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73話 それはまるで月光のような……。

 

 * * * * *


 バチバチバチ、と魔力が弾ける音、そして剣同士がぶつかる音。


 屋敷の庭に響いたそれらは、たちまち聖女ソフィアが事前に作り出していた結界によって和らいでいった。

 そのため、周りに被害が出ることはない。つまりここは戦闘に適している空間ができているのだ。


「ご主人様、勝てるかな!?」


「きっと勝てるよ。だってご主人様だもん!」


 魔法の剣を手に持ち、戦闘を繰り広げるテオのことを応援しながら、メモリーネとジブリールがキラキラと目を輝かせていた。


「コーネリスお姉ちゃんはどう思う……?」


「そうね……どうかしら。ご主人様が本気を出すかどうかで変わってくると思うのだけど」


 コーネリスはあくまでも冷静だった。

 これは手合わせだ。だから、今回はあまり勝ち負けにはこだわっていない。


「それに今日のご主人様、いつもとは戦い方が違うもの」


「「……分かるの?」」


「うん。いつもはとにかく勢いで攻撃してるけど、今日はどちらかというと、守りの方を重点的に気にしているみたいなの」


「「おぉ……!」」


 それは的確な観察。


 メモリーネとジブリールが感心した声を出す。

 その二人の瞳には尊敬の意思が込められていた。


「ほぉら、こっち見なくていいから、ご主人様の方を見てなさい」


「「はぁい」」


 コーネリスに言われて、二人がテオに視線を戻す。

 二人にとってコーネリスは姉のような存在だった。


「ふふっ」


 テトラはそんな微笑ましい光景に、思わず和んでしまった。


「テオ……」


 そうしながらも、戦闘中のテオを見ると、祈るような面持ちになり、胸の前でぎゅっと手を握る。


「ご主人様が魔力を使うわ」



 バチッ、という音がした。


 バチバチバチッ、という音がした。



 それを肌で感じた瞬間、プツンという何かが切れたような音がして、次に感じたのが轟音だった。


 発生したのは翡翠色の魔力。

 庭で剣を構えているテオは、それを自らの剣に纏わらせる。

 そうすることで、魔法の剣にも魔力が作用する。材料に使われている魔石本来の特性が引き出され、テオの一撃が強化される。


「く……」


 しかし、ガキン! とテオの振った剣がぶつかる音がした。

 強化された剣が止められたのだ。


「「ああ……! なかなか決まらない!」」


 テオの攻撃は強力なものの、有効打にはなっていない。

 そして攻撃を受け止められた直後、反撃が返ってくる。


 テオはそれを必死で裁き、バチバチと翡翠色の魔力を使用しながら、上手く避け続けていた。


「テオ……」


 テトラはその光景を見守りながら、自分の腕にある腕輪をそっと撫でる。

 そこにあるのはテオがくれた『降臨の腕輪』。


「テオ様が心配ですか?」


 隣にいるソフィアが、テトラに柔らかい声音で問いかけた。


「うん……。だってテオ、無茶をするから……」


 テトラがポツリと呟きそう返した。


「今もきっと魔力を使うたび、テオの体には負担がかかっていると思うの……」


 テオは魔力を使い慣れていない。それに魔力を持て余してもいる。

 故に、どうしても、不安定になってしまう。だから、魔力を使うたび反動が返ってくる。


 魔力が翡翠色の時は大丈夫なのだが、テオの魔力が赤黒くなると危険だ。

 魔力が強すぎるため、使用すると体に激痛が走ってしまう。今もテオの魔力は、赤黒い兆しが見え隠れしている。


「本当はね、テオもゆっくり魔力を使う練習をしたかったと思うの……」


「テトラさん……」


 ……でも、できなかった。

 それはなぜか。ゆっくりと魔力の鍛錬をする時間が取れなかったからだ。


 魔力というのは本来、こまめに使用し、十分な休息をとり、そうやって自然に体になじませていくものだ。

 しかし、テオが魔法を使い始めたのは最近のことだ。村にいる時は、祖母の言いつけ通り、魔法を使用することはなかった。


 魔石の加工技術を教えてくれた祖母は、テオに魔法を使わせないようにしていた。

 それは、もしかしたらこうなるのが分かっていたからかもしれない。

 テオの秘められている魔力は、想像よりも強力なものなのだから、まだ祖母が生きていた頃の、幼かったテオには負担が大きすぎる。


 今でさえ、そうなのだ。

 今、テオが魔力を使用して体が耐えているのは、眷属の腕輪でテトラと繋がり、その癒しの力が僅かでも作用していることが大きい。


 さらには、先日、月光龍の加護を得たことで、以前よりも魔力の質が変化もしている。それはいい方向に、だ。


 それらで補ってもなお、弾けているテオの不安定な魔力。

 魔法を使わなくともテオの剣やスキルは強力だが、万が一という時には必要になるだろう。


 だからこそ、テオはこの手合わせで、それの対処をしたいと思っているのだろう。

 守りたいもののために、テオなりに力をつけようとしているのだ。


「テオはね、ずっとそうだったの……。昔、初めて会った時から、色々してくれたの。自分のことよりも、こっちのことを考えてくれて……」


 テトラが静かに呟いた。


「私、ずっと考えてるの……。テオはどうしてそんな風にしてくれるんだろうって……」


 そして、ここで我に返るテトラ。


「ごめんね。今、ちょっと関係ない話だったね……」


「いいえ……、とても素敵な話でした」


 恥ずかしそうに顔を赤くするテトラにソフィアが微笑んだ。

 テトラはつい心の奥底のことを無意識のうちに口にしていたのだ。


 ソフィアはそんなテトラの本心が少しだけ垣間見えた気がして嬉しかった。


(テトラさんは初めて言葉を交わした時も、悩みを抱いていました)


 一見すると、悩みがなさそうで、明るく振舞っているテトラ。

 だけど彼女は他の誰よりも、思うところがあるようなのだ。


(みんな……まっすぐです)


 ふと、ソフィアはそんなことを思ってしまった。


 その青色の瞳には、翡翠色の弾ける魔力が映されて、光を灯している。

 庭で剣を握っているテオにも、当然悩んでいることはあるだろう。

 けれど、まっすぐに悩んでいる。


 そう思った時、ふと考えてしまった。自分はどうだろう……と。


「「「……あ!」」」


 その時だった。


 庭で戦闘を繰り広げているテオに動きがあった。


「魔力の波長が……変わった?」


 バチバチと翡翠色の魔力を弾けさせているテオ。

 時より赤黒い魔力に変化させて、おじい様と打ち合っている。

 その魔力が変化の兆しを見せていた。


 バチバチと弾ける音が、徐々に小さくなってきており。

 翡翠色の魔力が、静かに澄んで、静寂が生まれようとしている。


 そしてーー。


「「「あ!」」」


 観戦をしている少女たちの目に映ったのは、月光色の魔力だった。


 翡翠色の魔力が、一瞬、月光のような輝きに変化して、驚くほどに整っていた。


 この手合わせでテオがやろうとしていたこと。それが今まさに、成されようとしている瞬間だった。



 ……しかし、そんなに上手く行くはずもなく……。



 バチバチバチバチ……ッッ!



「い、いだだだぁ……っ!」



「「「ああ……! ご主人様ああぁぁ!」」」


 テオが膝をついた……。コーネリスたちが悲鳴をあげた。


 短期間で魔力を酷使しすぎたことで、一気に反動が返ってきたのだ。


 赤黒い魔力がバチバチとテオの体を襲い、テオの全身に激痛が走る。そして痙攣しながら、地面に倒れてしまった……。



「うああああぁぁ〜ん! テオが、感電しちゃったああああぁぁ〜!」



 そして涙目になったテトラが、誰よりも早く動き出し、自爆してしまったテオの元へと慌てて駆け寄るのだった。


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