52話 みんな同じ
「早く! 早く渡って!」
スグルが文字通り”巨人の橋”となると、ルルの指導でリトリア別働隊は谷を越え始めた。
しかし、そこは人間の皮膚なので決して安定した足場とは言えず、なかなか撤退は進まなかった。
「こうしている間にも、ハルトマン伯爵たちが頑張っているのに……」
ルルは歯がゆい気持ちで兵たちが渡るのを見ていることしかできなかった。
「ルル様、こちら側は私が待機しておりますので、先に渡ってください」
ギルはなかなか進まない撤退に万が一を考えてそう提言した。
「そうね」
ルルはそう言うと、スグルの背中へと一歩を踏み出した。
「フィン、君はこの撤退劇、成功すると思うかい?」
ルルを見送ると、ギルはフィンにそう訪ねた。
「少なくとも、今ここにいる別働隊の人員は撤退できると思う……だけど、足止め部隊は」
「助からない、か」
ギルは寂しそうな表情になってそう言った。
「多分、スグルはそれでも敵の姿を確認するまでは撤退しないって言うだろうね」
「彼は私や君が持っている切り捨てるという無情さを持ち合わせていないからね」
ギルとフィンはスグルのそういうところを羨ましく思うと同時にそれで生きていくのは大変だと思った。
「ルル様、別働隊、足止め部隊以外は撤退が完了しました」
ギルはそう言うと、少し遠くで止まっている敵軍の松明の灯りを見る。
「一応、撤退が完了すれば狼煙を上げることになっています」
フィンはそう言って、先に渡り終わった者で作っておいた即席の狼煙台を見る。
「火をつけて」
ルルに言われると、狼煙台は煙を上げ始めた。
「ルル様、ここは私が見ておきますので先に撤退してください」
「そうだよ、ルル、僕がここでハルトマンさん達が渡れるように残るからさ、安心できるように先に行ってほしいな」
ギルが言うと、スグルも長時間の酷使で痛むのか腹筋をさすりながらそう言う。
「いいえ、万が一敵がこの先の道に現れた場合軍勢の指揮のとれるギルがいた方がいいわ、スグルはほとんど最強と言ってもいいし、少人数であればスグルの高さでいくらでも逃げられるもの」
それはある程度正論であったのでギルは渋々引き下がる。
「どうぞ、ご無事で」
ギルとフィンと別働隊が先に撤退していくと、スグルは谷の縁に腰掛ける。
すると、ルルはスグルの横に来るとスグルの肩を指差す。
「乗せて頂戴」
スグルは苦笑いになると、ルルをいつもの定位置である左肩に乗せる。
「やっぱりここが一番落ち着くわ。高くて遠くが見えて」
ルルは遠く、狼煙は上がってからしばらくしてこちらに近づいてきた松明の灯りを見ながらそう言った。
「何人、戻ってくるのかしら、そもそもここまで戻ってこれるのかしら、いやね、貴族って自分の命令で何人も死ぬのよ」
ルルはそう言って先程まで周りに兵がいて言えなかった弱さを見せる。
「でもこうして助かった命もある」
スグルは上半身をくねらせて後ろ、撤退して遠くに行き始めた別働隊を見せる。
「やっぱりさ、みんな同じなんだよ、貴族として責任を持ってみんなを守るルルも命を張ってみんなを守ってるハルトマン伯爵達もさ」
スグルがそう言うと、ルルは「そうね」と自分に聞かせるようにそう言った。
ブックマークありがとうございます!
私用が忙しくなかなか更新できませんが、少しでも更新できるように、一話の文字数が少なめです。ごめんなさい。




