79話 その光は
ルンブルク港から出港して、見事ベルデ王国側の港を破壊したスグル達は、出港時よりもその人数を減らしながらもルンブルク港に戻ってきた。しかし、見事ベルデ王国の重要な港を破壊したスグルたちにも関わらず、迎えるルンブルク港には人はまばらで、軍服に包まれたかなり年配だと思われる将校と数人の兵士が迎えるのみであった。
海から上陸したスグルは、準備してある水を浴び、タオルで水気を取りながら、上陸するなり、件の将校と話し込むフィンの方を心配そうに見つめることしかできなかった。
「スグル、すぐに走れるだけの体力はあるかい?」
話を終えたらしいフィンはスグルのもとへ来るなりそう尋ねた。
「うん、体はクタクタだけど走れないほどではないよ」
そうか。フィンはそううなずくと言った。
「ベルデ軍がリトリアに奇襲を仕掛けてきた。ルル様はすでにネイサン様とルンブルク軍と僅かに残っていたピレネー軍を伴って向かったらしい」
「ルルたちが? 戦況は大丈夫なの?」
「わからない。ただ、リトリア軍はかなり内地まで押し込まれて、諸侯が集まってある地点で迎え撃つ腹積もりらしい」
スグルはその言葉を聞くと、
「連れて行くのはフィンだけでいいよね?」
その肩にフィンを乗せると、戦地へとかけて行った。
スグルの足であれば半日で目的地につくが、船での移動や、港での襲撃での時間を考えると戦場ではすでに戦端が開かれ、決着がついていてもおかしくはなかった。
もし、リトリア軍の敗戦で終わっていれば、元ベルデ王国、公爵家で王家の親戚でもあるルルが生きていられる道理はなかった。
スグルは血の味のするつばを飲み込むと、痛む体にムチをうつように更に足を早めていった。
「間に合った」
街道をショートカットするように荒れた山地を通ってきたスグルは向かい合って陣形をとりあう両軍をみてそうつぶやいた。
そして、目の前に広がるリトリア軍の陣容の中、右翼のほうにアルデンヌ家の旗とルンブルク家の旗を見つけた。
「よしすぐに合流しよう」
しかし、下りながら、その右翼でなにか異変がおこっていることにスグル達は気づくことになった。
「ルル殿は私が責任ももち見守るゆえ、陣の前まででてもよろしいか?」
ヴィルヘルムはそう言って近衛兵の了承を得る前にはすでにルルを伴い、陣の前にでてきた。
「ギル!」
陣の前、500mほど先であろうか、ギルは爆弾の移動を牽制してるのであろうか、爆弾の炸裂範囲内でリトリア軍の前に立ちはだかっていた。ギルをしるピレネー・ルンブルク軍には困惑をギルと生活をともにした王国軍の中央軍には敵意むき出しの視線を、それ以外からは裏切り者への視線を。
ギルはその視線にも関わらず、ただリトリア軍右翼をすべてに納得したような表情を浮かべて見つめるのみであった。
そして、リトリア軍もピレネー軍もなにもできないまま、時間を迎えることになった。
「嫌よ」
ルルのそのつぶやきと閃光の瞬間は奇しくも同時であった。
その光は、すぐそこまで近づいていたスグルも見ることになった。そしてその瞳には、
爆風を受け、弾き飛ばされるギルの姿をも焼き付けることとなる。
その光は戦場に静寂をもたらした。
そして、その光を起こしたギルは数十mも飛ばされると、くたりとも動かなくなる。
ルルはヴィルヘルムらの静止も聞かずにギルのもとへ駆けていく。
「ギル!」
ギルのもとへとついたルルはそういってギルの体を揺さぶった。
かろうじて息はあるようでギルの胸は小さくとも収縮を繰り返していた。
「ルルさま、私はもうだめです。スグルは信頼できる男です。ここで命をかけようと思ったのは、」
そこでギルの意識は闇へと飲まれた。
ルルは狂ったように生き返りの呪文を紡ごうとする。しかしその術はすでにスグルに使われていて発動しない。
「ギル……」
転ぶように近づいてきたスグルの視界の中には、
爆弾の効果からか静かに透明な光に包まれて消えてゆくギルの体とそれを止めようと、必死に使えもしない生き返りの呪文を唱えるルルの姿が写っていた。
「祈られても困るよ」
醜い嫉妬にかられてギルと最後に交わしたその言葉がスグルの耳の中で繰り返し再生される。
ルルはギルを選んだ。そしてギルは死んだ。それを救える唯一の手立てである呪文は自分のせいで使えない。スグルの心が音を立てて壊れていくようであった。
スグルは両膝をついて泣いた。
そして、ルルが振り返って自分に話しかけようとすると、スグルの脳裏にはルルの自分を糾弾するであろう声や、表情が、そして自分を見つめるだろう瞳を想像し、その小さな割れた心に見合わない大きな体をもつスグルは、逃げるように、すべてから逃げ出すように、責任も自分の過去の言葉も、好きな人も、失った友人さえも裏切って、見捨てて、
ただ、北を目指して走り出した。
遅くなりました……。




