4話 教会には行きたくない……。
昔、テトラと初めて出会った時もこんな感じだった。
村から離れた場所に倒れていた少女。冷たい体温、荒い息、大怪我をして苦しんでいる。
ほとんど死んでいるようなものだった。その姿はずっと脳裏に焼き付いている。
それが今のテトラの姿と重なって見えるのは、多分、気のせいではない。
「はぁ……はぁ……て、お……」
「テトラ、大丈夫。大丈夫だから」
俺はテトラの手を握りながら声をかける。
広場を後にした俺は、すぐに家に帰ってきた。
それから急いでテトラをベッドに寝かせて、看病を始めた。
古ぼけたベッド。その上でひたいに汗を浮かべているテトラ。
テトラが苦しみ始めた理由は分からない。広場でスキルが掲示された時に、何かあったのかもしれない……。
今のテトラは広場にいた時よりも、苦しんでいるように見える。
だから、気休めにしかならないかもしれないけど、俺は薬草を潰して薬を作り、それを飲ませることにした。
昔、苦しんでいたテトラにおばあちゃんがこれを飲ませていたのを思い出したからだ。
あの時の俺は、何もできなかった。
おばあちゃんのそばでテトラが介抱されている姿を、見ているだけだった。
だけど、今はもう俺しかいない。それに……俺にはテトラしかいない。
とにかく、テトラがよくなるまで出来ることは全部やる。
それからも俺はテトラのそばで様子を見続けた。
やがて外が暗くなり、夜になった。
それでもテトラの様子は変わらずに、苦しそうなままだ。
夜が明け、朝になっても変わらない。
昼になっても変わらない。
また夜が来ても変わらない。
途中、神父様や他の村人たちがうちを訪ねてきた。
『薬を持ってきた』『ポーションを持ってきた』『聖水を持ってきた』……。
玄関の向こう側から、そんな声が聞こえてきた。
しかし、俺がドアを開けることはなかった。
誰かが尋ねてくる度にテトラの意識がかすかに戻り、首を振って、嫌がっていた。
「……だめ……。テオ以外は……いや……」
俺の手を握りながら、すがりつくように言うテトラ。
……それから数日の間、テトラは苦しみ続けるのだった。
* * * *
「て〜お〜。もっと食べさせてぇ〜」
「もうかなり元気になってるな……」
ベッドの上で身を起こしたテトラが、唇を尖らせながら足をバタバタさせている。
駄々をこねるようなその姿に苦笑いしつつ、俺は安心しながら、お椀の中のおかゆをスプーンですくい、冷まして、テトラの口に近づけた。
このおかゆは、パンをお湯で煮て、ふやかしたやつだ。
「無理はせずに、ゆっくり食べてくれればいいからさ」
「はぁい。あむ……っ ううーん、美味しい……! おかわり!」
「うん」
俺はまたスプーンを動かし、冷ましながら口に近づける。
数日が経ち、テトラはだいぶ元気が戻ったみたいだった。
今まで苦しそうにしていた様子だったが、それも治っているようで、体温も元に戻っていると思いたい。
食欲もあるみたいで、食事を食べると、笑みを向けてくれている。
「でも、ごめんね。テオに迷惑をかけたね……」
おかゆを食べ終わったテトラが、うつむきポツリとつぶやいた。
「テオはずっと私のそばにいてくれてたんだよね。この数日間、寝ずに看病してくれたんだよね」
顔を上げ、手を伸ばし、俺の顔に触れてくるテトラ。
「別にこれぐらい平気だよ。テトラが元気になってくれるなら、それが一番だから」
「テオ……」
俺はテトラの頭に手を伸ばし、不安そうなテトラの頭をゆっくりと撫でる。
「でも、テオ……。広場の時、私がこんな風になったから、スキルが分からずじまいだよね……」
「うん。でも、それも別にいいよ。テトラの方が大事だから」
「テオ……」
テトラの瞳が揺れる。
ベッドの上で、毛布をいじりながら、
「……もう……テオったら……。少しは私のことを責めてくれてもいいのに……」
そう言って、赤くなるテトラ。
その顔を隠すように俺の胸に顔を埋めてくる。
……だけど、テトラはあの時、言ってくれた。
『テオがいい』『テオ以外はいや』と。
それが嬉しかった。
テトラが頼ってくれた。
だから、寝ずに看病するぐらいどうってことない。
「でも、テオ、いいの……? スキルが分からないままだよ……?」
「大丈夫。スキルのこともどうにかするよ。神父様たちはまだこの村にいるみたいだし、最悪スキルが分からないままでも平気だよ」
「そっか……」
そう頷いたテトラの声はどこか不安そうで……。
俺も少しだけ、気がかりなことがあった。
それは未だに神父様たちが、この村にいるということだ。
すでにあれから数日は立っているというのに、この村を立つ気配はない。
神父様たちは、他の村にも行かないといけない。
そこでスキルの啓示を待つ者たちがいるのだから。
そんな神父様たちが、今もこの村に止まり続けている理由……。それはテトラのことがあるからだろう。
聖女だったテトラ。聖女というのは、人々にとって、救いとなる存在だ。
そんなテトラが体調を崩したから、心配してくれているのもあると思う。
だから、テトラの体調が良くなってきた今、無事でした、もう元気です、と言いに行けば、安心してくれるかもしれない。
……だけど、それで終わりとも思えない。
聖女のテトラをこの村でこのまま過ごさせるとも思えない。
テトラが聖女だということが広がれば、教会に限らず、国に至るまでその力を欲するはずだ。
間違っても、今までのようにこの村で過ごさせるとは思えない。
そうなればテトラは、ここではないどこかに行かないといけなくなるかもしれない。
「「…………」」
テトラは不安そうな顔をしている。俺もきっと同じ顔をしていると思う。
そしてテトラがゆっくりと俺の手を握った。
「テオ……私、嫌だ……。だめ、かな……」
そう溢したテトラはひどく泣きそうな顔をしていて、手が震えていた。