79話 矯正の成果
長い耳。緑がかった金色の髪。
その身を包んでいるのは、妖精布という特殊な布で作られた赤と黒の薄手の衣装。
同じ素材で作られているブーツを履き、その手にはユグドラシルの素材で作られた武器が守られている。
Sランクパーティー『幻影の妖精姫』の四人組の一人、イデアさん。
以前、シムルグの件で見知ったこともあり、彼女のことは覚えている。
「テオくん! また会えた!」
彼女が俺の顔を見ると、その赤い瞳を揺らしていた。彼女も俺のことを知っているのだ。
そんな彼女はどうやら今まさに戦闘中のようで、地面から這い出てきた魔物と向かい合っている。
鋭くも巨大な角が頭部に生えた魔物だ。形としては、モグラに近いだろうか。全身に棘のようなものが生えていて、大きさは周りの大木が可愛く見えるぐらいに横幅が太い。その全身には黒いモヤが纏わり付いている。あれは瘴気だろう。
状況から察するに、敵が逃げてきて、彼女がここまで追いかけてきた。
そこに俺がバッタリと居合わせた。恐らく敵の強さはAランクほど。それが瘴気によって底上げされているため、冒険者ギルドが定めたランクに当てはめればSランク相当になっていると思う。この魔物は、元々が瘴気が集まって生まれた魔物なのだろう。
他のパーティーメンバーの人たちはいないようだ。
彼女一人だけ。
「ごめんね、テオくん。他の三人は後で来ると思うの」
チラッとこっちを見た彼女がそう教えてくれる。
この前も感じたけど、彼女はこちらの考えを見通したりできる節がある。
あと、一応、こっちにも色々事情があることも察してくれているみたいだ。
『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』
「くっ、まだこんな力が残っていたなんて……しぶといわ」
敵が動き出す。それよりも先に彼女が動き、一瞬で敵の懐に。
最低限で動作で剣を引き、ズブリと棘が生えている頑丈そうな体が容易く貫かれる。魔物が叫びをあげ、緑色の血を背中から吹き出した。普通ならここで命が尽きているはずだ。しかし、瘴気の魔物故に、その無尽蔵の生命力で、未だに死に至ることはなく、剣が突き刺さったままの体を捻り、彼女の体を自分の棘で貫こうとしていた。
「……ッ」
彼女は瞬時に剣から手を離し、敵の背後へ。
背中から突き出ている剣を指先でつまむと、それを引き抜くように、敵の体に更なるダメージを与え、武器も回収し、後ろに飛んで近くの木の幹に着地する。
その後、その隣の枝、またその隣の枝、と言ったふうに縦横無尽に木の枝を伝って、移動していた。
「テオくん、迷惑をかけてごめんね。でも今のうちに逃げて欲しいの。私の大事なテオくんに、迷惑をかけたくない……」
『て〜〜お〜〜』
「て、テトラ……」
腕輪から、テトラの何か言いだけなジトっとした視線を感じる気がした。
『テオくんはいつの間に、あのエルフの子とそんなに仲良くなったのかな〜〜』
『ご主人様ってば、あのエルフの人にとっても好かれているみたいね。ほんと、ご主人様ったら、モテモテね』
「ち、ちがーー」
俺はコーネリスの言葉に、腕輪をそっと撫でた。
……だけど、違う。俺とこの人が会ったことがあるのは、この前のシムルグの時だけだ。
『あの時のテオ、あの子にキスされてたもんね。首にちゅって』
「そ、それはそうだけど……」
……とにかく、だ。
見た感じ、彼女は瘴気の魔物を圧倒しているようだけど、決定的な一撃を与えられるにいるみたいだった。
「こうなったら……奥の手を使うしかないわ」
地面に降り立った彼女から魔力が立ち上る。
色は赤。
その赤色は彼女の髪に集い、緑がかっていた彼女の金髪が、赤みがかった色へと変化していた。
「ヘル・ファイア」
伝説の樹木ユグドラシルで作られた剣に炎が纏わりつく。
赤黒い炎。荒々しい灼熱の業火。
数秒前の彼女とは別人だ。さっきまでの彼女が静なら、今の彼女は暴。
猛々しいその姿に、森がざわついているのが分かった。
「瘴気の魔物に対しては、森のマナをうまく使えれば浄化できるの。でも……今の私にはまだ無理だから……。だからこうやって強引に、細胞一つ残さずに消し去ることしかできないの」
彼女が首だけでこっちを向き、どこか自嘲するように苦笑いをしていた。
「……お手伝いします」
「……テオくん」
俺は地面に落ちている木の枝を拾うと、彼女の隣に立った。
……なんだか、見過ごせなかった。
この感覚は……嫌な感じだ。誰かが目の前で死ぬあの感じ。
彼女は俺に逃げろと言ってくれている。俺に迷惑をかけないように、と。
けれど、場に立ち合わせた以上、他人事とは思えない。
「メモもお手伝いする!」
「ジルも〜」
カシャっと、武器をバズーカに変化させながら、メモリーネとジブリールも魔物の前に出た。
「……もうっ。テオくんったら、お人好しなんだから。でも……助かるわ。ありがと」
彼女は、はに噛むように口元を緩ませていた。
「くるわ!」
『ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』
「「発射!」」
ボン……ッッッッ! ボン……ッッッッ! ボン……ッッッッ!
敵の突進と同時に、放たれる二人の鉛の塊。そして着弾。
けたたましい爆発が起きて、一面砂煙が巻き上がる。
エルフの少女の髪が一際赤く染まり、疾風の如き速さで砂煙の中を駆ける。そして上下左右から縦横無人に攻撃し、敵の体に無数の切り傷を刻み込んでいた。
『テオ……』
そして俺はテトラの腕輪をそっと撫でると、足元に落ちていた枝を拾った。なんの変哲もないただの木の枝だ。
それに魔力を集中させた。
魔力を伝達させるものを間に通すことで、魔力を一点に、余分な力を使うことなく、狙い通りに放つことができるのだ。
この枝は、その杖代わり。
目を閉じる。思い描くのは、月光の輝き。
ソフィアさんに整えてもらった魔力を、静かに体の奥から引き出せばいい。
「こうやればいいはずだ……」
「!?」
その瞬間、バチっと弾ける音がすることもなく。
敵の体が月光色の魔力に貫かれていて。
「すごい……一撃で……」
白銀色の輝きが森に満ちたと思った時には、敵はもう動かなくなっていたのだった。




