81話 ほんとうのきもち
スグルは、族長の元へ行くように促されると、巨人である自分が通るのにも支障のないほど、不規則かつ点々と建つ、コンクリートだろうか、リトリアの石造りの町並みとは違う、独特な家々の間を進んでいった。
ふと、多少なりとも夜の暗闇を照らしていた月明かりが建物の形に陰った。
それに気づいたスグルは俯いたその視線を前方へともどす。そこには占い師然とした格好をした老婆が、その歳からは異様とも感じる真っ白で整った歯をニヤついた視線とともにスグルへ向けていた。
「なにかね。そんな陰気臭い顔をして。しかし、こんな山奥まで来るとはねえ。しかもこんなこの集落一番の広さの建物にも入れない体をして」
老婆は見上げるようにスグルを見ると、すぐに腰をさすりながら続ける。
「こんな老婆がわざわざ建物からでて迎えているんじゃ、自己紹介ぐらいせんかえ?」
スグルの荒れた心になぜかその老婆の言葉が染みるように入ってきた。
「僕は、スグルといいます。リトリアの、リトリアのルル・アルデンヌという家で騎士をやっていて。やって、やって、」
スグルはそこまで言って、過呼吸のように呼吸が苦しくなるのを感じた。
老婆は見かねたように、もういいと言うと、集落の外れの方に見える。ちょっとした高台を見張りに使っているのだろうか、そちらの方を指差すと、
「ここじゃあ、聞き耳や覗き見仕放題さね。あっちで話を聞くから、いらっしゃい」
老婆は優しくそう言うと、移動の手助けをしている少年に今日は帰るように指示をだすと、護衛もつけないで先程の腰の痛みが演技だったとでも言うように元気に歩き出した。
スグルは数秒遅れてそれに気づくと、無言で老婆についていった。
「さて、あんた。この世界の住人じゃないね」
開口一番老婆は先程の優しい口調はどこへやらビシッとした口調でそうスグルに尋ねた。
「ふん、そんな陰気そうな目玉でもここまで長く生きてれば図星かそうじゃないかなんて分かるさな。特にろくな経験をしてないお前さんみたいな若造ならなおのことさ」
その占い師然としたその様相も相まってやけに説得力のある言葉であった。スグルはコクリとうなずくことしかできない。
「じゃ、わしにこの世界に来てからのことを話してくれや」
なんの疑いも持たずに、スグルはポツポツとこの世界であったことを話し始めた。
この世界にやってきてから、ルルと出会い。ギルと出会い。国境を超え、ピレネーという新しい故郷を手に入れて、初めて恋をして、親友ができて、たくさんの知り合いができて。いろんなことを経験して、自分の無力さを感じて……。
スグルは話しながら、自分がどれほど多くのものを裏切って、捨てて逃げて来たのかを再び感じた。
途中からは嗚咽を漏らしながら、もはやこの老婆の耳に届いているのか怪しくなるほどに顔を涙と後悔でぐしゃぐしゃにしながら、それでもスグルは話すのをやめなかった。
「それで、僕は、そんな守ると決めたルルの大事な人が、そんな僕にとっても大事な人がいなくなったのに、僕は彼女をおいて逃げたんだ」
懺悔するようなスグルの言葉を聞き終わると、老婆は今度は優しく言う。
「それで、お前さんは失恋したからといってルルを守るというそのギルという青年との誓いを破ったのかい? ちがうじゃろ。お前さんは、ちゃんと主人のために働いた。そんな逃げるほど追い詰められたのは親友を失い。そんな彼にかけた最後の言葉があんなものになったからじゃないかの?」
老婆はさらに続ける。
「お前さんは、不自然なほどあるところで自分の気持ちが欠如しておるよ。今は、そのルルさんも傷ついている。だけど、同じぐらい親友を失ったお主も傷ついておるじゃないかの?」
老婆は一歩スグルの方へ歩み寄る。
「普通、見知らぬ世界に放り込まれたら、心身ともにまともじゃいられぬよ。それを自覚してみい」
老婆は体育座りのスグルの足元までやってくると、言う。
「お主はちゃんとがんばった。それを自覚してみい」
スグルは、老婆の言葉にほとんど叫ぶように本当の自分の気持を言った。
「なんで、普通の高校生なのにこんなにつらい経験をしないといけないんだよ! 好きな人が好きな人は親友だったから、あいつだったから! だから仕方ないって、だけどどうしても気持ちは正直で、あんな心無い言葉をかけて! そしたらそれが最後の会話になって! そんなときにあんなに、あいつと二人で守っていくって言ってたのに! なのに、ギルがいなくなって、僕は逃げて! 僕は……本当は臆病なはずだったんだ。学校でも話しかける勇気がなかったから! 友達がほとんどいなかったのに。なぜかこの世界に来てからは自分でも気づかなかったけど、不思議と本音で話せて、そんな勇気があるはずなかったのに、あの退却戦では本当に死ぬまで自分の役目を果たして、そのせいでルルの生き返りの呪文はギルにに使えなくって。僕が僕のせいでルルは思いびとをなくして」
老婆はスグルの言葉を聞き終えると、尋ねる。
「そんな親友が好きになったルルはそんなことでお前さんを責めるのかい?」
その老婆の質問にスグルはあふれる涙を拭って答える。
「責めるわけない。だから。僕も、そしてギルもルルが好きになったんだ」
「ならば、お主はこんなところにいていいのかえ?」
スグルがその言葉に今にもあの場所に、彼女のいる場所に戻ろうとすると、老婆は言う。
「流石に今は暗すぎる。行くなら二日後じゃな。明日のリトリア王国との正式な併合交渉にはアンタにも参加してもらうからの」
老婆はそう言うと、笑い声を上げながら集落へと戻っていった。
「そちは王国からの使節団の一人の……」
「リリーです」
高台へと登る入り口で老婆はずっとまっていたのだろう。リリーとすれ違った。
「そうじゃた。で、そちはスグルに会いにいくんかえ?」
「はい」
「じゃけど、今はちょっとのう」
老婆はお世辞にも整っているとは言えない。今のスグルの泣き顔をこの少女に見せていいのかを思案する。
「いいんですよ。恋する乙女には意中の殿方のどのような表情もいいものですから」
リリーの見透かしたかのような声に老婆は驚くと、こんどは笑いながら答える。
「じゃけど、そちには随分強力なライバルがいるようじゃの」
クククと笑いながら、老婆が言うと。リリーは
「あら、私、ルル様も好きですのよ。第2夫人の座に収まればまさに両手に花ですわ」
そのリリーの言葉に老婆は爆笑すると、
「あんまり年寄りを笑わせると死んじまうわい。まったく、しかし、あやつはそんな二人の夫人を迎えるなんて良しとしないじゃろうて」
「ですから、彼には私もそして彼女も惹かれたんじゃないですかね」
リリーがそう言うと、ニヤリと笑みを浮かべて老婆は答える。
「あと、3分ほど待ってから上がるといいじゃろ。男は泣いてで強くなるもんじゃ、そんくらい時間があってもだめなら、とんだ期待はずれよ」
そう言って老婆が場をあとにすると。
リリーはスグルを精神的に立ち直らせてくれた老婆にお辞儀をすると、1分も立たずに上に向かい始めた。
「あれは強力な洗脳じゃったの。だれでも本当は人間がもっているはずの勇気を引き出すなんて」
老婆はだれもいない道でそう一人ごちた。
またまた遅くなりました。すみません。
頑張って年内には完結させる所存でございます。
よかったら私のモチベーションのためにも感想、評価等よろしくおねがいします。




