59話 そして、事態は動き出す
翌朝、ルルたちは出発のため、ハルトマン屋敷の前でリリーと別れの挨拶を交わしていた。
すると、そこに、黒いローブを纏った男か女かもわからぬ人物が近づいてきた。
「お話があります」
「お前は誰だ!」
不審な人物にギルが剣の柄に手をかけながら尋ねるとその人物は懐から紋章の書かれた羊皮紙を取り出した。
ルルたちリトリアの新参貴族にはわからなかったが、リリーにはその紋章の正体がわかった。
「チャールズ皇太子の紋章ですね」
その紋章の正体をリリーはあたりに聞こえない小さな声で言う。
「ここでお名前は出せませんが、明後日、ピレネーでお会いしたいとのことです。形式的にはリリー様がルル様の屋敷を訪問したという形にしてください。では」
そこでその人物が去ろうとしたのでルルは怪訝な面持ちで引き止めた。
「そのお誘いが本物である証拠はあるの?」
その人物は足を止めると、つぶやくように答える。
「会話の始まりに求婚を断る令嬢に会ったのはあれが初めてだった」
その言葉を聞くとルルは顔を赤らめると、
「どうやら、本物みたいね」
そう言った。
結局、わざわざまた合流することになるならということでルルとリリーは一緒にピレネーへ向かうことにした。距離としては非常に近い二人の領地なので昼前に出発すれば夕方にはピレネーにつくほどであった。
一行は早めの昼食を済ませると、馬車とスグルの肩をフルに使い、街道を行った。
そうして、一行はひさびさのピレネーに着いたのであった。
「やっぱりピレネーは豊かな土地で人が活き活きしてますね」
リリーは領主としてピレネーの良いところを吸収しようとあたりを見渡しながら道を進んだ。
「まあ、ここにはスグルがいるからズルといえばズルなんだけどね」
ルルは苦笑いでそう答える。
「でも、先程からルル様が通るたびに聖女と崇めている領民がたくさんいらっしゃるようですが」
そう指摘されると、ルルはリリーと話している馬車の上からスグルの背中に冷たい眼差しを向けた。
スグルはルルが見えてないのにヒィと奇声を上げてブルッと震える。
「あれは、あのバカがいろいろ工作したせいなの。まあ、こうなったら利用してやるまでよ」
「視線を通わせなくても心が通じ合う?……。あ、さすが、ルル様は違いますわね」
「そうよ、私はスゴイのよ。そうそう、リリー、私のことはルルと呼んでくださいな。 もっと、こう、その同世代のお友達として関わりたいわ」
先の会談の際にも言われたが今度は素が割と入った状態で言われたものだから、こうノーマルに加えて百合がわりーと入っているリリーはたまらなく嬉しくなってしまった。なってしまったのだ!
リリーは手の指を一本一本異なる動きをさせながらルルの*コルコドールの丘を熱心にもみだした。
*リトリアの観光名所、なだらかな丘に四季ごとにことなる花が満開に咲き誇る。
スグルは肩の上のフィンと話していて気づかなかったが、馬車の御者台にいるギルは主人であり想い人であるルルの嬌声を聞きながら拷問なのかご褒美なのか非常に判断に迷う時間をしばらく過ごすことになるのであった。
屋敷に付き、夕食を食べ、次の日になった。
朝食を済ませ、一時間ほどたっただろうか、ルルはいつも領地をかけ回る際に乗り回す愛馬を引いてきた。
「じゃあ、私はリリーとそこらを馬で駆けてくるから仕事がんばってね」
いつもはルルが領主の仕事をサボると真っ先に止めるマルクも今日は特に止めたりしなかった。
戦争から帰ってきたルルに休息を取らせたいというのと、馬で駆けるのはルルの右手なしの生活のリハビリになると考えたのもあった。
ルルは慣れない左手だけでは馬上に上がれないのをギルに押してもらってなんとか上がると、リリーに領地を案内すると領地を駆けて行った。
「本当は右手を失って辛いはずなのに、ルルはすごいや」
「私達がルル様の右手、いや、二人なんだから両腕になれるぐらいの仕事をすればいいんだ」
「そうだね」
残ったメンバーは明日、やってくる王子を迎えるため、仕事に取り組み始めた。
プロットに割と修正にこまる矛盾点を発見してしまったのでかなり時間が空いてしまいました……。
評価ポイントありがとうございます。
ブクマが少ない中、本当に執筆の励みになります……。本当にありがとうございます!




