82話 銀髪の少女
リリーは、老婆に言われた3分後という言葉をほとんど無視するように、老婆が自分の視界からいなくなったらすぐに、時間とすれば一分もしないほどであろうか、スグルがいるらしい高台の上へと向かっていた。
登るにつれて少しづつ高くなっていく景色は、リトリアの首都である王都はともかく自分の領地であるハルトマン領でよりも広い間隔で、家からの光が漏れているのにリリーは驚いた。
一体、この人口でリトリア一国と渡りあっていたというのにはどれほどの技術力と結束力をもってしたのであろうか。
リリーは、まだ若い自分ですら少し息のあがる傾斜をそんなことを考えながら、登っていった。
「それにても族長はよく付添人もなしにここを登っていきましたね」
リリーはすでに数回にわたって行われている王国-北族会議の様子を思い出しながらそうつぶやいた。
あの族長はいずれのときも自分よりすこし年下くらいの少年を付き添わせていたのに。
そんな、今考えていても仕方のないことを考えていると、傾斜が緩やかになり、そこに座り込む形をした巨人の影を見た。
「スグル、こんばんわ」
リリーは好んで読んでいるそういう小説で主人公が男の子に話しかけるときによくやるように囁くようにしてそう呼びかけた。
スグルは背中を少し震わせるようにして顔を上げると、驚いたようにリリーを見る。
「り、リリー、こんばんわ」
リリーはスグルと目が合うとクスッとして答える。
「やはり、私の一分という予測は正しかったようですわ」
自分が傷心のスグルを慰めようとしていたのに、あの老婆に先を越されたものだからリリーは年相応の嫉妬心を抱いて小さなことで張り合っていたのだ、しかし、スグルにそんなことがわかるはずもなく。
「一分?」
すっかりいつものあのちょっと抜けたような人の良さそうな顔をしてスグルはそう繰り返した。
「いえ、こちらの話ですわ。それでスグルはどうしてこんなところまで来たのかしら?」
まだ事情を聞かないままあの老婆につれてかれてしまったのでリリーにはいったいどうしてスグルがこんな僻地までやってきたのかまったくわからなかった。
「ああ、そうだよね。リリーにも、そしてあのチャールズ王子にも説明しないといけないよね」
スグルはそう答えると、リリーにここに来るまでの経緯を話し始めた。
「そうですか。ギルさんが……」
リリーはスグルとルルと、一度は引き離されたとはいえずっと一緒にいたあの金髪の青年の訃報を聞いてそう言葉をなくした。
「彼は、とても立派な青年でした。本当に、立派な騎士でした」
リリーはそう今はいないルルの忠臣を偲ぶ。
「であれば、すぐにでもルル様と合流しなければいけませんね」
リリーはそう言ってあの赤髪の親友であり、恋敵である彼女のことを思う。
自分の騎士が裏切りを働き、もうひとりの騎士も逃亡とあれば、命の危険はないとしても彼女の立場はかなり微妙なはずであった。
「そのことなんだけど、なんか族長にあしたの併合交渉に参加してほしいって言われてて」
スグルのその言葉に交渉を始めてから未だにほとんど進展のないこの交渉がスグルが加わることでついに進展をみるのであろうか、とリトリアの代表として来ているリリーはため息をつく。
「そうですか、スグル。彼女はかなりのやり手です。ぜひ明日は力をかしてくださいね」
リリーはそういうと、傷心のスグルに少しでも癒やしになることを祈って自他ともに認めるその可愛らしい笑顔をスグルへと向けた。




