立つ。


 執事服の男性が眩しそうにこちらを見ていた。


「お嬢様、メテオノール殿が来てくださいました。先程の魔力、美しい月光の魔力でしたね」


「ええ……。本当に……。淀み一つない魔力でした」


 そして、ソフィアさんは悲しそうな顔もしていた。


「テオ様が来てしまいました……。今はお役目の最中で……教会に関わることなのに……」


「街で聖女殺しの指名手配が始まってしまったので……逃げてきました」


「ふふっ。そうでしたか。それは大変なことになってしまいました」


 ソフィアさんがくすりと笑う。

 とりあえず笑みを浮かべてくれたことに、安心できた。彼女のおじい様もそれには安心しているようだった。


 そして、意を決したように、そのおじい様がこんな頼みをしてきた。


「メテオノール殿。恥を忍んで貴方にお願いしたいことがあります。……どうか、お嬢様の力になっていただけないでしょうか。私で良ければお嬢様のお役に立ちたかったのですが、このザマです。そこに貴方が来てくれたということは……期待してもよろしいのでしょうか」


 そう言う彼の息は上がって、苦しそうに見えた。


 瘴気の真っ只中にいるんだ。


 ここは密閉空間の洞窟で、瘴気の濃さもかなり濃い。

 立っているだけでも、瘴気に侵食されそうだ。

 腕輪を通じてテトラの力が伝わってくるおかげで俺は平気だけど、もしそうでなかったのなら、あっという間に瘴気に飲み込まれてしまうと思う。


 その中で、彼は戦っていたんだ。

 孫娘の、ソフィアさんを守るために。


「……しかし、それもここまででしょう。これ以上は足手纏いにしかなれない」


「おじい様……」


 彼の呟きに、ソフィアさんが悲しそうな顔をする。


「……もう、ろくに動くこともできない。これ以上はお嬢様に要らぬ心配と迷惑をかけてしまうばかりです。それでも貴方が来てくださいました。そこに希望が生まれました。だから、メテオノール殿、どうか、お願いします。お力を貸していただけないでしょうか……」


 改めて頭を下げてくる執事服の彼。


「俺で……よければ、ぜひ」


「……ありがたきお言葉。心からの感謝を」


 俺が頷くと、彼も深々と頷いてくれた。


 そして彼は、懐から2枚の巻物のようなものを取り出して、それを伸ばした。

 その巻物には、魔法陣が描かれてある。


 あれは恐らく帰還の魔法陣。

 使用すれば別の場所に転移することができるという物だと思う。そういう魔道具がこの世には存在する。


 それが2枚ある。

 2枚ということは……もう1枚はソフィアさんの分だったのだろう。


 それでも彼は、選んだ。ソフィアさんが崖の底まで向かうことを。


「お嬢様。お役に立てず申し訳ございませんでした。結局、最後まで祖父らしいことは何もできなかった」


「……そんなことありません。おじい様は、私の大切なおじい様です……。どうか、長生きをされてください」


 その後、ソフィアさんは彼に別れの言葉を告げて、彼は帰還の魔法陣で転移した。


「テオ様……申し訳ございません。どうか、よろしくお願いします」


 そうお願いしてくれるソフィアさんに俺は頷き、前を見る。


 向かうのだ。

 瘴気の原因となっている、崖の外へと。


「ご主人様! メモが道を作るの!」


「ジルもお手伝いします」


「二人とも、頼んだ」


 青色の腕輪と、黄色の腕輪から、メモリーネとジブリールが姿を表してくれて、俺たちは歩み始めるのだった。


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