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83話 併合交渉1

 スグルはリリーを右肩に乗せると高台から広場までリリーを送っていった。広場にはチャールズがいて、完璧とは言えずとも少なくとも痛々しいとしか言いようのなかった彼の状態からは復帰しているのを見て、ただ、呆れたようなため息をつく。


「王子である私に対抗してルル嬢に求婚までしたんだ。そんな体たらくじゃ愛想をつかされても仕方がないよ」


 チャールズはそう言いながらも、少し目を細めて続ける。


「君のあとから来た使者から簡単な経緯しか聞いてないが……。ギルのしたことを思えばリトリア王国王子からこの言葉を贈るのは本来良くないけども、私と君との間にとどめて聞いてほしい。惜しい人を亡くしたと思う」


 実際、ギルはリトリア王国からしたら決して許されることのない裏切りという行為を犯していた。

 それでもチャールズは一人の騎士としてギルの冥福を祈った。


「……うん」


 スグルは瞼の裏にギルの顔を映しているのか、ただ祈るように目を閉じてそう応じた。



 用意された藁束に横になると、ずっと走ってきた反動だろうか、スグルはすぐに睡魔に飲まれると眠りに落ちた。

 そして、肌寒い北の地の風と、遠く水平線に出てきた朝日の光で目覚めた。


「起きたようじゃの」


 すると、薄く開かれた視界に族長の姿がうつり、スグルはその眠気を一気に吹き飛ばし、すぐに起き上がる。


「まだ、早朝じゃないか! と思うかもしれんが、ババアの朝は早いんじゃ」


 そう、族長は言うと、わざわざスグルが参加するためだろうか、会議の内容が村に広まらないようにそうしているのか、スグルが眠っている場所を中心に村の衛兵が円形に等間隔で配置されていた。

 そして、すぐ側ではもうこの早朝の起床に慣れているのか平気な顔をしたチャールズとリリーが揃って用意された円卓に腰掛けている。他にもリトリアの上級文官と思わしき眼鏡をかけた壮年の男がいて、反対には族長の席だろうか、真ん中を開けて左右にこれまた年をとった男女が座っている。

 そして、リトリアと北の集落の中間に北の集落の代表なのか、リトリアの代表なのかイマイチ分からない、年はスグルよりいくらか上だろうか。黒髪の青年が肌寒いにも関わらずその鍛えた上腕をさらけ出すような服を着て不機嫌そうな顔で座っている。


「状況はつかめたかの? 準備ができたならそこで聞いて、発言し」


 族長はキョロキョロと周りを見渡していたスグルにそう言うと空いている席に着席する。


「じゃ、わしもそろそろ疲れたわい。今日で話し合いは終わりにするつもりで話そうや」


 族長のその言葉で会議は始められた。



「ふむ。じゃあ巨人のスグルが参加したんじゃ、改めて自己紹介から始めましょうや」


 族長はそう言うと、会議のメンバーがうなずくのを確認して言う。


「わしがフロイデの地の族長、ダリアじゃ。まあみな名前じゃなく族長やらバアやらで呼ぶがな」


 族長がそう自己紹介すると、隣に座っているお爺さんが口を開く。


「あんたらリトリアが喉から手が出るほど欲してる技術屋の代表のシモーネだ」


 シモーネがそう仏頂面で自己紹介をすると、今度は族長よりはいくらか若く見える老婆が自己紹介する。


「私は副族長のジャダです。族長の補佐みたいなものですのでいないものと思って構いません」


 ジャダはそうニコリともせず言うと不機嫌そうな青年に視線を向ける。


「俺はトビアス・スミス、元々はリトリア王国の国民だったがこっちに移民としてやってきた。ここで技術を身につけている」


 スミスという名前を聞いてスグルはアッと声を上げる。あんまりにも大きい声なので族長以外はみんなビクと体を震わせたほどだ。


「スミスには顔にやけどの跡があったけど、たしか黒髪だったし……」


 スグルがそうつぶやくように言うと、トビアスは驚いたように目を見開いて言う。


「親父をしってるのか? でも貴族様方と付き合うような身分じゃないはずだけど」


 トビアスがそう言うと、スグルは夜になって脱いでいたスミスが作ったオーガスパイクと名付けられた鉄靴に掘られているスミス鍛冶店の紋章をトビアスに見せる。


「確かに親父の紋章だ」


 唖然とした様子でトビアスは言う。


「スミスは、君が死んだと思ってすごく落ち込んでいたよ。その後もひたすらに頑張って剣を打ってたけど、奥さんも亡くしてそれでもこの戦争を終わらせるためにピレネーで頑張ってる」


 スグルがそう言うと、今度は小さな声でトビアスは答える。


「そうか、母さんが……。俺は親不孝者だな」


 トビアスがそう言うと、シモーネが訊ねる。


「あのお前さんが持ってきた剣を打った職人かね?」


「ああ、あの剣は親父が俺のために打ってくれた剣だ」


 トビアスがそう答えると、シモーネは感嘆するように言った。


「あの剣はお前さんが殺されたことを証明するために折ったんじゃが、強化合金で作られたこちらの槌でもなかなか折れんくて苦労したよ。柔らかさと硬さがあっていい腕の職人なのがよくわかった」


 シモーネのその言葉にトビアスが答える。


「今更、リトリアに併合されるなんて、今はこっちを故郷だと思ってる俺には迷惑な話だと思ってたんだ。はじめは俺の鍛冶師としての才能に見切りをつけた親父への反発でこっちに来たのに、いざ親父の話を聞くとまた会いたくなるもんだな」


 トビアスがそう言うと、族長が答える。


「それが叶うかは今日の併合交渉の結果次第じゃよ。せいぜい励みなされ」


 族長がそういうと、リトリア側の文官が気まずそうに言った。


「私は、公式文書としてまとめるために派遣されたシリルです。本日はよろしくおねがいします」


 文官が自己紹介をすると、チャールズが引き取るように言う。


「私とリリー嬢は自己紹介は不要だと思うので本題に入りましょう。細かな条件についてはほとんど決まりましたが大きな条件。この一つで未だに互いに同意できていない。今日はこの点について決めたいと思う。つまり」


「ここを他と同じようにお主らの国から貴族を派遣して領地として併合するのか、わしらの自治領とするのかということじゃな」


 こうしてスグルを入れての合併交渉は開始した。


 

大変おまたせしました。このままでは今年中に完結するといった約束を破ることになりそうなのでどうにか約束は守れるようにがんばります。

どうぞ応援よろしくおねがいします。

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