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40話 特訓! アルデンヌ動物園。

「なんでしょう。急用とのことですが」


 マルクに屋敷のホールに連れてこられたシットはホールにほとんど勢ぞろいした家臣団を見て目をぱちくりさせた。


「もしかして、また戦でしょうか」


 商人にとって戦争は戦況が良ければ景気も良くなり、武器商人であれば巨万の富を得られるチャンスなので、待ち望んでいる商人も多い。しかし、シットはそうでもなかった。だいたい景気がいいのははじめだけだし、国土が戦場になれば、それは目も当てられない被害が出る。諸手を上げて戦争を喜ぶのは武器商人くらいであろう。というのはシットの言葉だ。


「ちがうわ!」


 ルルは慌てて否定すると、どこで学んだのか商人らしい下卑た笑いを浮かべると、言った。


「ビジネスよ。シット」


「ほ、ほほう」


 しかし、経験の差は大きい。シットの笑みはもっと下卑ている。


「なんのビジネスでしょうか?」


「動物園よ」


 ルルが言うと、シットははて、と言ってつづけた。


「しかし、動物と言っても、ピレネーでは小型の動物しかいないと思いますが」


「いるじゃない」


「どこでしょう?」


「すぐそばよ」


 ルルはニコっと目を細める。


「も、もしや、守護獣を……?」


「ええ」


 シットは冷静な口調で言う。


「たしかに守護獣であれば、珍しさも大きさも十分ですし、お客を呼ぶことはできると思います。しかし、お客を満足させるだけの芸などを仕込めるでしょうか?」


 すると、ルルは大丈夫、と言い、領主らしい、堂々とした態度をとる。


「安心して、シット。それは素晴らしい芸を、完璧にスグルが仕込んでくれるわ」


 うんうん、と聞いていたスグルは唐突に自分の名前が出てきたのでビクッとなった。


「僕がやるんですか?」


「もちろん、できるわよね?」


 その顔はできない、と言った日には生きて帰さないと言われているような迫力がある。

 もちろん、スグルは首を縦に振る。ブンブン風切り音がするほどに……。


「その命、必ずや果たしてみせます!」


「じゃあ、私とシットで5日後には開園するから、しっかり準備をよろしくね。あ~、それと恒常的に開くわけじゃないから、定期的に開いて金を巻き上げるつもりよ、たまにしか見れないプレミアってやつね。それに身分ごとに金額を変えて幅広い層からまんべんなく金を得るわ」


 そういうことで、とルルは言葉を切ると、計画の細部まで詰めるからと言い、シットとマルクを伴って自室へと向かっていった。

 ルルとシットの顔は輝いていたのに、マルクの顔があきらめの表情なのが印象的であった。




 部屋に残されたスグルはすぐそばにいるフィンに泣きついた。


「フィン! 僕はいつから巨人騎士から巨人調教師(テイマー)になったんだよ!」


「いや、巨人騎士も巨人調教師もすごいワードだね。まあ、スグルならすでにベアを手懐けているから芸を仕込むだけじゃないかな」


「確かに」


 スグルは納得するように言った。しかし、次にはまた情緒不安定になって叫んだ。


「って、どうやって芸仕込むんだよ!」


 そんなスグルをフィンは可哀想なものを見る目で見た。


「まあ、それは私に聞かれても分からないかな」


「だよね」


 スグルは納得すると、地球の動物ショーを思い出してみた。


「う~ん、火の輪くぐりとか、ボールの上に乗って進んだりとか」


 スグルが独り言のようにつぶやくと。


「それ、いいじゃないか。もし実現できれば人気が出るのは間違いないよ」


「そうだよね、やるしかないか!」


 そう言うと、スグルとフィンは二人でしてベアに芸を仕込む決意を固めた。


 


 動物を調教するならば餌を上げるタイミングが大事だとスグルは思う。地球では特にペットを飼ってなかったスグルでもテレビの動物番組でショーをこなす動物たちが、芸を一つ終えるごとに餌をもらっていることは知っている。そういうわけでスグルは魚の入手をベンに頼んだ。


「ベン、フェリスの面倒を見ているのはお屋敷のメイドさんに任せて、バケツ一杯の魚を買ってきて」


 アルデンヌ屋敷にもメイドはいる。しかし、スグルの期待していた妙齢の美人メイドさんではなく()()の技を持った優秀なメイドさんである。まあ、現実はそんなもんである。ともあれ、彼女であれば愛しのフェリスを預けても問題あるまい。


「分かったよ、スグル様」


 相変わらず、タメ口ではあったが、呼び方が兄ちゃんからスグル様になってるところからも少しベンの成長がうかがえた。

 

「いってらー」


 スグルとフィンはベンを見送ると、芸の仕込みを相談した。


「やっぱり、守護獣と言えども火は怖がるかな~」


「まずは慣れさせないといけないかもね」


 フィンも同意というように答える。


「ボール乗りも相当練習しないと厳しいかな」


「人間でも難しいよ」


 だよねえと思う、こうなると、やはり一番悪いのは。


「5日は相当厳しいよね」


「「はあ」」


「ルル、ほんとに僕たちを振り回すお姫様だよ」


 


 しかし、そんな心配は不要だったようだ。

 スグルの巧みなモフモフスキルとフィンのコントロールの効いた魚の投擲によって、ベアは驚くほどのスピードで技を習得したのだ。


「くぐれ!」


「クマ!」


 ベアの巨体が空を舞い、体の大きさと同じくらいの輪を見事に潜り抜ける。


「よし、いいぞ!」


 火の輪くぐり、完璧である。さすが、ベアは守り石を守るのが役目だけあって火など恐れないらしい。

 すかさずフィンがご褒美の魚を投げる。


「くぅま!」


 可愛い顔でベアは魚を頬張る。


「よし、次はこのボールに乗るんだ!」


「クマ、クマ!」


「よし、いいぞ、そのまま静止だ」


 ベアは四本脚をボールに乗せて動きを止める。


「よし、前足を上げて」


「クマ!」


 スグルにとっては子犬が前足を上げてボールに乗っているような感じだが、小人サイズの民たちには迫力満点であろう。


「こっちにきて!」


「クマ!」


 ベアは器用に後ろ脚を動かしてスグルのもとへボールを転がして行く。


「完璧だよ! ベア! みんなベアの賢さと可愛さにイチコロだよ!」


 スグルたちはいつでも準備はできたと、開園の日を芸を磨いて過ごすことになる。


 

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