87話 迎える人たち
翌日、ルルたちは北の地を離れることにした。
貴族にもかかわらず、フィン以外の護衛を誰も付けずにやってきたルルだったので、帰りの行程ではフィンは乗ってきた馬に乗馬することにし、もう一頭のルルの愛馬は一緒に帰ることになったリリーが乗ることとなった。馬を預けたルルはスグルの右肩に乗ると、今は誰も乗っていない左肩を見て、今度は自分が今乗っている右肩に乗っていた人物を思い出して、小さく何かをつぶやいた。
しかし、そんなつぶやきは耳元での囁きにも関わらず、スグルにも聞こえない、小さな小さな声であった。
行程の最終日、ルルは唐突に言った。
「さて、もうすぐピレネーに到着するわけだけど、スグルに言わなければいけないことがあります」
「うん?」
どこか、暗い雰囲気で、ピレネーまでの旅路の数日間、あまり話さずにきたところだったのでスグルはとっさに返事ができなかった。
「実は、例のギルの件で、スグルと合流したらピレネーにすぐに戻ってそれから先は領地から出ることを禁止されちゃったの」
「そうか」
確かに、仕方のない措置なのかもしれない。特例中の特例でスグルのもとに駆けつけたのだ。当然その後に待っているのは徹底的な事情聴取のはずであった。
「それで私はしばらく王都からやってきた文官たちに屋敷に缶詰にされそうだから、マルクたちと協力して領地経営をよろしくね」
「僕にうまくできるかはわからないけど、大変なときだから頑張るよ」
「よろしくね?」
ルルに首をかしげながらお願いされれば断れる男はいないに違いない。
「おかえりなさいませ」
屋敷にもどってきたルルたちを待っていたのは、マルクを筆頭に、アルデンヌ家の家臣団の総出の出迎えであった。
横にはいつものニヤケ顔が嘘のように真面目な顔をしたシットと、スミス、それにベンとフェリスの兄妹がいる。
お抱え科学者であるマッドは出迎えには来ていないようで、館の中に設けられている、マッドの部屋の扉は閉じられていた。
「ええ、ただいま」
ルルは疲れの見える笑みを浮かべてそう返事すると、そのまま奥の自室へと行こうとする。
しかし、そんなルルを引き止めるように、幼い声がかけられる。
「ギルは帰ってこないの?」
フェリスのそんなセリフに横にいるベンがすぐに口を塞いで、言う。
「ギルは帰って来ないんだ」
母親をすでに亡くしているフェリスはまだ死という感覚が分からないのかもしれない。
すでに彼女にもその事実が伝えてあることを部屋の中にいる家臣団の顔つきが示していた。
ルルは一瞬肩を震わせた後、振り向くと、努めて優しい声で答える。
「そうなの。ギルは大事なお仕事をして遠くにいってしまったの」
「そうなの?」
その幼いあどけない表情に、ルルは少し、痛々しげな笑みで答える。
「うん」
年少の幼子は母親や周りの大人たちの表情を敏感に読み取って時に想像もしない行動をすることがあると言う。このときもそんな状況だったのかもしれない。フェリスは一回首を傾けるとおもむろにしゃがみこんでフェリスに話しかけていたルルの前でつま先立ちになると、その小さな手をルルの頭の上に乗せた。
「え?」
「よしよし」
純真な瞳でフェリスはルルの頭を撫でる。
すこしすると、ルルは瞳をあちこちに向けたあと、耐えきれなくなったのか嗚咽を漏らし始める。
そんなルルの様子に耐えきれなくなったのかベンが声を上げて泣き始めたのがきっかけだろうか、スグルやフィン、マルクや、シットまで泣き声を漏らす。
「もう、十分泣いたと思ってたのに……」
「いいこいいこ」
ルルが再び泣き止むまでフェリスはただルルの頭をなで続けた。




