8話 王都出立。
アルデンヌ領、ピレネー高地に向かうことになったスグルたちは王都の東門へ向かっていた。
道沿いに建つレンガ造りの建物はどこか地球の西欧を思わせる、けれどもどこか違うものだった。
そんな建物から顔を出したり、石造りの道でスグルを見上げるなりしてスグルを見た人々は一様に驚いた顔をして「ほんとだったの!?」といった風の声をだした。電話やそれに類するものもないらしいこの世界でもたった一日で都中に巨人が現れたという噂が広がっているようだ。
「なんか、僕、見世物にされてる気分だよ」
スグルは街道沿いの都民たちに「僕は悪い巨人じゃないよ」と示すようにニコニコしながら歩き、言った。
「まあ、その気持ちは分かるけど仕方ないんじゃないかな」
ギルは苦笑いでスグルに同意する。
「スグル、いいのよ目立っても私に有利に働く分にはね」
そのルルの貴族らしい利に聡い部分にギルとスグルはお互い見合わせると、悪い顔になって。
「そんなこと言う、ルル様は男性に嫌われマスヨ」
「お転婆を卒業したとおもったら……。少しは女性らしい優しさを身に着けてください」
そう、言った。
それに対して、ルルはギルを無視すると理不尽にもスグルの耳たぶを引っ張ると、叫んだ。まさしく耳元で。
「うるさいわね! 悪かったわね! 男性受けが悪くて!」
スグルはビクンと全身をこわばらせて言葉を聞くと、ギルが時々口に出すそのお転婆娘っぷりを感じながらルルが初めて見せる素にかなり恐怖を感じ、震えた。
それからしばらく後。
「ねえ、ルル様や、機嫌を直してくださいヨ」
スグルは理不尽にも耳元で叫ばれてから東門へ移動する道中、ひたすらにルルの機嫌を治そうと努力していた。ちなみに、ギルもフィンもマルクもはてにはベンやフェリスまで苦笑いである。
「スグル、ルル様はほっておけば機嫌がケロッと治るからほっといても大丈夫だよ」
容赦ない言い草のイケメンである。スグルはそんなことないでしょう。と先ほど先程叫ばれたときの横目でみたルルのあの表情を思い出した。
二重のパッチリお目々だったはずのルルの目がつり上がって、なんとも背筋がゾワゾワする感覚はなかなか忘れたくても忘れられない。
「大丈夫ではないでしょあのコワイ顔は」
スグルは独り言のようにボソッと言って、自分の左肩に今まさにそのコワイ顔した張本人がいることに気づいた。
「ルルさん、今のはアレです。気のせいです」
スグルは必死に言い訳した。しかし、恐れていた怒声は聞こえなかった。代わりに聞こえたのは弱々しい声だった。
「いいもん、どうせ私は女性らしい性格なんて身についてないもの」
何この子、カワイイ。スグルは場違いにも自分の左肩でうずくまってるルルをどうしようもなく愛らしく感じた。
「ごめんよ、ルル様、僕、ルル様みたいに活発で可愛い女の子は可愛いと思うよ」
スグルはいじけるルルを励まそうと煽てた。
「ほんと? じゃあ、さっきのコワイ顔っていうのはウソってこと?」
スグルはつい、言ってしまった。
「それは本当」
「もう、スグルなんて知らないわ!」
スグルの不用意な発言にギルはあちゃあという顔をしてマルクとベンは親子らしい同じ表情でニヤケた。そしてフェリスはこれまた可愛い顔で言った。
「おにいちゃん、おねえちゃん泣かせちゃイヤよ?」
頭をこうコクリと傾けながら言うのである。まつげがパチパチしているのである。天使かな? とスグルは思った。
もう、なんでこの世界の女の子はこんなに可愛いんだろう、とスグルは耳たぶを引っ張られながら思った。
機嫌を直してくれないルルを左肩にのせたスグルたち一行はしばらくして東門へ着いた。
すると、先程までしょんぼりしていたルルがやっぱり根は貴族なのか、キリッとした表情にもどると門番に挨拶した。
「新しくリトリア貴族に加わったルル・アルデンヌよ東門を通過してアルデンヌ領ピレネー高地に向かうわ。城門を開けてちょうだい」
城を中心にして城下町まで城壁に囲まれたリトリア王都、その東門も普段は馬車2台がやっと通れるような小さい方しか開放されていないが、今日は巨人であるスグルがいるため本来、行事や軍勢が出ていくような事態が起きたりしないかぎり開かない方の大きい門が開かれる手はずになっていた。
「話は聞いています。ただいま開門します」
門が開くと遠目から見てうすうすそうなんじゃないかなあと思っていた景色が広がっていた。
高い山、ああ、ここに登るんだ。と中学、高校と帰宅部だったスグルは憂鬱になった。
「では、行きましょう」
マルクが物資を積んだ馬車を走らせるのに続いてスグルは門をくぐって王都を出た。
マルクの馬車に乗るフィンもベンもフェリスも、スグルの肩に乗るルルもギルも、みんな歩かないのだ。歩くのはスグルだけ。「なんだよ」とスグルは文句を言った。
「僕だけ歩くなんてあんまりだ! ギルも歩け!」
ギルはひどいことにスグルを無視し、今度は先程からかわれたルルが主人らしい声で言った。
「主人をしっかり運ぶのも騎士の役目でしてよ?」
そして、スグルはルルの機嫌が治ったかわりに帰宅部高校生には辛い登山をたった一人敢行することとなった。
まあ、文句を言いながらもルルの機嫌と登山の苦しみを等価に感じるスグルも相当にルルに好意をもっているのかもしれない。
そして、一泊して、次の日の昼、スグルたち一行は王都東に巨人の足でだいたい45キロほど、アルデンヌ領ピレネー高地に到着した。
どうですか!? ルル様可愛いでしょ!? こう、なんというか貴族とツンデレっていいですよね! やりすぎると僕が大好きなルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、通称レモンちゃんみたいになっちゃうので僕が言うにはそう「ツン・ショボ・デレ」に味付けしてみました。
ちなみに僕のペンネームの桃色レモンがどこからきたかは察してください。