55話 死者の会話
スグルはぼんやりした意識の中、自分の背中に心地よい、なんだか懐かしく、まるで暖かな家族を包み込むような光を感じた。
――ああ、これが死ぬってことなのかな。
スグルはそう思って、重かったまぶたを開いてみた。
ああ、なんだかピレネーの草原みたいな景色だ。
死ぬ間際になんで日本の故郷の景色じゃなくてピレネーなんだよ、と自分が死の淵にいるのにのんきなことしか浮かんでこず、スグルは死ぬって意外に苦しくないのかな、と他人事のように思った。
「こっちの世界にきてからは、みんなに頼られて、心から信頼できる仲間を得て、す、好きな女の子もできて、こんな充実した生活が送れたなら、死んでも後悔は……」
そう、口では言ってみるけれど、思い浮かんでくるのはルルの顔ばかりだった。みんなには強くあるところを見せるけれど本当は年相応の弱さをもっている女の子、ちょっといじけやすいところはあるけど、立派な貴族たろうとする女の子、そして何よりも笑った顔が魅力的な女の子……。
気づくと、スグルの目尻には大粒の涙が浮かんできていた。
「あれ、おかしいや、地球からこっちきて家族に会えないやって思ってもここまで泣いたことなんてなかったのに。なんでだろう。こんなに、涙がでてくるなんて」
スグルがそう言うと、その言葉に答えるように、声が聞こえてくる。
――スグル殿が死ぬにはまだはやいぞ
涙を拭って、声を発した人の姿を探ろうと、あたりを見回しても誰もいなくて、それはまるで、空から語りかけられているようであった。
「ハルトマン伯爵ですか?」
スグルは聞き覚えのあるその声の持ち主の名前を呼ぶ。
――うむ、そうじゃよ
「どこにいるんですか?」
――よく、お空の上で見守ってるよって言うじゃろ、そんな状態といえばわかってくれるかな
「それって……」
――ふむ、死んだということだな
「だから僕にハルトマン伯爵の声が聞こえるのか、僕も死んだから」
――そのとおり、死んだからであろう、まあ、今は死んでいたという言葉が正しいがな
「えっ? 死んでいた?」
――生き返りの呪文じゃよ
「でも、ハルトマン伯爵は使えなかったんじゃ?」
――わしじゃない、お主、アルデンヌのお嬢さんが駆けつけたのにも気づかなんだか?
「え、そうなの?」
――そうじゃ、彼女がお主の命を救い、私は、彼女を守るために光に撃ち抜かれた。
スグルはその言葉にしばし無言になり、深く頭を下げる。
「ルルを守ってくれてありがとうございます。僕の役目だったのに……」
――いいんじゃ、しかし、まあ、束の間の延命にしかならなんだかもしれぬ、光を少し反らせたものの、結局、彼女の右腕に当たって、腕が……。
「え、それって」
スグルは視界が真っ暗になったように感じた。
そう思うと、スグルがいた場所はきれいな草原ではなくて漆黒の海の中になっていた。
沈む。
沈む。
沈む。
スグルが生を捨てたように思考を止めかけると、スグルの耳にハルトマン伯爵の声が届く。
――彼女を救えるのは生者だけじゃ、スグル殿、ここで役目を放棄すればどのような結果になろうとも後悔しか残らんぞ。
その言葉にスグルは海水と涙でぐちゃぐちゃになった視界を手の甲で拭い去ると、答える。
「わかりました、必ず、ルルを助けます」
スグルがもう一度、目を開けたときにはそこはスグルが橋になっていた谷の上で背中には老兵たちに担がれていく瀕死のルルがいた。
――スグル殿、娘に、”空で見守ってるよ、愛している。”と伝えてくれ。
それを最後にスグルにハルトマンの声は聞こえなくなった。
スグルは谷に向けて深々と礼をすると、ルルを手のひらで包み込むと、ハルトマンが命がけで即死から救ったその生命の灯火を灯し続けるために、砦に向けて全速力で駆け抜けた。
大変おまたせしました。
で、まったくこの話とは関係ないんですが、登場人物の名前を決めるときにふと思い浮かんだ名前を適当につけるという悪癖がありまして、それのせいでちょっとどうしようかと思っているところがあるのです。
ルルのお兄様、「ラインハルト」ってふと思いついたから特に考えずにつけたんですが、ほとんど無意識に某人気なろう小説の赤髪のあの剣士さんから名前とってますやん……。
で、名前変更後のギーシュ、これは名前が思いうかばなかったからゼロ魔からつけちゃってます。ハイ。
まだ検討中ですがもしかしたら名前変更されるキャラがでてくるかもしれません。
すごい名前メーカーという素晴らしいサイトを知ったことですし。




