72話 魔法の剣を使うテオ
* * * * *
かつて、この世界は危機に瀕した時代があった。
もう数十年も前のことになる。
その時代には、聖女がたったの一人しか存在していなかった。
この世界を守っている聖女。今でこそ複数いる聖女。基本的にどの時代にも、聖女は少なくとも3人ほどはいる。代わりがいるから、聖女がその身を犠牲にして、世界の危機を退けることができるのだ。
しかし、その時代には聖女が一人しかいなかった。
故に、魔物を退ける事も、瘴気を浄化する事も、魔族たちから人々を守る事も、困難を極めた。
そんな時だった。
「このままではこの世界は魔に蹂躙されてしまう。だから、俺たちが立ち上がらねば」
一人の戦士だった。
剣術に優れている彼が立ち上がった。この世界を危機から救わんとする英雄だった。
「まったく、しょうがないね……。面倒だけど、やってやろうじゃない」
そんな彼には志を同じくした仲間が集まった。
魔術の真髄を覗き込んだ魔法使い。
己の限界を超えた魔導師。
そして、命を代償に、のちに全てを終わらせるたった一人の聖女様。
四人だった。
その者たちが、この世界を救おうとした。
その結果、見事世界は救われた。
後の四人がどうなったのかは、誰も知らない。
噂に聞くところによると、魔法使いはどこかの街で怪しげな店を開いているそうだ。
夜な夜なその店からは「ヒッヒッヒ……」という不気味な笑い声が聞こえてくるそうだ。
魔導師の彼女は行方知れずとなったらしい。
魔石の加工技術にも優れている彼女がいなくなったことは、この世界にとって大きな損失となったそうだ。
そして、戦士の彼はその時の名前を捨てて、自分の孫の護衛として、執事服に身を包み戦い続けているだとか。
所詮、それは噂話。
(この感じは……懐かしい)
そして現在。
聖女ソフィアの屋敷の庭に、一人の老人の姿があった。
その老人は、屋敷を訪れたメテオノールという少年と向かい合うと、ふと、そんなことを思うのだった。
* * * * * *
手合わせは、ソフィアさんの屋敷の庭で行うことになった。
そこは安全性にも優れていて、怪我をしても大丈夫なように、魔力による結界を張る事もできるそうだ。
「ではメテオノール様、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
俺はソフィアさんのおじい様と向かい合う。
彼から提案してくれた手合わせ。
願ってもない事だった。
俺もこの屋敷に入ってから、彼の動きはずっと気になっていたし、その動き一つ一つから只者ではないと感じる。
だから、この手合わせで、そのコツみたいなものを知りたいと思った。
俺には、まだ何の力もない。
魔力をバチバチと弾けさせるだけで、これだと何かあった時に心もとない。
だから、不測の事態に備えるためにも、やれることは増やしておいた方がいいと思った。
「おじい様の武器は模擬刀です。安全性を重視して作られておりますので、ご安心ください」
「「ご主人様、頑張れー!」」
観戦しているメモリーネとジブリールの応援する声が聞こえてくる。
そこにはテトラとコーネリスもいて、ソフィアさんが観戦する姿もある。
「でも、だったら俺も模擬刀を使った方がいいのではないでしょうか……」
そんな俺の手には、魔石で作った魔法の剣が握られている。
「いえ、メテオノール様は普段のままでいいかと。その方が本来の力を出せるはずです」
目の前にいる彼が、俺の剣を見てそう言った。
それなら、いいのかな……。
あと、俺は魔法も使っていいとのことだった。
「我々は戦う理由も、立場も違います。ですがメテオノール様にも守りたいものがあるでしょう」
剣を構えながら、おじいさまがそう口にした。
「だから、それをこの老人にぶつけていただきたい。まずは体を慣らすために、打ち合いをしましょうか」
少し剣をずらす彼。
俺も剣を構え、一発そこに剣を打ち込んだ。
ガンッ。
「おお……これは、すごい」
受け止めた彼は、笑みを浮かべていた。
「見た所、力を入れていないのに、この威力。その武器の使い方を熟知しておられるのですね」
ガン、ガン、と俺は剣を打ち込んでいく。
刃渡り50センチほどの短めの剣。
魔石を加工して作ったこの剣は、普通の剣に比べると重さがある。
石を削って作ってあるから、どうしても重くなってしまうのだ。
しかも自分が使う分の剣は、純度100パーセントで作ってあるから、なおさらだ。
この剣を使うにあたって重要なのは、重さを一撃に乗せること。
斬るのではなく、叩き潰すように。
ガンッ!
「……ッ」
おじいさまが、一歩後ろに下がる。
そこにもう一撃。
ガンッ!
「……ッ」
さらにもう一歩下がった。
「今のは重かった……。
靴で地面の土が擦れ、削れる音が鳴った。
「しかし、メテオノール様は対人戦にあまり慣れていないようですね」
打っただけで、そういうのも分かるようだ。
「それでも、この太刀筋。……やはりこれは」
俺は少しだけ魔力を使い、振り下ろした一撃に威力を乗せた。
ガンッ!
「テオ様……すごいです。おじい様にあんな顔をさせるなんて」
とソフィアさんの声が聞こえる。
見てみると、目の前にはどこか期待を込めている目をした顔があった。
そして、互いに一歩下がり、剣を持ち直した次の瞬間だった。
「「「「う……ッ!」」」」
刹那ーー。
手に重い衝撃がのしかかった。
ガキンという音が鳴り響いた。
彼も剣を打ち込んでいた。俺の剣とぶつかり合う。
空気が揺れる。靴が砂の地面にめり込む。
まるで鍔迫り合いのように、剣を押し合って、タイミングを計った俺はそれを受け流して、懐に潜り込むと、下から剣を振り上げる。
「く……っ!」
「いい動きです」
……止められた。
俺よりも早く動かれて、軽々と俺の剣をさばいていた。
その目は先ほどよりも鋭いものとなり、体を慣らすための打ち合いはもう終わったのを、身に沁みて感じた。
だから、俺も剣を裁くとともに、魔力を使用して……。
「!」
バチッ、という音がした。
バチバチバチッ、という音がした。
それを肌で感じた瞬間、プツンという何かが切れたような音がして、次に感じたのが轟音だった。
翡翠色の魔力が弾け、それを剣に纒わらせる。
そして俺はバチバチと魔力を弾けさせたまま、剣を振り上げて、その勢いのまま上から剣を叩き込む。
「ぐ……!」
バキンッ! とひときわ大きな音がしたものの、それは剣で止められてしまった。
「見事な一撃です。素直で、まっすぐな剣筋だ」
「く……っ」
裏を返せば、それは読みやすい攻撃だということ。
攻撃を受け止めた彼は、涼しい顔で俺の攻撃を受け流すのだった。




