69話 スグル、船になる。
夜、スグルたちが泊まっているルンブルグの屋敷の中庭、スグルは仰向けになりながら、ルルが泊まっている部屋の方を見ていた。
ルルは冬でもない限り窓を開けて寝るのを好んでいる。実際に今も窓は開け放たれていて白いレースのカーテンが窓の境を行ったり来たりしていた。もちろん、訪問先で窓を開けっ放しで寝るなど不用心極まりないのだが、中庭には大陸最強と言っても過言ではないスグルが横たわっているので護衛責任者であるギルも大目に見ていた。
そんなギルは、スグルにとっては羨ましいことにルルの寝所のすぐ隣の部屋に控えているのだが、今日はルルと何かを話しているのか、開け放たれたルルの部屋の窓から微かに声が漏れ聞こえていた。
「ギル、私、あなたに話したいことがあるの……」
盗み聞きは良くないと思いつつも、あたりは静かなので、会話の内容は嫌でもスグルの耳に入ってきた。
「はい、なんでしょうか」
「私ね。あなたの求婚の返事を今、しようと思うわ」
その言葉にスグルは自分の心臓に針で刺されたような痛みを感じた。
しかし、スグルが自分でも会話の続きを聞きたいのか聞きたくないのかはっきりしないままそのまま仰向けで寝ていると、窓際にルルの燃えるような赤髪が見えた。
スグルは目を閉じて寝ているふりをした。
そのまま目を閉じて先に続くはずの言葉を待っていると。
「あれ?」
言葉は続いてこなかった。
スグルは、薄っすらと目を開けてルルの寝泊まりしている部屋の窓を見る、すると窓はしまっていた。
どうやら、ルルは窓を締めたらしかった。
「ああ」
スグルは自分は選ばれなかったと、そう感じた。
翌日、ついにその日はやってきた。
季節は春に入った頃。冬の寒さは過ぎ去り、どこか陽気な気分になる暖かさを感じながら、海に目を向ければ、川から流れてきたきれいな雪解け水が汚い海へと流れ込んでいる。
そんな、ルンブルグ海でも多少マシである、造船所のある区画では、多額のお金と下水処理施設建設のさらなる延期をもって結集した大工や船大工たちによって建造された船があちこち鎖で繋がれた状態でかろうじて浮いていた。
「ほんとにハリボテね」
スグルたちの出港を見送りに来たルルはそう言って呆れたように首を振る。
「でも、これで十分なはずです。この浮きがあれば敵を十分欺けます」
「見た目だけは立派ですからね、何しろ我が領の自慢の船大工と大工を結集してますから」
ネイサンはフィンのつぶやきにそう返す。
「さあ、スグル殿、我がルンブルグ海へようこそ。できれば下水処理施設ができた状態でお迎えしたかったがそうもいかない。付け焼き刃のようなものだが消臭剤を用意した。船内に配置しておいたので使ってくれ」
ネイサンはそう言うと、私は例の準備があるので、と言って馬車に乗り込むと行ってしまった。
スグルが聞いていることには、領主であるネイサンであっても例の爆弾の工場は軍の管轄なので内部の情報は簡単には手に入らないらしい。なので、予定を立てては工場の視察を行ってチマチマと内部の見取り図の作成を行っているらしかった。
「じゃあ、行ってきます」
スグルは、そう言うと、片足を海の中へ突っ込んだ。海底はドロっとした感触で気持ち悪く、海水はまだ冬の寒さの名残を残しており、耐えられないほどではなかったが、冷え冷えとしている。
「無事に帰ってきてね」
ルルはそう言って微笑んだ。
スグルはその笑顔に失恋の痛みが胸をチクリと刺すように感じた。
スグルはその気持をなんとか落ち着かせると返事としてルルも頑張れといった内容を口にしようとしてハッとした。
流石に敵の港を襲う作戦となるとホーキンス派など関係なく王国軍に共有する必要があった。例えその後にベルデ王国の協力者と共謀して現ベルデ国王を引きずり下ろして戦争終結を目指していることや、秘密裏に北の蛮族を味方に引き入れ、チャールズのその後の王位継承を確実にするための工作があったり、先日企てを始めた新型爆弾の破棄などがあるとしてもそれは決してバレてはいけない話であった。
スグルは「頑張れ」発言後にあるはずの爆弾騒動のあとで近くで聞き耳を立ててるホーキンス派に怪しまれるかと思い聞かれても構わない内容として言った。
「僕は成功して帰ってくる。平和な暮らしのために」
スグルはなんとか内心を悟られまいと不自然に感じないようにいつものおどけた笑みを浮かべながら言う。
その言葉にルルは何度も頷いた。そうすれば作戦が成功する確率が上がるとでも言われたように。
次にはルルのすぐ隣に傍から見ればまるで恋人のように立っていたギルがスグルに声をかける。
「スグル、成功を祈っている」
ギルはそれで十分と言うようにスグルの目をみて頷いた。
スグルは自分の心に醜い嫉妬の炎が燃えるのを感じた。自分はこれから敵の港を襲撃しにいく、ギルはルルと作戦を遂行する。ギルはルルへの求婚を受け入れられ、自分はそうではない。どちらもルルのそばに立つのにギルは恋人、自分は従者。
失恋して、それでもスグルにはルルの力になりたいという気持ちはあった。しかし、同じ仲間であるはずのギルにスグルが思わずというように返した言葉は冷たかった。
「祈られてもこまるよ」
つぶやくようなスグルの言葉にギルは何も答えなかった。
スグルは言ってしまってから激しい自己嫌悪に襲われた。何も言わないギルの顔を見ることもせずにスグルは息を止めると海中に潜り、ハリボテの船底に空いている穴に頭を突っ込んだ。
スグルは船内に乗り込んできたフィンに出港を告げられると浮力も利用して船を担ぐとベルデの港へ、方向を細かく指示されながら海底を歩き始めた。
あけましておめでとうございます。遅くなりました。エタることだけはないので、スローペースでも続きを読んでくれるとうれしいです。
今年中には完結予定です。




