68話 港湾都市ルンブルグ3
「それで、聞いてもらいたい話というのはどんな話なんですか?」
ルルは口調に警戒を隠しきれずにそう尋ねる。
「このルンブルグ領に新たに作られた工場についての話だ」
シットは先程のラルフの発言を思い浮かべているのか、見極めるような目つきでネイサンの方を見た。
「この工場だが、非常に恐ろしい兵器の工場になっている。恐ろしい、それでいて、持っていれば確実に阻止力になり、使えば確実に戦争は終わるような。しかし、それを一度使えばベルデの国民から決して許されぬ恨みを抱かれるだろうそんな兵器だ」
ネイサンは口にするのも恐ろしいと言った口調でそう言い切った。
「その恐ろしい兵器というのはどのようなものなんでしょうか?」
ルルはさらに詳しい説明を求めてそう尋ねた。
ネイサンはああ、と頷くと気持ち静かな口調になって続けた。
「はじめは、ルル殿が雇っている科学者であるマッド殿が発見した人工守り石を軍事へと転用するための実験中に起きた事故だった」
ネイサンがそういったところでルルが突っ込んだ。
「ちょっとまってください、人工守り石の軍事実験? そう言いました?」
ルルがそう尋ねるとネイサンは困惑したように頷いた。
「ええ、王立アカデミーで行われている軍事への転用への実験です」
ルルが困惑した表情を浮かべているとフィンが口を挟んだ。
「ルル様、どうやら送った守り石は契約とは違い盗まれた守り石の補填用ではなく、軍事転用を目的とされていたようです。はじめから予想しておくべきでした」
失敗を恥じるようにフィンはそう言った。
「攻めてきた敵を追い返すにはそれなりの装備が必要だわ。それは理解するけれどはじめに説明はあって然るべきだわ」
「ルル殿がベルデ王国出身のために警戒されたのかもしれません」
ネイサンは納得のいかない顔をしているルルにそう言った。
「文句を言っても仕方ないわね……。ネイサン様、続きをお願いしてもよろしいかしら?」
「ええ、それで敵の高射程距離の新兵器に対抗するべくアカデミーでは試作品の兵器が作られました。それを作動させたときに事故が起きたんです。研究室の一角が吹き飛んだのです。ごく少量の人工守り石にある素材を叩きつけたら起きたそうで、あとにはなぜか緑が芽吹くという現象が確認されました」
「緑が芽吹く?」
よくわからないといった顔でルルが言葉を繰り返すとネイサンはよく分かると言った口調で答える。
「ええ、文字通り。建物が立っていた場所には日光が当たるはずもなかったのに、建物が吹き飛び、現れた更地には一面、草や花が芽吹いていたんです」
「それってすごいことだわ! 守り石を設置しても収穫の少ない地域で作付け前に使えば、収穫が期待できるようになるわ!」
ルルが喜びながらそう言うと、ネイサンは静かな口調で言った。
「ええ、たしかに平時であればそうでしょう。しかし、今は戦時中、軍は、いや、命令を下しているホーキンスはそれを平和利用ではなく敵、つまりベルデ兵に対して使おうとしている。そして、そのために実用レベルまで設計された爆弾を製造しているのが我が領の工場なのです」
「そんな、そんな大量殺戮兵器なんて使ったらこの戦争は泥沼に突入するわ!」
「ええ、そうなるでしょう。しかし、ホーキンスは二度と国が脅かされぬようにベルデ王国を完全に掌握しようとしています。彼は相手の国民感情というものを甘く見ています。確かにこの兵器を使えば短期間中に戦争は終わるでしょうが、統一されたそのあとに残るのは終わらない国民の分断でしょう」
「すぐに、ピレネーでの守り石の生産を中止させましょう! ギル! 今すぐピレネーに戻って生産の中止と出荷の停止を連絡して」
「ルル殿、落ち着いてください。もう山が一つ吹き飛ぶような。下手すれば街一つが壊滅するようなこの爆弾はすでに3発分完成しています。今更止めてもそれだけあれば軍にとっては十分でしょう」
「でも、無駄ならなぜ私達に話したの?」
「今、工場には2発分あります、残りの1発はすでに王都に運ばれていて、次の会戦で使われるはずです。今、工場にある爆弾はどうにかすることができます。敵のスパイに入手されそうになったためやむなく破棄したとでもすればいいでしょう。そのための工作にはホーキンス派も混じっている私の家臣ではなく、ルル殿の家臣団に行ってもらいたいのです」
「確かに、我々で行った方が、工作がバレる可能性は低いですね。工作が露見した時のリスクは考えたくもないですが」
フィンがそう言うと、ルルは決心するように言った。
「みんな聞いて、スグルの港湾攻撃と並行して行うことになると思うわ。スミスとフィン、そしてスグルは港の攻撃、私とギルで偽装工作をしましょう」
「私とそこのラルフも協力しましょう。しかしこの偽装工作について話すのはいまこの部屋にいる人だけにしてほしい。これは文字通り我々の首がかかっているんでね」
ネイサンはにっこり笑ってそういった。




