84話 併合交渉2
「ここを他と同じようにお主らの国から貴族を派遣して領地として併合するのか、わしらの自治領とするのかということじゃな」
政治なんてかけらも知らないスグルはその題を聞いて、もさも分かっていることのようにうなずくことしかできなかった。
そんな風にスグルが頷いていると、次には場のすべての視線が自分に向けられていることに気づいた。
「はえ?」
スグルがそう思わず言葉を漏らすと、族長がニヤリと口角を上げて言う。
「スグルが聞きそびれたようだからもう一回言うさ、お主らに譲歩して、スグルを領主に迎えて併合されてやろうということさ」
そう、族長がもう一度言うと、文官であるシリルが苦々しい顔を、リリーが驚きに目を見開き、そして、チャールズは、微かに笑みを浮かべたように見えた。
「いくらなんでもそれは……」
シリルがそう言いかけたところでチャールズがそれを手で制した。
「いや、私はそれでそちらが譲歩してくれるというならば本国を説得すると約束しよう」
チャールズがそう言うと、リリーはチャールズの思惑に気づいたのか、呆れたようなため息をつく。
「最終的にチャールズ様が何を目的に、そこまで彼女を手に入れたいと思っているのかはわかりませんが、本国を説得というからには本国が渋ることがわかっている。すなわちそれはリトリアにとって思わしくないということではないの?」
リリーが言うと、スグルはわけが分からないというように首をかしげる。ただ、自分に関する大事なことが自分抜きで決められている感じが嫌でも感じられて引きつった笑みを浮かべる。
そんなリリーの言葉にもチャールズは耳を傾けず、言う。
「どうかな? ダリア殿」
チャールズが確かめるように言うと、族長は当事者であるスグルを一瞥もせずに了承の声を上げる。
「それで構わない。それでいいかの? スグル殿」
そうして了承の言葉を告げてからやっと確認するようにスグルの方に顔を向ける。
スグルは有無を言わさずといった雰囲気に答えてしまう。
「は、はい!」
スグルの視界の隅でリリーが盛大に溜息をついたのが、今まで長引いた併合交渉が一瞬で決着したことを示していた。
併合が一応の形で決定されたことが村中に知れ渡ると、村では安堵したような雰囲気が漂った。
「一応、併合って形なのになんで村人はこんなに嬉しそうなんですかね?」
スグルがリリーと村を散策していると、村の雰囲気にスグルはそう訊ねた。
「スグルもここまで自力できたからよく知っているとは思いますが、ここの自然は人間にとって脅威です。水は不足し、農耕に適した土地も少ない。そんな環境では人口が減るばかり、だからといってかつては敵国だったリトリアから移民や支援を受け入れ、唯一の優位点である技術力を切り売りしていればいずれはジリ貧でっすもの」
スグルはリリーの言葉で自分がここまで来た道のりを思い出した。水がほとんどなく、岩の割れ目から湧き出た水が唯一の水源であった。
「そうだね。そう言われれば納得だよ」
「それにしてもスグルは本当に今回の話を受けて良かったですの?」
リリーは話題を切り替えるようにそうスグルに訊ねた。
「え、まあ」
スグルが歯切れ悪くそう答えるとリリーは続ける。
「でもここの領主になってしまったら、少なくとも一年の半分はここにいないといけないですわ」
そう言われてスグルはやっとリリーが交渉中に彼女を手に入れたい云々と言っていたことの意味を理解した。それはチャールズがスグルをルルから遠ざけることをリトリアの国益に優先させたということだったのだ。
「どうしよう。リリー」
スグルが縋るようにリリーに言うと、リリーはつんけとした態度で答える。
「知りませんわ。一応私、断られたとはいえスグルに求婚している身ですわ。私に頼ろうとするのが間違いですし、これで私にもチャンスが出てきたとみるべきですもの」
リリーが、強くとも弱いところもある銀髪の少女が好意を隠さずにそんなことを言うもんだからスグルは思わず頬を赤らめて言う。
「ご、ごめん」
スグルがそう謝るとリリーは微笑をたたえると言った。
「明日は、早朝に出発の予定ですね? 夜は宴会をやるようですし、今のうちに体を休めてもいいかもしれないですわ」
ちらりと会場の準備の様子を見ながらリリーが言うと。
「そうだね、すこし横になってくる」
スグルはリリーと分かれると、スグルのために準備されていた藁束に体を沈めると目を閉じた。
チャールズもダリアもしたたかですね。




