64話 ピレネー会談5
「それほどのお金を出してくださるなら、もっと確実に敵の港を奇襲する作戦があります」
そのフィンの発言に、ラザは先程までのポーカーフェイスを、交渉ごとの素人であるスグルにも分かるほどの困惑の表情に歪める。
「それで、その作戦とは具体的には?」
そう、ラザが尋ねると、フィンはスグルの方を向く。
「せっかく、ここに規格外の人物がいるんです、スグルに協力してもらえばいいのです」
フィンがそう言うと、ラザは困惑して強張っていた表情を緩めると、フィンに言う。
「確かに、巨人であるスグル殿が港に奇襲をかけたとすれば、たかが商船数隻で奇襲するよりは多大な損害をあたえることができるでしょう。でも実際、スグル殿ほどの大きさだと気づかれずに港に近づくなど不可能だ」
ラザが早口にそう言うと、フィンは答える。
「この大陸の東の沿岸部は水深が比較的浅い。だから、よく商船が座礁するのは、商人のラザ殿にもよくお分かりのことと存じます」
ラザは頷く。
「そして、東海岸は海水の透明度がお世辞にも高くない。西岸部に観光地が集まっているのもそのせいです。だから、商業で少なからず環境に影響する商業港は東に集中しています」
それにはスグル以外の場の一同には周知の事実であったのでそのまま続けるようにうなずく。
「私が考えた作戦は簡単に言えば、スグルに舟型の帽子をかぶせて、リトリアの国境の造船所から、海岸沿いに歩いていき、港を奇襲してしまおうということです」
その奇策に作戦のキーマンであるスグルは「ほぇ?」 という情けない声で答える。
そして、そんな反応をするのはスグルだけではなく、みんなしばらく言葉を失う。
「つまり、私にその舟型の帽子とやらを作れと?」
ラザはどうにか言葉を振り絞るようにそう言って答えを待つ。
「まあ、そういうことになります」
その後、会議は荒れに荒れたがなんとかこの作戦は実行に移されることになった。
「まとめると、まず、新しく建造した商船にハーディング商会の紋章をつけると、ベルデ王国でも商売をしているハーディング商会に不利に働くことが予想されるので、紋章はシット商会のものを使用することが一つ」
フィンはラザとシットの方を見る。
「シット商会はベルデ王国内での商売は全くないわけでもないですが、リトリア国内と比べれば微々たるものなので問題はありません。どちらかというとリトリア王家の方に恩を売れるほうが好ましい」
シットはそう言って、チャールズの方を見る。チャールズは苦笑いでうなずく。
「私もそれで構わない」
ラザの言葉も受けて、フィンが続ける。
「そして、出来上がった商船の船底には窪みを設けて、スグルが呼吸できるようにする。船は自力で航行できなくとも構わず、奇襲中の間沈まないだけの浮力があれば構わない」
問題ないというように誰も口を挟まない。
「そして、スグルはその船を敵の港まで運び、夜間、敵の港に近づき、奇襲に移る」
確認するようにフィンはチャールズの方を見る。
「問題ない。それでいこう」
チャールズの言葉で作戦は決定した。
港の奇襲作戦が決定すると、チャールズが話題を次の議題へ移す。
「それで北の蛮族との交渉についてだが、私と、リリー嬢に同行をお願いしたい」
そう、チャールズが言うと、リリーは困惑するように尋ねる。
「なぜ私となのでしょうか?」
「私が王宮を離れるにはそれなりの理由づけが必要なんだ。あくまで振りではあるのだが、リリー嬢には私とお見合いということで同行してもらいたい。もちろん私と結婚しろといっているわけではないぞ」
チャールズが若干顔を赤らめながらそう言うと、リリーは頬に手を当て、
「あら? 王子様と結婚できるなら私なら喜んで結婚いたしますが?」
リリーは器用にもチャールズ、スグル、ルルをほとんど同時に視線を向け、そういった。
三人はそれぞれに顔を真っ赤にしたり、なんとも言えない顔をしたり、若干引きつったような顔をしたりする。
「まあ、冗談はこのくらいにして」
あ、逃げた! と、スグルはニヤニヤした表情でチャールズの方を見る。
「リリー嬢、どうだい? 一緒に北へ向かってくれるかい?」
「いいですわ」
そうして、戦争を終わらせるための会議は幕をおろした。
会議が終わるとチャールズ、ポワチエ、ラザは足早にピレネーを出立した。
極秘で来た以上あまり長居はできないので仕方ない。
そして、リリーも領地を引き継いだばかりであったので夕には隣の領地へと戻っていった。
「頑張りどころね、スグル」
「僕は橋になったり、馬になったりでこんどは船になるんですね」
「スグル、二人で騎士になるって約束したじゃないか。橋も馬も船も全部騎士の仕事さ」
ギルがそう言うと、ルルとスグルは堪らず笑う。
「ギル、馬が騎士の仕事って言うのなら私を運びなさい」
ルルが冗談めかして言うと、ずっと話を聞いていたらしいフィンが口を挟む。
「ギルさんじゃスグルと違って絵面がお姫様だっこですねー」
フィンのその一言にルルは顔を真っ赤に、ギルは目線を少し、明後日の方向に、スグルは、なんで僕は巨人なんだ(以下略)という反応をし、
「まあ、平和は一番さ」
自分で壊したテーブルの代わりに、新しく作ったテーブルを運び込んでいたスミスがそう言った。
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帰りの馬車の荷台でのチャールズとポワチエの会話である。
「しかし、王子さんも悪い人ですな! 最終的な作戦を打ち明けてないなんてね」
「……」
「連合王国制だっけ? この戦争の英雄としてあんな可愛いルルを祭り上げてベルデ王国の女王に据えてねえ」
「仕方ないだろう、王族の血を引いていて王位にふさわしいのは公爵家であるアルデンヌ家くらいのものだからな」
「それなら、兄の方をアルデンヌ家本家に復籍させて王家を継がせればいいものを、ルルに王位を継がせて、その後はリトリア国王である自分と婚姻して連合王国にもってくと。いやあ、王子の恋と陰謀は怖い怖い」
「もちろん、ルルに惚れているのは事実さ、しかし、争いのない大陸にするため、そして、そのうち侵攻してくる可能性のある大大陸に備えるためには北の蛮族を含め、統一の国家にすることが必要なんだ。あのベルデの現国王のように拡大路線はこの大陸の規模では無理だ。島国の利点を生かして、防衛に特化するべきだ」
「まあ、儂は成長したルルが王の器に足るかしっかりと見極めたんで、あの子を不幸にしなければ文句はいわんよ」
遅くなりました。ワタシハ、エタラナイ。




