39話 始動! アルデンヌ動物園。
「……」
ルルは王都から帰ってきてからずっと普段のお転婆加減はどこへやら、窓の外を見ては切なげなため息をついてみたり、最近、少しづつその鱗片を見せ始めた色気という最強装備をあたりに振りまきながらスグルを悩ませていた。
「ルル、よければ、散歩でも行かない? いつかみたいに領地の視察でも」
屋敷のホールでスグルがそう呼びかけてみても、ルルはうなずかない。いつもは必死にルルの視察を止める立場であるマルクもスグルの横でどうしたものかとスグルと目を見合わせる。
「帰ってきてからずっとこんな感じですが、何か心当たりありますか? 私としてはいるべきときにちゃんと屋敷にいて仕事をしてくれるのでありがたいのですが……」
マルクにとってはルルが落ち着いていて仕事をするというのは願ったりかなったりなのだが、しかし、こうも切なげにされるとどうも落ち着かない。
「うーん、ギルに求婚されたり、王子様に求婚されたり、ぼ、僕に求婚されたり……」
「スグル殿がルル様に求婚したとはフィンから聞きましたが、ギル、そして王子様、よく正面から戦いを挑みましたね。というか、これはすごい組み合わせですねえ」
マルクは苦笑いになりながらそう言う。
そんな風に話しているとピレネーの守護獣であるベアがルルを励ましたいのかルルのそばまでくるとルルをペロペロとなめだした。
「やッ、ちょっと! ベア、も、もぅ」
ルルはくすぐったいのか体をくねらせながら抵抗する。しかしやはりまんざらでもないのか最終的にはベアをモフモフし始めた。
というか、ハアハア言いながら体をくねらせるものだから、スグルにはそれがとてつもなく見てはいけないもの……エッチに感じてしかたなかった。
そんなわけでスグルが目を見開いて少しの光景も目に焼き付けるべしと凝視していると、ルルが思いついたというように叫んだ。
「いいこと思いついたわ!!」
スグルとマルクは心配してたのに、いきなり元気になったこの少女を見て今度はなにに巻き込まれるのだろうとかなり恐怖を感じた。
「な、なにを思いついたんですか?」
いつも、特にルルの横暴に振り回されているマルクが聞くと。
「動物園よ!」
そう言うとマルクは怪訝な顔になった。
「動物の集まる場所ですか? 動物なんて見てなにが楽しいんですか?」
「え? 動物園しらないの?」
ルルは不思議そうに聞く。
「僕の世界には動物園、あるよ。それに大人気だ」
スグルが言うと、ルルも同調するように言う。
「私、ベルデ王都にある動物園に小さい頃お父様に連れて行ってもらったの。楽しかったわ。平民もたくさんいたから大衆の娯楽だと思っていたのだけれど」
「小さい頃って、今も小さいですよね。いろいろと」
もう、何度目であろうか、スグルはまた、ルルのコンプレックスのど真ん中を突き刺すように余計な一言を発した。もう、これは一種の病気かもしれない。
「スグル、今何つった?」
それは、お嬢様が発する口調ではなかった。
「今も、小さいと言いました」
「一応、聞くけど、な”に”が”?」
スグルは必死に考えた。無駄かもしれないけど考えた。
「そ、そのきれいにくびれたウエストとか、きれいな小顔とかあッ!」
ルルはスグルが必死に考えて言った、核心ではない小さいものを発言中に理不尽にもスグルの脛に回し蹴りを叩き込んだ。ご令嬢が学ぶはずもない回し蹴りであったが、ルルの怒りと天性の才能でそれを可能にした。
恐ろしいことにスグルの巨大さにも関わらずそれはスグルに耐え難い痛みを与えるほどのものであった。
「ぬ、ぐぬあああああああ。うぅうぅうぅッ!」
そんな風にスグルが床でのたうち回っていると、入室するタイミングを計っていたのか、フィンが必死に笑いをこらえているような顔で報告しに来た。
「ルル様、領地に異変はありません」
フィンやスグルは定期的に領地を巡って異変やトラブルがないか見て回るのも仕事なのだ。
「ありがとう、フィン。あ、そうそう今ちょうど話していたんだけど、フィンは動物園知ってる?」
ルルは、床でのたうち回るスグルを無視するとフィンに尋ねた。
「そうですね、知ってはいますが、リトリア王国では大型の動物も少ないですし、動物を見るよりも物を作ったり、所有したりするのに価値を見出す国民性なんで、リトリアでは聞いたことないですね」
「これは、ビジネスチャンスね」
ルルはすごく悪い笑みを浮かべた。
「マルク! シットを呼んできて!」
シットはシット商会の代表でもあるのでいつも屋敷に詰めているわけではない。大体週の半分ほどをルルの屋敷で過ごす。
「かしこまりました」
そうして、ルルの金もうけ計画は始動した。
よくよく考えたら冬も序盤という設定なのに王宮のパーティーが窓全開で庭も使って行われるのはいろいろアレですね。王都は冬でもわりと温暖という設定ということにしておいてください……。




