72話 作戦と緊急事態
「さて、今日が作戦の決行日となると、私がルル殿と一緒にいるのは不味いね。ラルフをここにおいていくから、緊急の連絡は彼に頼んでくれ。私は、屋敷で例の手紙が来るのを待って、神妙な顔でもって破棄命令をくだすとしよう」
神妙という言葉のところでネイサンは妙にニッコリとした顔になってそう言った。
「内心、ワクワクしてますね」
ルルは思わずというように言う。
「ええ、なにしろ、重要地域の領主とはいえ一介の領主が国政に関わる案件を独断で決定するんです、まるで王様みたいじゃないですか」
「ええ、そうね」
完全に不敬なセリフにルルは苦笑いで答える。それは外様貴族であるルルにとっては別に構わない発言であった。だが、ルルが親藩であったベルデ王族の悪口を言われて怒るかと言われればいろんな恨みもあり全く怒る理由はなかった。まあ、彼女は元公爵家で王族の血も引いているので本家王族が根絶やしになれば自分がベルデ王族になる可能性もある訳ではあるが。
「では、公の報告でルル殿の工作の報告を聞かないように祈ってます」
「それを聞いたら芋づる式にあなたのお名前が出てくる覚悟をしてくださいね」
ルルがそう答えると、ネイサンはああ、首がさむいと初春に季節外れのマフラーを首に巻きながらそのまま部屋から出て行った。
「春と言っても意外に肌寒いわね」
作戦のため工場の近くの路地までやってきたルルは隣に立つギルにそう言った。
「ええ、フィンたちも海の上で今頃同じことを言ってますよ」
ギルがそう答えると、ルルが答える。
「海に半分沈んでるスグルはきっと相当寒い思いをしてるわね」
「そうですね」
答えるギルの口調は少し硬かった。
「さて、そろそろ時間です。人気もありません」
そんな会話を断ち切るように、あたりに人気がないかの確認をしていたラルフがすれ違いざまにそう言ってそのまま通り過ぎた。
人が不自然に集まらないようにするのと、別方向の見回りを行うためである。
ギルとルルが二人でいるのもカップルに見えるためにであった。
「放ちます」
ギルはそういうと、ピレネーのお抱え科学者のマッドが、片手でスグルに掴まったまま扱える弓矢をコンセプトに数種類の木材を重ね合わせて作った小型ボウガンをコートの内側から取り出し素早く工場の方へ向けて放った。
「よし、このまま待機場所に行きましょう」
ルルは黙ってうなずくと、二人は待機場所へと向かい歩を進めた。
作戦の成功を案じながらルルとギル、そして扉の前で外の聞き耳を立てているラルフは落ち着かない様子でソワソワしていた。もしかしたら待機場所に現れるのは作戦成功を告げるネイサンではなく、自分たちを捕らえにきた憲兵なのかもしれないのだから仕方がない。
そんな張り詰めた空気の中、カツカツとしたブーツの足音が聞こえたと思えば、玄関を激しくノックする音が響いた。
「嘘」
ルルは呆然とつぶやき、ギルは険しい顔で剣の柄を握る。
次の瞬間。
「開けてくれ! 私だ。ネイサンだ!」
瞬間、部屋の空気が緩む。
「なんだ、ネイサンか」
ルルが思わずというようにため息をつく。しかし、どうもおかしい。ネイサンであれば、ノックをするとき、2回、3回という合図であったはずだった。
それが、無秩序なノックであったのだ。一瞬、萎んだ空気は警戒感で再び張り詰める。
そして扉から勢いよく入ってきたネイサンは叫ぶように言った。
「作戦は成功だ。だが……」
作戦の成功に思わず笑みを浮かべるルルの表情が凍る。
「ベルデ王国が突如ここからそう遠くないところに大軍でもって奇襲を仕掛けてきた」
ルルもギルもラルフもその知らせを聞いて息を飲んだ。
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