60話 ピレネー会談1
次の日の早朝、商人の荷馬車が数台ピレネーへとやってきた。
最近のピレネーの経済の発展ぶりは目に見張るものがあるので、商人の荷馬車の一台や二台など別に珍しくもないのだが、領主の屋敷に直接向かう荷馬車となれば珍しい、なぜならピレネーの館は森の中にあり、さらに領主はそうそう無駄遣いはしない性格である。平民は珍しいなあ、と思うきりであったが、ピレネーにやってきた商人たちの目には不審に見える。
しかし、その商人たちの目も次には納得の眼差しになる。
その荷馬車の紋章は、リトリア、ベルデの二大強国が治めるこの大陸において、数少ない両方の国に支店を持つ、大商会の紋章であったのだ。
その名は、ハーディング商会、ルルの後ろ盾となっているリトリアでは最大規模を持っているシット商会を数回は買収できるような大陸一の大商会であった。
最近、その力を増しているアルデンヌ家と関わりを持とうとも何ら不思議なことではなかった。
「ふむ、ここがお屋敷か、随分と倹約しているようだ」
貴族は見栄をはる生き物であるので、最近勢いを増しているアルデンヌ家の屋敷はどんなものだろうかと期待していたが、屋敷は手入れが行き届いているとはいえ、豪華絢爛という風とはかけ離れていた。
しかし、決して質が悪いということはなく、あるいは、この大陸と大きく文化を異とする国の人が訪れれば、どの国の人でも好感をもつような。そんな造りであった。
「これは、なかなか立派な貴族様だね」
この、弱冠二十歳で大陸一の大商会を継ぎ、これ以上の発展は難しいであろうと言われた商会を3年で二倍の規模にしてみせたハーディング商会の代表、ラザ・ハーディングは屋敷を見てそう評する。
確かに、見栄でなく実用性を重視するこの屋敷の主は商人にとっては天敵と言えるかもしれない。
屋敷に訪れた馬車を迎えるためにルルたちは屋敷の前へと出ていった。
大商会の代表ともなればそこらへんの貴族とは比べられないほどに偉いのである。
「私はハーディング商会の代表を務めているラザと申します。この度は突然の訪問失礼します。この度は王族から依頼されることもあるような商品をお持ちしました。よろしければどこか商談できるような部屋に通していただけると嬉しいのですが」
その王族という言葉にルルは確かめの意味で問を投げかける。
「王族とはどちらからの依頼がありましたの?」
「王族御用達という銘をうってもいいという許可も頂いているのでお教えしても支障はありますまい、リトリアの第一王子のチャールズ殿下ですよ」
商人なのであくまで顧客の秘密は守りますという風にラザは答える。
ルルはわかったというようにうなずくと、メイドに客間にお通しするように伝えた。
ラザたちは荷馬車から人が入れるような樽や、絹製品などの商品を屋敷の中へと運んでいった。
ピレネー屋敷の奥、盗聴の恐れもない、客間で開口一番ルルは言う。
「殿下、樽の中に隠れているのですね」
そう、ルルが言うと、樽がガコンと音を立てたかと思うと勢い良く蓋が外れる。
「バレましたか、これでも一度も怪しまれることもなく、王都からここまでこれたんですよ」
そう、チャールズが言うと、今度はもう一つの樽がガタンという音を立てて倒れた。
「「ああ!」」
すると、大慌てになって、ラザとチャールズは駆け寄っていく。
すると、今度は樽が割れた。
蓋が外れるとかそういうレベルではなく、割れた。木の継ぎ目がことごとく別れた。
「お主ら、儂をひ弱な老人扱いするでない!」
その中から出てきたのはいかにも大貴族、王族と言われてもうなずいてしまうような迫力のあるおじさんであった。
「おお! 大きくなったなルルや、儂を覚えておるか、ポワチエ爺じゃ、小さいころはよく儂の肩に乗ったじゃろ?」
ルルは一瞬、呆気に取られた顔をしたが、次には懐かしさに顔を綻ばせる。
「ポワチエじい様!」
ルルはポワチエの胸に飛び込み、そのまま質問をする。
「でも、なぜここにポワチエじい様が? 今は戦争が……」
「それは、そこの小童が答えてくれるじゃろ」
一国の皇太子を小童呼ばわりするポワチエ爺がそう言ってから、今度はこのやり取りのなか完全に空気になっていたスグルの方へと目を向ける。
「おお、お主が巨人のスグル殿か! そうかそうか、だいぶ儂らベルデ王国軍を苦しめたそうじゃないか!」
そう言ってポワチエはガハハと笑い始める。
スグルはこのおじさんの迫力にこの人物は一体? と頭の中が?でいっぱいになっているが、ただ一つ、巨人であるスグルを前にしてルルのおまけのように扱うこのおっさんはなかなかの強者であることは確かだろう。
だいぶ遅くなりました……。




