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88話 四番目の眷属 ヒリス

 

 聖女という存在がいる。

 その聖女がいるから、人々は安心して暮らすことができる。


 この街もそうだ。ここは聖女ソフィアの加護で守られている街。

 街の中には、穏やかな光景が広がっている。


 友達同士で遊んでいる子供、親に手を引かれて、歩いている子供。何かを買ってもらったのだろう。両手で屋台の食べ物を受け取って、隣にいる親に笑顔を見せている子供もいる。


 平和だ。

 その平和には、きっとソフィアさんの存在があったのも大きいと思う。

 少なくとも冒険者ギルドでは、ソフィアさんの名前を出せば、諍いもすぐに終わっていた。

 聖女の影響力というのは、それだけ大きいのだ。


 俺はそんな街の中を歩きながら、これからのことを考えていた。


 この街にはもういられない。『聖女殺し』の情報が教会から張り出されたことで、教会の追っ手もやってくるだろう。さっきも神官服の人物がいたし、これ以上長居はしない方がいいと思う。


『ご主人様、聖女のお姉ちゃんを助けに行かないの?』


『ピンチなんでしょ? このままじゃ死んじゃう……』


 腕輪からメモリーネとジブリールの訴えが聞こえてきた。

 俺はその腕輪をそっと撫でて、悩んでいた。


『まあ、こればっかりはピンチだから、助けに行かなきゃ、……というわけにもいかないものね』


 聞こえてきたのは、コーネリスの声。

 俺はそのコーネリスの腕輪も撫でる。そして、コーネリスも言った通り、こればっかりは即断即決とはいかないものではある。


 ソフィアさんは今、お役目に行っているらしい。

 聖女のお役目だ。つまり、ソフィアさんだからこそできるお役目だ。

 そのために、この世界には聖女という存在がいるのだ。



 たとえ、その命が尽きたとしても、人々のためにお役目を成しえるのだーーと。



 つまり。

 聖女というのは、何かがあった時に、命と引き換えに問題を収める存在なのだ。

 つまり死ぬために選ばれる存在なのだ。


 昔、おばあちゃんもよくそんな話をしてくれた。それを聞くたびに、悲しい話だと思った。


 だから、俺はテトラが聖女に選ばれた時、嫌だった。


 嫌だったから、逃げたんだ。


 そして、今、こうしてここにいるんだ。


 そう思った時、ソフィアさんはどうだったんだろうと、ふと、そんなことも考えた。


 さっきギルドで見たソフィアさんの家族。ソフィアさんが聖女になったことを喜んでいる様子だった。それならソフィアさんは望まれて聖女になったのだろうか。

 本人のソフィアさんは、どう思っているのだろうか。


 俺は聖女になった後のソフィアさんしか知らない。

 でも、テトラと話したり、屋敷へのお泊まりを誘ってくれた時のソフィアさんの姿は、普通の少女の姿だった。


 聖女のお役目というのは、最後には死んでしまうものだ。

 それが分かっていて、なお、ソフィアさんはあの時、笑顔を見せてくれていたのだろうか……。


 そう思っても……結局のところ……ソフィアさんがどう思っているのかは分からない。


 たとえ、今、ソフィアさんの身に何かが起こっているとしても、助けなんて必要ないかもしれない。むしろ、ソフィアさんはそんな風に気を使われるのを嫌がるんじゃないだろうか。


 そんなことを思いつつ、俺たちは街の外へと出た。

 そこからもうしばらく歩き、街から十分に離れたところで、腕輪からコーネリスが姿を表してくれた。


「……でも、いいか。行ってみるか」


『『ほんとぉ!?』』


「うん。近くまで行ってみてもいいかもしれない」


『『やった!!』』


「それでこそ私たちのご主人様ね」


『テオ、ありがと……』


 テトラもホッとしたように呟いた。俺はそのテトラの腕輪もそっと撫でた。


 色々問題もあるけど……そもそもが、無理なのだ。このまま、何も知らなかったように、見殺しにするなんて。


 ……どうしても、あの時のことを思い出してしまう。

 テトラが死んだ、あの時のことだ。


 テトラは聖女になったことで、一度死んでいる。そしてソフィアさんもこのままでは死ぬ。それを考えるだけで、吐きそうになる。


 だから、何もできないかもしれないけど、近くまで行ってみるぐらいならいいかもしれない。

 何もできずに、あんな思いをするのは……もうこりごりだ。


「確かソフィアさんは『ゼルシード』の街近くの崖にいるんだよな」


 そこが、今、この辺りでも被害が出ている瘴気の原因になっている場所という。

 地図で確認してみると、かなり遠い場所だった。


 それでもーー。


「ふふんっ。大丈夫よ。私なら空を飛べるし、転移もできるから、どんなに遠く離れてるところでも、ひとっ飛びよ!」


『『よ! あねご、待ってました……!』』


 コーネリスが赤いリボンを揺らし、ふわりと宙に浮かび上がった。


「とりあえず私がその街まで行ってくるから、少し待っててね」


「コーネリス、ありがとう。頼んだ」


 その後、俺は飛んで行くコーネリスの後ろ姿を、見送るのだった。



 *****************



「あそこね……。でも、ひどいわね」


 コーネリスが周りを見て呟いた。


 濁っている。空気も、大地も、何もかもが。

 さっきまでテオたちといた街のそばに比べると、まるで地獄のような有様だった。


 地面には草木が生えているものの、全部黒く変色している。瘴気に当てられたことで、植物までもが瘴気に侵食されてしまっている。


 なにより、遠くに見える崖のような場所。

 あそこが一番ひどい。


 まるで地の底から噴き出すように、瘴気が撒き散らされている。視界に入れるだけで、気分が悪くなってしまいそうだ。あそこが、瘴気の原因になっている場所だろう。


「それで……ここら一体に結界が張ってあるみたいね」


 コーネリスは、目の前にある透明な魔力の壁に触れながら、どうにかこの中には入れないものかと探ることにした。


 うっすらと、青みがかった、聖なる力が働いている結界が展開されている。


 これはソフィアの結界だ。

 お役目前に、ソフィアがこの辺り一体に結界を張って、これ以上被害が広がらないように対処していたみたいだった。


 侵入不可の結界。それはまるで、助けを拒絶するかのようでもあり、コーネリスでも侵入することはできない。


 その時ふと、コーネリスは、さっきテオが言っていたことを思い出した。

「……どうするのがいいんだろう」と。

 テオはここにくるのを迷っていたのだ。


 ソフィアは気を遣われるのを嫌がるんじゃないだろうか、と、そんな風に思っているようだった。


「似てるものね。ご主人様と聖女ソフィア様は」


 コーネリスはそう思った。


 どこか寂しげな雰囲気を纏っている聖女様。

 自分の役目を全うし、正しい心を持っている。

 全く同じとまではいかないけれど、それはテオにも当てはまる部分がある。


「お母様も、たまに寂しそうにするものね……」


 テオだけではなく、テトラもそうだ。。

 普段は明るく振る舞っている二人だけど、その内にはいろんなことを抱えているのだ。


「……とりあえずご主人様に報告ね」


 コーネリスはそう思い、テオに相談するために転移を発動した。


 そしてーー。



 * * 



「これは……通れないな」


 テオが、目の前の結界を見て呟く。


 転移後、テオも交えてどうにか結界の中に入ることができないか試したものの、それらは不発に終わった。


「「バズーカで攻撃してもいいですか?」」


「だめです」


「「だめでした……」」


「ふふっ」


 コーネリスは、腕輪から出ているメモリーネとジブリールの頭を撫でた。

 二人もどうにか役に立とうと思って、提案してくれたみたいだった。


 一応は試してみた。けれど……失敗に終わった。


 それでも、力ずくで通れないこともない。

 例えば、簡単な方法がある。テトラの力を使えば多分一発で通れるようになるだろう。


 聖女と魔族、両方の力を宿しているテトラの力だ。けれど、これはリスクが伴う方法だ。この瘴気にどういった影響を与えるか分からないため、出来るだけ避けた方がいい方法だ。


『ごめんね……テオ』


「謝ることじゃない。俺がしてほしくないんだ」


 テオが琥珀色の腕輪をそっと撫でる。

 その時のテオの瞳は優しげなもので、テオがテトラに向ける瞳はいつも特別なものだった。


 そんなテオの姿を見ながら、コーネリスはテオの『降臨の腕輪』に目をやった。


(光らないわね……)


 テオの腕輪は、必要な時になれば、必ず光るようになっている。

 それが眷属というものだ。そして今こそ、光るべき状況だ。


 ……にも関わらず、光らない。


 ここで新しい眷属が出てきてくれて、この立ち塞がる結界をどうにか解決してくれるのが一番いいことなのだが、腕輪は無反応だった。


(ご主人様はこういう時は、上手くいかない事ばかりだものね……)


 コーネリスは苦笑いをする。


 不憫だ。

 テオはここぞという時に、いつも思った通りにはいかない。


 まだ村に住んでいた時もそうだ。

 テオとテトラが二人で村を出よう、と、望みはそれだけだったのに、それさえも思った通りにはいかなかった。

 テトラが聖女に選ばれて、二人とも大ダメージを受けてしまった。


 ささやかな幸せすら、享受することができない。

 それが、テオというご主人様なのだ。


 だからこそ……支えたいのだ。

 テオはコーネリスのことも見捨てないでくれたのだから。


 前にコーネリスが眷属として出てきた時に、テオたちの元から飛んで逃げた時、テオは追ってきてくれた。そして助けてくれた。それが嬉しかった。


 だから、自分のことを大事にしてくれるテオに、コーネリスは恩返しをしたいのだ。


(だったらアレの出番ね)



「ご主人様、一つ、提案があるわ」


 コーネリスがそう言うと、テオが優しげな瞳でこっちを向いてくれる。

 そして、コーネリスは申し出ることにした。


「こうなったら、チェンジを使うのよ」


「……チェンジ?」


「ええ。眷属を捧げて、別の眷属を呼び出すの。ほら、前に一度、やったことがあるけど、覚えてない?」


「確か……コーネリスが出てきてくれた時にやったやつだ」


「そう、それ! あの時、私の体に別の眷属が入ってたやつ!」


 テオもちゃんと覚えててくれた。


 初めてコーネリスが眷属として現れた時。

 あの時のコーネリスの中には、別の眷属が宿っていた。

 体はコーネリスのもので、中身は別の眷属。

 コーネリスが出てくるのを渋った結果、そうなってしまったのだ。


 その時の眷属は『これは私の体ではないわ……』と言って、混乱していた。

 そして、その眷属の提案で、彼女の中身を捧げて、コーネリスをコーネリスとして降臨させたのだ。


「だから今、私を捧げて、ご主人様のスキルを使えば、別の眷属を降臨させることができると思うわ。それがご主人様のスキルだもの」


「でも……それをやったら、コーネリスはいなくなるんじゃ……」


「まあ、そうね。別の眷属を無理矢理出すのだから、私の代わりに出てきてもらうことになるの。これから先、またいつ出てこれるようになるかは分からないわ」


「「ええ〜! コーネリスお姉ちゃん、いなくなるの〜!?」」


 メモリーネとジブリールが涙目になる。

 テオも、眉間に皺を寄せて、渋っていた。


(本当は私が私自身としてご主人様の役に立てるのなら、それが一番良かったのだけどね)


 でも。

 今の私じゃ、無理だから。


 だからーー。


「別の眷属に出てきてもらって、この結界を突破するのよ」


「コーネリス……」


「ふふっ。もうっ。そんな悲しそうな顔しないの」


 テオはコーネリスの言葉に、泣きそうになっていた。

 まるで子供みたいな顔だった。


 ……自分でも酷だとは思う。

 今のテオは、コーネリスのことを大事にしてくれている。

 それを、捧げて、別の眷属を出せと言っているのだ。


 一度、テトラを失ったテオには、それは絶対に避けるべきことだった。

 しかし、今、そうしないとどうにもできないというのも、また事実。


 テオも分かっているのだ。ソフィアが今、危ない状況にあるということに。このままだと本当に死んでしまうということに。


 だから、コーネリスの提案を受けるのが一番いい。


「大丈夫。どうせすぐに出てくることになると思うから、その時までのほんのわずかな別れよ」


「……。…………分かった、ごめん」


「うんっ。私のお願い、聞いてくれてありがとっ」


 コーネリスはそう言うと、テオをぎゅっと抱きしめた。


 両手をテオの首の後ろに回して、自分の胸をテオの体にくっつける。

 その暖かさを感じながら、つま先立ちになって、テオの唇に深く口づけをした。


(あとは、メモリーネとジブリールもいるし、きっと大丈夫)


 二人の小さな眷属を見て安心しながら、もっと深くまでテオと口づけをする。

 目の前にあるテオの瞳は寂しげに潤んでいて、テオはコーネリスの頭をそっと撫でてくれた。



 その次の瞬間だった。



「今よ!」


 コーネリスの体が赤い光となって、テオの『降臨の腕輪』に返還された。直後、テオの腕輪に翡翠色の輝きが宿る。


 テオはその腕輪を天に掲げながら、スキルを発動し、新しい眷属を呼び出した。


 バチバチと弾ける魔力。真っ赤な光と翡翠色の光が混ざり合う。その色はやがて、紫色へと変化して、月光のごとき輝きも宿していた。


 そして、その光で満ちた時ーー。

 テオの前に新しい眷属が姿を表した。



「ーー私を降臨させたのは、あなたたち?ーー」



 それは、紫色の髪をした少女だった。

 暗くて薄いドレスに身を纏っていて、腰まで伸びた紫色の髪が、光の加減で赤く輝く色をしている。毛先は銀色に染まっている。


 初めて目にする少女だった。

 しかし、テオもテトラも、前に一度、言葉を交わしたことがある少女だった。


「私の名前はヒリス。この度はコーネリスに代わって、ご主人様の力にならせていただきたいと思います」


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