50話 自己犠牲
「スグル、二人で少し話さないかい?」
スグルが肩にルルを乗せて行軍していると、騎乗したフィンは深刻そうな表情でそう言った。
その表情にさすがのスグルも深刻ななにかを感じ取ったのか、言った。
「ルル、少しギルの馬に乗ってもらってもいいかな?」
フィンとスグルの間でどのような話がなされるのか、それを薄々気づいたのかルルは首を振る。
「だめよ、私も聞くわ」
ルルがそういうと、スグルは答えた。
「大丈夫、必ず戻るから、ギル任せたよ」
「あ、ああ。私たちは二人で一つの騎士だからね、スグル」
ギルがそう答えると、スグルはルルをギルの馬の後ろに乗せる。
ああ、美男美女が相乗りするとこうも映えるもんなのか、スグルは場違いにもそう思うと、フィンとともに軍の後方に移動していった。
「おや、スグル殿と、フィン殿ですか、どうしたんでしょうか、こんな後方で」
そこはリトリア軍別働隊の最後方、主に老兵がまとまっている進軍スピードの遅い隊であった。
率いているのはお隣の領主、ハルトマン伯爵であった。
「ハルトマン殿、スグルと二人で話そうと思って」
「ふむ、スグル殿が走れば前方でも二人で話せるでしょうにわざわざ後方で話すとは、私にも聞いてほしい話をするということですかな?」
フィンは肯定も否定もしなかった。しかし、それは聞かせるために後方に来たと取れることであった。
「スグル、リトリア軍別働隊が生き残るためには3つの方法がある」
フィンはそう語り始めた。
「まずは、一番シンプルに敵の行軍速度よりも速く砦まで退却すること、だけど、これは追撃の準備を進めてきたベルデ軍には通用しないだろう」
そう言うと、フィンは次にすぐ横にそびえ立つ崖の斜面を指差した。
「2つ目はこの崖を駆け上がり敵を振り切ること、少数であればできたかもしれないが、3000人という数を考えると到底不可能」
フィンはそう言い終わると、今度は底の見えない谷を見ながら言った。
「3つ目はこの谷を越えること。しかし、この先には橋は架かってない。架ける時間もなければ、材料もない。だけど、ひとつだけ、危険だけれどもみんなを助けられる方法があるとしたらスグルはどうしたい?」
フィンはそう言って、どうしようもない自己嫌悪感を感じた。
――助けられる方法があったらどうする?
スグルはそんな言い方されて”助けない”なんて言える人じゃないのは一緒にいたフィンにはよく分かっているいることだった。
みんなを助けるために犠牲になってくれ、それが言えないのはあるいは軍師として非情になりきれないフィンの臆病さだったのかもしれない。
「そりゃあ、助ける方法があれば僕は力を貸すよ。だって僕はもうリトリアの貴族なんだし、なにより騎士なんだから」
それは、リトリアの貴族や騎士が忘れてかけている真の貴族や騎士の精神であった。
「スグル、君にはこれから巨人の橋になってもらうよ」
みんなを助けられる方法、それは、どの歴史書にもない奇策であった。
「それで、私が率いる老兵隊の所まで来たというわけじゃな。橋を渡るということは一度、軍を止めた上、90度曲がった方向に進軍するということになる。つまり確実に追いつかれると」
「老兵部隊には敵の足止めをしてもらいたい」
フィンはつとめて冷静な声でそう言った。
ハルトマン伯爵はそれを聞くと若い頃を思わせる颯爽とした表情を浮かべると後ろの老兵たちに向き直った。
「娘や、領民の残る祖国を蹂躙されるのは許せぬ! 私とて貴族だ、国を守るのは義務である! 老兵部隊諸君! 国に残してきた息子や娘たち、その孫や愛する故郷、それを敵が土足で踏み潰すのを良しとするのか!?」
ハルトマン伯爵のその声に、それまでトボトボ歩きであった老兵部隊の兵士たちの目に火が灯る。
「ワシの孫にはだれにも手は触れさせぬ! あの若え男はだめだ! 根性がねえ!」
全く関係のない孫に対する愛を叫ぶ爺さんが現れると老兵たちは笑い合うと、それぞれが若い頃を彷彿とさせるような表情を浮かべると、行軍をとめ、迎え撃つ陣形を整え始めた。
「ハルトマン伯爵……」
スグルが思わずそう呼びかけるとハルトマン伯爵は初めて出会ったあの日からは想像できないような表情で答える。
「大丈夫じゃ、私は貴族だ。いざとなったら生き返りの呪文もある。こう見えても魔法の才能はあるものでね。もし私に万が一があったら娘をよろしく頼んだよ、なかなか本心を表に出さない娘だけれどスグル殿に見せる好意は本気のようだから」
「そんなこと言わないでください。かならず生き残りましょう」
スグルのその言葉にはハルトマン伯爵は答えなかった。
スグルは滲んだ涙を腕で拭うとフィンとともに軍の先頭に向かった。
自分自身でみんなを救う”橋”となるために。
すみません、更新頻度がかなり遅くなってます。
私用が忙しいのと、パソコンのバックスペースキーが壊れました。




