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56話 生命の灯火

 スグルは出来るだけ、手の中に包んでいるルルを揺らさないように気をつけながら砦に向けて走った。

 ルルは右腕を失い、なんとか止血はしたものの失った血の量は多かった。明るい赤髪によく似合ういちご色の頬は見る影もなく、ただ青白いという印象のものになっている。他の部分はどこも無傷なのに右腕だけがなくて、月明かりがなければ、ただ眠っているだけと言われても納得しそうなほどであった。


「ルル、お願い、生きて……」


 スグルは懇願するような口調でそう繰り返すが、ルルはなんの反応も示さない。


「頑張れ」


 スグルはルルに冷たい夜風の当たらぬよう、息ができるように少し隙間を開けて手を閉じた。



 スグルが息を切らせながら走ると、ルルの声が小さく発せられた。


「スグルなの?」


 目を開けてはいないが、たしかにルルであった。


「そうだよ、僕だよ」


「そう、助かったのね。良かったわ」


 少し、ルルの口角が上がる。


「よくないや、ルルも助からなきゃだめだよ」


「そうね、また、みんなで笑いたいわ」


 それが、まるで生きるのを諦めたように聞こえてスグルは叫ぶ。


「ほら、僕ってルルに惚れてるし、居なくなられちゃ耐えられないし、ギルにだって約束したんだ、ルルを絶対に守るって、だからさ、もうちょっと頑張ろう、ね?」


 スグルは泣き顔だけは見せまいと無理やり作った笑顔を向けながらそう言った。


「そう、私もスグルにいなくなられちゃ嫌よ、だから戻ったの」


「だからね、ほらもう少し」




「みんな大好きよ」


 ルルは痛みも苦しみを忘れたような笑顔を見せながらスグルの親指に触れるとそのまま、その左手を地へ向けて垂らす。


「ねえ、嘘だよね、ほら、嘘って言ってよ!」


 スグルは叫びながらも走り続ける。


「諦めない」


 諦めなかったスグルの数歩とハルトマンの献身が奇跡を起こしたのかもしれない。



「スグル、今すぐ、ルル様を地面に横たえて!」


 スグルはその声に従ってルルを地面に横たえる。


 声の主、ギルは乗ってきた馬から半ば落馬するように降りるとそのままルルの胸の上に右手を添えると、朗々と呪文を唱える。


「お願いルル、戻ってきて」


 まるで願いを叶えるために神が地上に舞い降りるが如き光を纏ったルルは、数秒後には規則正しい呼吸を始めた。


「良かった、本当に」


「間に合って良かった……」


 スグルとギルはそう言ってお互いに見つめ合う。


「ごめん、ルルを守りきれなかった」


「とりあえず、今は二人が生きていてくれて本当に良かったよ」


 ギルは心底安心した口調でそういった。


「ギルの涙、初めてみたよ」


 ギルは初めて気づいたという風に甲で目頭を拭う。


「そういうスグルも涙で顔がグチャグチャよ」


 ルルが目を開けて二人を見ていた。


「これはルルが生きていてくれたから嬉し涙だよ」


「本当に、本当に心臓が止まるかと思いました」


「私も、スグルが最後の一人まで助けようと残ってるって聞いたときはすっごく心配したわ」


「まあ、右腕一本でスグルの命が助かったなら十分だわ」


 スグルとギルは、安心と申し訳無さ、歓喜と悲しみ、そして安堵などのいろいろな感情がごちゃまぜになったなんとも言えぬ表情になったが、ルルの、


「ひとまず、帰りましょう」


 という声で砦に向かう支度を整え始める。

  


 ギルが無理をして駆けさせた馬を後方の部隊にわかるように木に縛り付けている間、スグルはルルを自らの右肩へ乗せた。


「なんか、ルルが右肩に乗っているとすごく違和感があるや」


「私もなんだか落ち着かないわ、でも右腕なくなっちゃたから仕方ないわ」


「そうだね……。僕じゃルルの右腕の代わりになんてなれないけどさ、これからも力になるから」


「ええ、わかってるわ」


「それだけ、言いたかったから」


 スグルはそう言うと、ギルを左肩に乗せると、砦に向けて歩き始める。




「そういえば、どうしてギルはこっちに戻ってきたの?」


 ルルはそうギルに尋ねた。


「なんだか妙に二人が心配になって、もう砦も見えてから全速力で来た道を戻ったんだ、そしたら、途中で沢山の薬を用意しろだの、スグルの勇気がどうだのって話す早駆けの使者とすれ違うし、ルル様が消えたって大騒ぎの後方部隊だし、ここまで自分の不安が現実になるなんてね」


 その言葉にルルとスグルは主従揃って引きつった笑みを浮かべる。


「まあ、そんな二人だから全幅の信頼を寄せられるんですけどもね」


 結局、3人は似たもの同士なのかもしれない。


 

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