62話 ピレネー会談3
チャールズは一呼吸おくと、静かに話し始めた。
「現在、我々、リトリア王家と貴族の一部は北の蛮族との間に極秘の休戦協定を結んでいます。
そして、その協定によってリトリアには優れた北の技術の一部が流入しています。また、リトリア、ベルデ両国の政治的に立場を失った貴族などが亡命する先としても利用されています。そしてその対価として我々は労働人口の提供を行うことになっています」
そう、チャールズが言うと、今まで末席の方で静かに聞いていたスミスが口を開いた。
「王子様、一つ確認したいんだが、その休戦とやらは一体いつ結ばれたものなんだ?」
静かに、しかし芯のある声でスミスは身分が天と地ほども違うチャールズに対して、そう尋ねた。
「30年ほど前になります」
チャールズがそういった瞬間、バキッ! 音が部屋に響く。
そうして、今まで皆で囲んでいたテーブルが割れた。
上に大の大人が3人寝転がっても余りあるテーブルが、厚さが辞書ほどもあるテーブルが、木の筋に沿って真っ二つに割れた。
場の者たちは、驚くこともできずに、ただ、息を飲む。
「それっていうのは俺の息子が生きていて、労働力として北の蛮族どものところにいるっていうことなんか……?」
今さっき机を叩き割った人と同一人物なのが信じられないほど、スミスは弱々しい口調で尋ねる。
「どの遠征隊で北へ向かいましたか?」
「ドートリス隊だったはずだ……」
「確かに、リストにあった隊です」
チャールズはそう言うと、椅子から立ち上がると、頭を下げる。
「北へ向かった兵士たちは、移民待遇で迎えられることが約束されています。また、了承を得られた兵士のみが北へ向かわされることになっています。そして、了解を得られた兵士には守秘義務が課され、家族でさえ話すことは許されません」
「私は、そんな制度は間違っていると思い、今回北の蛮族と交渉したいと思っている。息子さんを北へ送った当事者である王家の人間である私だが、どうか協力してほしい」
チャールズは頭を下げ続ける。
30秒ほど、時が止まったように、場は静寂に包まれた。
そして、スミスが口を開く。
「協力もなにも息子にまた会えるならなんでも協力はする。強制性がなかったなら恨みはしねえ、ただ、俺は何も言わずに出ってった息子を一発ぶん殴って、そんなルールを定めた政治とやらも殴ってやりたい」
スミスがそう言うと、チャールズは答える。
「私は、この大陸を変えたいと思っている、リトリア、ベルデ、北の蛮族関係なく、平和な世の中を作る王になりたい」
「俺は、歴史の重大な場面を目撃してるのかもなあ――すまねえ、少し、頭を冷やしてくる」
スミスは、そう言うと、先程自分で真っ二つにしたテーブルを抱え上げ、そのまま退出していった。
「いやはや、親の愛情ってもんはすごいもんだな!」
そう言って、笑うのはポワチエだが、他に笑うのものは誰もいなかった。




