91話 終戦宣言
王位継承から数週間後、リトリアの国境警備隊よりベルデ軍の侵攻が確認されたとの報がリトリア諸侯に伝えられた。新王チャールズは直ちに王立軍を編成すると自らが第一軍としてリトリア、ベルデ国境へ向かった。それと同時にベルデ軍が今回は一つの大軍としてリトリアへと向かっていることが分かっているので、大軍が横へ展開できる平野へと全軍の集結地点を定めたのであった。
ピレネーのルルのもとへも出兵の命令が下されると、ルルはスグル、フィン、スミスを伴うと軍団を編成して、全軍の集結地点へと向かった。
「思ったよりもベルデ王国の動きが早かったわね。ポワチエおじさまはしっかりと工作できているのかしら?」
ルルはスグルの耳元でそうつぶやいた。
「そうと信じたいですけど、いかんせん時間が短かったので……しかし、いまさらそんなことを気にしてもいられませんね」
今回はすぐにルルが相談できるようにとスグルの左肩に乗ったフィンがそう答えた。
「私達ピレネー軍が終戦旗を掲げて、ベルデ王国に終戦の意思を伝える。言葉にすると簡単だけれど、実際に成功するかはベルデ王国内での工作と諸侯が私を信頼してくれるかだものね」
軍が意思を表示するために定められている旗のうち、終戦旗は役割が定められているとはいえ過去に一度も使われたという歴史のないものであった。なにしろ、降伏とは違う意味合いで軍隊がこれ以上の戦闘の意思を持たないという意味を持つのである。軍隊の性質上、それは相反するといってもよかった。
「ともあれ、これが成功すれば確実に今後の歴史書には必ず記載されるほどの奇跡です」
ルルは両軍が集まり始めている平野を眺めながら奇跡が起こることを祈った。
ルルたちピレネー軍が本軍に合流すると、すぐに本陣より、チャールズからの呼び出しがかかった。
「スグル、フィン、行きましょう」
ルルはピレネーの陣営の設営をスミスに任せると、すぐにスグルとフィンを伴って本陣へと向かっていく。
「王様、ルル殿が参りました」
本陣に到着すると、すぐにルルたちは中へと通された。
「チャールズ様、御即位おめでとうございます」
ルルが最敬礼とともにそう述べるとチャールズは今はそんなことはいいというように本陣の中から人払いを行うと、すぐに本題を切り出した。
「ベルデ王が我々の工作に気づいてリトリアへの侵攻を早めたようだ。ポワチエの工作が間に合ったかどうかは五分五分といったところらしい。一つ良かったことといえば、今はベルデ王国の相次ぐ侵攻失敗と港の壊滅によって、ポワチエを粛清できるほどの求心力をベルデ王が持っていないことだろう」
芳しくない状況に、ルルは難しい顔でうなずく。
「だから、ルル、君の宣言が非常に大事だ」
「分かりました」
ルルがうなずくとチャールズは満足そうにうなずくと、
「既に場は整った。準備はできているね。終戦宣言は任せたよ」
ルルはチャールズのその言葉を聞くと、フィンから終戦旗を受け取り、スグルの肩の上に乗って旗を広げた。
「白の下地に、赤のX印。この旗の実物を見るのはこれが初めてだよ」
「私もです」
ルルはそう言い残すと、そのまま全軍の前に出ていくと、両翼に広がるベルデ軍全体から見える位置まで進んでいった。
「スグルまだ進んで頂戴」
平野でなにも風を遮るものがないのでその終戦旗はバタバタと大きく広がっていた。
スグルの高い視線でもベルデ軍の兵士の表情は見ることは叶わなかったが、しかしどの兵士も武器をもつような様子はなかった。
「危ないかもしれないよ」
「大丈夫。私を信じて」
「うん」
スグルが更に進んでいって、ついに相手の表情が見れるほど近くまで進んだとき、鈴の音のような澄んだ声が戦場に響いた。
「私、ルル・アルデンヌはこの戦争を終わらせたいという意志を持って今日、ここにやってきました。それはリトリア王国としての意思でもあります。私はベルデ王国で家族を殺されました。しかし、私はベルデ王国を恨まない。ベルデ国民を恨まない。だから、ベルデ王国の皆さんもこの憎しみの連鎖を止めるために終戦の意思に答えてほしい」
この広い戦場のなかで少女の存在はちっぽけな存在なのかもしれない。巨人の肩の上で自分の体よりも大きく広がる終戦旗をはためかせる赤髪の少女の声はそれでも広い戦場のすべてに聞こえる不思議な力を持っていた。
そして、まず変化が起きたのはリトリア陣営であった。王立軍の陣営で終戦旗が掲げられると、ピレネー陣営、ハルトマン陣営、というように諸侯の軍すべてで終戦旗が掲げられていった。
そして、それに答えるように、ベルデ軍の右翼、ポワチエ家の旗印のところで呼応するように終戦旗が掲げられる。また連鎖的に右翼のすべてで同じ旗が掲げられた。そして左翼もそれに少し遅れて追随した。
そして終戦旗が掲げられていないのは真ん中のベルデ国王とその支持層の新興貴族の軍だけになった。
「お願い、終わらせて」
いくら、ベルデ軍のほとんどが終戦の意思を示したとはいえ、本陣が答えなければ状況はすぐにでもひっくり返る状況であった。ルルが祈るようにそうつぶやくと、中心から少し外れた新興貴族の軍が終戦旗を掲げた。そして、それに習うように他の新興貴族も続々と旗を掲げていき、最後には本陣のみを残すという状況になる。
「ねえ、あれ」
スグルがそう言ってベルデ軍本陣の方を見ると、本陣から、甲冑姿の男が取り巻きに引き止められながら出てくる様子が確認できた。
「私はベルデ国王ロリス・ベルデである。貴殿の終戦の申し出、受けたいと思う」
「!?」
甲冑を着た男はルルと同じ赤髪であったが、顔はあまり整ってなく、疲れた顔つきでそう言った。
「私がそなたの父親を殺してこの戦争を始めた。それについて後悔もしていないし、謝るつもりもない。間違っていたとも思わない。巨人兵がいなければ、私の目論見は成功したとも信じている。しかし、私は敗れた。もうベルデ王国でも私の命令を聞くものはおらん。国王としての最後の責務は果たす。リトリア国王に謁見させてもらいたい」
ルルは父親、そして家族の仇であるその男を見る。
「分かりました。もうすぐリトリアの担当者が来ます。彼らに従ってこちらの本陣へと向かってください」
ベルデ国王であったその男は静かにうなずく、その後はじっとルルの目を見て何かを考えているのか、一言も発さずにいた。
しばらくしてリトリア本陣から迎えの武官数人がやってくると、ベルデ国王は護衛されるようにして本営へと向かっていった。
ついに終戦まで来ました。あと数話で完結予定です。
あと10ptで総合100ptなのでそれを完結までの目標にしたい……けど。
5ブクマや10評価ポイントが入らないといけないので完結まで数話ですと厳しいですね。
ここまで読んでくれた方がいらっしゃいましたらぜひぜひブクマ等お願いします。




