28話 古くて生地も悪い謎のローブ
……気づけなかった。
警戒はずっとしていたはずなのに……。
店の入り口のところ、そこにあったのは一人の老婆の姿だった。
真っ黒いローブに身を包んでいるその老婆の手には杖が持たれており、知らないうちに俺の後ろにいてこっちを見て笑っている。
「ヒッヒッヒ……っ。どうしたのかのぉ? 若いの。そんな渋い顔をして、どこか痛いところでもあるのかのぉ?」
バチィッ。
「い、痛ったッッ……!?」
「て、テオ!?」
突然、バチィッと俺の体を伝う電流。
「ヒッヒッヒ……っ」
痛みを感じた俺を見て、嬉しそうに笑う老婆。
「そう警戒するでない。アタシはただのこの店の店主だよ……。うちの店に来てくれてありがとのぉ、メテオノールくん」
「「……名前が知られてる!?」」
どうしてか俺の名前も知られているようだった……。
もちろん俺はこの老婆と面識はない。だけど、この老婆は俺のことを知っている。
……もしかしたら、教会の関係者かと警戒したものの、それとも少し違う気がする。それに近いけど……微妙に違う。この感じは、テトラやソフィアさんと同じ……聖女のような感じだろうか……。
そして、分からないことはもう一つある。
それはこの店に入った瞬間、腕輪に宿っていたテトラが姿を現したということだ。
テトラもそれに関しては驚いていたし、俺たちが腕輪に何かをしたと言うわけじゃない。
店に入ったら、腕輪が勝手に反応したんだ。
そしてこの老婆がこの店の店主だというのなら、恐らくきっと彼女が何かをしたんだと思う。
「ヒッヒッヒ……正解じゃよ。メテオノールくん」
認める老婆。
「私に隠し事をできるとは思わないことだね……ヒッヒッヒ……ッ」
一見すると、その老婆の立ち姿は隙だらけだった。
だというのに……なにか、とてつもないものを感じる。
これは……なんだ。
「ヒッヒッヒ……。まあまあ、いいのぉ。若いメテオノールくんにそんなに見つめられると、嬉しいわい。アタシも忘れていた若さを思い出して、かっこいいメテオノールくんとデートでもしたくなるわい」
『て〜お〜〜』
……テトラ!?
腕輪を通じて、テトラが非難の声を向けてくるのが分かった。
見て見ると、老婆の言葉を聞いたテトラが頬を膨らませてじとっとした目を俺に向けていた。
『て〜〜お〜〜。私以外の女の子から、デートのお誘いをされてる〜〜。いけないんだ〜〜』
こ、ここでも……。
「テオくんは、年上のお姉さんに大人気だもんね。ギルドの受付のお姉さんもそうだったし、村にいたときはアイリスさんともイチャイチャしてたし。そして今もですか。テオくんは、年上ならおばあさんも守備範囲ですか……」
「て、テトラ……」
俺は必死に首を振って、テトラの言葉を訂正した……。
「ヒッヒッヒッ……」
その様子を見て、シワの刻まれた顔に笑みを浮かべて笑っている老婆。
「まあいいわい。せっかくお前さんたちも来てくれたんじゃから、どうぞ、ゆっくりしていっておくれ。そして商品を買っていってくれると、助かるわい」
おばあさんはそう言うと、受付のカウンターらしき場所にある椅子に腰を下ろした。
そしてこっちをジッと見ており、楽しむように眺め続けている。
「テオ……せっかくだし、少し見てみよっか」
テトラはそう言うと、俺の手をくいくいと少しだけ引っ張り、どこか子供っぽい表情をしていた。
「あのおばあちゃん、ちょっと怖いけど……なんだかおばあちゃんに似てるね」
「それは……俺も思った」
……少しだけだけど、そんな感じはする。
昔、一緒に暮らしていたおばあちゃん。
どうしてか今ここでそれを思い出してしまった。
もちろん、そっくりというわけではない。
カウンターに座っている老婆は黒い服を着ているけど、うちのおばあちゃんはいつも白い服を着ていた。
だけど、少しだけ、おばあちゃんと似ている気もした。
どうしてそんなことを思うのかは分からない。
だけど、なぜかそう思ってしまった。
「ヒッヒッヒ……っ」
……とりあえず、まあいい。
ひとまず警戒だけは怠らないようにしながら、店の中を見て回ろう。
じゃないと、店から出にくい気がする……。老婆はずっとこっちを見続けているのだから……。
店の中は、普通の雑貨屋といった感じだった。
取り扱っている品は様々で、装飾品や、武器なんかも売ってある。その中でも一番多いのはローブの類らしく、いろんな種類のローブが所狭しと並べられている。
女物、男物、どちらでも着れるタイプのもの。
種類だけが多いというわけではなく、質も中々のものだった。
どうやらローブには、特殊効果が付与されている品もたくさんあるようで、俺も使用している魔石の加工技術が刷り込まれている品もあるため、効果は期待できると思う。
「「……普通にいい商品ばっかりだ……」」
「ヒッヒッヒ……。そうじゃろ、そうじゃろ……」
得意げなおばあさんの声が店の中にこだまする。
だけど、得意げに笑うのも納得できる品の数々だ。
「「あ……っ」」
……そして。
その商品は、その中でも目の引く商品だった。
その服は特別、付与されている効力がすごいというわけではない。
むしろ逆だ。
古くて、所々生地が悪くなっている一着のローブだった。
無造作に飾られているそのローブを、俺は無意識のうちに手にとっていた。
そしてどうしてかローブを眺めていると、頭に浮かんだのはテトラの姿だった。
なんとなく、俺はテトラの様子を見てみることにした。
するとテトラも同じように、俺が手に取ったのと同じような古いローブを持っていて、俺たちの視線が同時に重なり合い、互いに互いのことを見ているのに気づいた。
「……ほほう、それに目をつけるとは、さすがじゃな」
「「……?」」
そんな俺たちを見て感心したように言ったのはおばあさんだ。
「そのローブは、なんの効力もないただの古いローブじゃよ……。しかしそれに目をつけるとは、さすがじゃわい。やはりお主らは見る目があるのぉ」
老婆はそこで愉快そうに笑うと、
「なぁに、悪いことは言わん。……お前さんたち、そのローブを買っていくといい。特別にまけて、金貨20枚のところを……金貨10枚でどちらの服も売ってやろう」
((普通に高い……))
金貨10枚といったら、ものすごい高価な値段だ。
俺たちはすぐにローブを戻そうとする。
のだが……気づいた時には、また老婆が俺の背後に立っていた。
「のお、メテオノールくんよ? 買うじゃろ? 買わないと、きっと後悔することになるぞい……? アタシが夢に出てくることになるぞい。ヒッヒッヒ……」
「「…………」」
……まるで地獄の底から轟くようなその愉快そうな笑い声は、どこまでも反響する声音で……。
「……まいどあり。ヒッヒッヒ……」
……結局、俺たちはそのローブを買うことになり、老婆の笑い声を聞きながら店を静かに出ることになるのだった。




