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70話 ハリボテ船、港に現る。

 ドロドロした感触を足裏に感じながら、スグルの視界に映るのは船の木目だけであった。

 そんな退屈きわまりない状況下でスグルはフィンとずっと話していた。ギルとの気まずい別れ方を忘れるように先程から天性のニヤケ顔を披露しながら何気ない世間話をしている。


「それでさ、フェリスを森に連れて行って帰ってきたらベンが物凄い嫉妬したのさ。俺が兄貴なのにってね」


 スグルが自分の子分のベンの恥ずかしい話をフィンのみならず、船員にも響き渡るような声で話して笑いをとっていると甲板の方向から鐘の音が聞こえてきた。


「どうやらもうすぐ港からこちらが見える距離に入るようだ。まだ、日没には少し時間があるようだから少しここで止まろう」


 フィンはすぐに状況を確認するとそう言った。


「うん」


 スグルは来る港突入に向けて意識を集中させ始めた。



 日没を迎えた。

 足元の海水越しに感じていた明るさは全く感じなくなり、スグルが頼れるのは足元の感触とフィンの補助だけになった。フィンは昼間よりも一層海図とコンパスを確認しながら慎重にスグルを誘導していった。


「港の灯台が見えた。商会レベルではいまだに交易は行われているが、交戦中の国の重要港だ。近づけるまえに正体がバレるとまずい」


 フィンはいよいよ港に近づいてくると風向きまでに気を配り、甲板上のハリボテの帆の操作まで航海士の助言を受けながら指示し始めた。


「スグルもっとゆっくりだ」


 そして、ついにスグルたちは正体に気づかれることなく港に接舷することに成功した。


「すぐに船内の立入検査が行われるはず、スグルは船内に入ってきた立入検査員を排除したらすぐに奇襲を始めて」


「分かった」


 30秒ほどすると甲板上でドスンという音が響いた。


「よし、行って!」


 フィンの掛け声がかかるとスグルは船底に空いた穴から抜け出すと港の灯台の明かりを殴って吹き飛ばした。


「よし! スグルに続いて奇襲開始! 交戦はなるべく避けて港の重要施設と思われる場所に火を放つんだ!」


 そうして、ベルデ王国側の想定を遥かに超えた奇襲作戦が開始された。



「クソッ! なんで一隻だけで奇襲なんてことを考えつくんだ! しかも海から巨人兵なんざ誰が予想できるんだよ!」

 

 つい先月、上司の栄転によって西部最大の港であるロッサノ港の防衛責任者となっていたアルセンは体中に冷や汗をかきながらそう叫んだ。


「しかも、よりによってこっちの()()()()で守備隊が手薄なタイミングで!」

 

 巨人兵がこちらの侵攻作戦の邪魔にならないにしても、それでこの港を潰されるとなれば割に合わないどころかベルデ王国にとっての被害は甚大と言えた。

 なぜなら開戦派であった新興貴族たちの資金源はこの港を本拠地にするロッサノ商業組合に頼り切りであり、ベルデ軍の軍資金も半分以上はそれによって支えられていたからである。


「これは、俺の首が飛ぶだけじゃすまねえよ。みんな死ぬ気で守れ!」


 アルセンはそう叫ぶことしかできなかった。



「うぉりゃっ!」


 なんとも頼りない掛け声を上げながらスグルは重要そうな建物と見るや、近くの木を引っこ抜いた即席の棍棒を振りかざして入り口を破壊した。

 すると、すかさず少数の水兵たちが松明と油を撒いて火をつけていった。


「スグル! できるだけ風上から攻撃して!」


 フィンは激しい動きをしても落ちないようにスグルが背負っているリュック型即席司令部に座りながら指示を飛ばしていた。


「了解」


 そうして、時間をかけすぎて撤退できなくなったら大事であるので30分ほどしたところで、フィンから撤退の合図がでた。


「よし、スグル、ハリボテ船に戻るよ」


 フィンは小型の鐘のロックを外すと、スグルにジャンプしながら走るように命令した。


 その日、ベルデ軍には戦場の中、スキップしながら、鐘を鳴らす恐怖の巨人の伝説が生まれることとなったのであった。



 結果、行きよりも船員の数を減らすことになったが奇襲は大成功に終わった。理由としては気づかれずに近づけたこと、思ったより敵の抵抗の少なかった事があった。

 

 しかし、それは、敵の作戦もそれだけ容易になっているということであった……。









新しくブクマしてくれた方、ありがとうございます!

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