26話 私が一番欲しかったもの
『きゅきゅ……??』
「「……か、回復した……」」
ゴロゴロとスライムが地面の上を転がっている。
……心なしかこっちを見ているような気もするし、弾んだ鳴き声まで聞こえてきた。
これは……テトラが薬草を食べさせたから、死にかけていたのが生き返ったんだ。
……だけど、こいつは魔物だ。倒す必要があることには変わりはない。
でも……。
「ふふっ、倒せないね」
顔をほころばせたテトラが、可笑しそうに俺の顔を見た。
俺も体から力が抜けてしまった……。とりあえず、武器は一旦しまっておこう。
そしてスライムはというと、俺たちの周りをコロコロと円を描くように転がっており、かと思ったらどこかに行こうとするものの、ピタリと止まり、またどこかに転がろうとする。
『きゅきゅ……??』
「「……?」」
どうしたのだろう……。
「……テオ、せっかくだしついて行ってみる?」
「じゃあ、少しだけ」
それからの俺たちは転がるスライムの後をついていきながら、草原の中を移動することにした。
『きゅきゅ……???』
* * * * * *
そしてーー。
「「す、すごい……」」
目の前に広がっているのは、なんの変哲も無い草が生えている風景。
ここは街からしばらくしてたどり着いた場所で、そこには長い緑色の薬草が茂るように生えている。
そしてその中の一本。
まるで周りの草が覆い隠すように生えていたのは、輝きを放っている草。
「「虹色の草だ……」」
そう、虹色の草だった。
陽の光を浴びたそれが、七色の輝きを放ち、眩しく光っている。
『きゅきゅ……!!』
その草の周りを転がっているスライムが、嬉しそうに飛び跳ねた。
「もしかしてこの子、この草が生えてることを教えてくれたのかな……?」
「……そうかもしれない」
ひとまずしゃがんで確認してみることにして、テトラの瞳が虹色に光り、聖女の力を使ってその草を見通し始める。
「これは『幻希草』っていう草みたいだよ。珍しい草ですぐに枯れるから、滅多に見つけられないんだって」
・幻希草
ごく希にしか発見できない植物。
日持ちも悪く、数時間で枯れてしまう。
枯れる前に薬などの材料に使用すれば、その効果の恩恵にあやかることができる。
つまり、このままだと、どのみち枯れてしまうみたいで……。
『きゅきゅ……!!!!』
スライムが何やら必死に訴えてくる。
「多分、採れって言ってるんだよね。だったらーー」
プチっ、と採ったテトラ。
そして満足そうに微笑むと、こっちに渡してきた。
「えへへっ。採っちゃった。はいテオ、どうぞ、お受け取りください」
「きゅきゅ…………!』
俺が受け取るとスライムまでも、はしゃいだように俺の周りを転がり始める。
そして、それで役目を終えたとばかりにスライムが立ち止まり。
『きゅ……!』
ぶしゅっと。
「「あ……っ」」
まるで空気が抜けるようにしぼみ始め、その直前にポロポロと石を二つ吐き出した後、地面に溶けてしまった。
「「…………」」
死んだのだ……。
残ったのは、スライムが吐き出した二つの魔石と、スライムの核のみ。
それを拾い、手に取ってみる。
綺麗な鉱石だった。
金色の鉱石と銀色の鉱石。残された核も、通常のものよりも、ふた回りほど大きいものだった。
「死んじゃったね……。魔石を残してくれたね……」
「うん……。……もしできるようになったら、この核を使ってスキルを発動してみるのもいいかもしれない」
「……あ、それいいかもっ」
鉱石を手に握り、顔をほころばせるテトラ。
そんな予定を決めながら、俺たちはスライムが溶けた地面に手を合わせた。
さて……。
とりあえずこれで依頼は達成だ。
俺たちは手に入れた物を片手に、ギルドへと戻ることにした。
* * * * * * *
その時のギルドの受付の彼女は、少しだけ憂鬱だった。
「はぁ……」
彼女は数時間前に、ギルドの登録に来たテオの対応をした女性だ。
名前をジェシカという。
「あの子、いい子だったわ……」
思い出すのは、テオのこと。
あの子の纏う雰囲気は優しいもので、思わずほっこりしてしまった。
言葉遣いも良かったし、荒くれ者が集う冒険者の中では珍しく優しそうな子だった。
だからこそ、彼女はテオの対応をして少しだけ癒されていた。
……しかしその後、テオを見送った後に、面倒な仕事が舞い込んでしまった。
「薬の材料を納品してくれ……ねぇ」
依頼主から出された依頼書を見て、彼女はため息をつく。
こういう依頼は珍しいものでは無い。街にいる魔術師や調合師が、薬の材料を求めて依頼を出してくることはよくあることだ。
しかし……。
「『幻希草』なんて手に入るわけがないと思うんだけどな……」
『幻希草』。
それはとても珍しい草だ。
ここ数百年の間に見られた数はたったの数本だけ。
もし手に入ったとしてもすぐに枯れてしまうので、入手難易度は高いなんてものではない。
しかし、それを求める依頼がギルドへと申請された。
なんでも、この街では現在『もしかしたら近々『幻希草』が街の近くに生えるらしい』……という噂が流れているらしいのだ。
所詮は噂。だけど、もしそれが本当なら、手に入れたい。
それだけの価値が『幻希草』にはあった。
故に、どうせこの依頼は達成されずに、キャンセルされるだろう。
依頼主もそれは承知の上のはずだ。
しかし相手も人間なので、その際には舌打ちをされたりするだろう……と思うと、気分が重くなる。実際にそういうことは何度もあった。それが接客業の辛いところだった……。
「はぁ……。もういっそのこと、突っぱねればよかったわ……」
彼女は深い深いため息をはく。
そしてその時だった。
「……あ! あの子は、テオくんじゃない……! 帰って来たのね……!」
ギルドの入り口の所。そこに見えたのは、一人の少年の姿。
テオだ。そのテオは静かにギルドに入ってくると、こっちを見てくれた。
だから彼女はそのテオに向かって手を振った。
「あっ、気づいてくれた!」
少しだけ頭を下げ、少しだけ笑みを向けてくれたテオが、こっちに来てくれる。
「テオくん、おかえりなさい!」
「……た、ただいま帰りました」
少しだけ言いにくそうに、ぎこちない笑顔で返してくれるテオ。
その姿に彼女は思わず笑みを浮かべてしまった。テオの態度に、無意識のうちに心の中がじんわりと熱を持った。
「それでテオくん。依頼はどうだったかな?」
「一応、集めてきました」
「おっ、いい子ねっ。それじゃあ確認してみよっか」
カウンターに置かれた品を彼女は確認してみる。
薬草×10本 スライム×3
「うんっ。ちゃんとできてるわね。しかも、すごいわ……とっても質がいい!」
薬草も、スライムの魔石も、どちらも質がいい。
これなら文句なしで、合格だ。
「あ、それとこれも採って来たんですけど……どうでしょう……」
「おっ。なになにっ。追加報酬を出せるから、手に入れたものはじゃんじゃん持って来てくれていいんだからねっ」
果たして、テオが持って来てくれたのは、追加の薬草か。それとも追加のスライムの核か。
新人のテオくんは真面目そうな子だから、きっと頑張って追加で採ってきてくれたのね。
彼女は微笑ましい気持ちで、テオのことを見守った。
そして、テオが提出したものを見た彼女は、飛び上がりそうなぐらいに驚くことになり……。
「ええ〜〜!? これ、『幻希草』だ〜〜〜! 私が、今、一番欲しかったやつ〜〜!」
彼女の悩みのタネが、解決しそうな瞬間だった。




