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29話 研究

 アルデンヌ家の秘書官であるマッド。そんな彼はたった今、森の奥に建てた平屋建ての建物……。彼が言うにはピレネー研究所であるその建物で、その主人であるルルに対して土下座していた。果たしてそれは見事な五体投地であった。


 なんで私のお家来衆はそろいもそろって土下座……それも五体投地をする習性をもつのかしら。

 ルルは切なげにそう思いながら原因を考えた。


 私がSキャラだからかしら。と最近ひそかに平民の中で流行っている()()()()本の知識からSキャラというルルからしてそんなに正解とは言えないことを思い浮かべながら、ルルは目の前の光景に盛大にため息をついた。


「あのね、マッド。私はまだ一言も出資する、しないを言ってもないし、そもそもちょうどこの建物に入ったばかりなのだけれど?」


 そうなのである。ルルに敵の新兵器について説明もとい研究のための出資をお願いするための話し合いがしたいということでマッドはルルを研究所まで呼び出していた。

 そうしたら、ノックしても反応がないものだからルルがドアを開けて入ったら五体投地のマッドがいたわけである。


「はあ、とりあえず何か言ってみて? ね?」


 あきれたルルが聞くとマッドは顔をあげるとまるで懐いた犬のような目をしてルルを見た。


「実は敵の新兵器は守り石を動力として使っているようなのです」


「そうなの? そんな情報聞いてないけど」


 ルルが怪訝そうに聞くとマッドは答えた。


「アカデミーの元同僚から聞きました」


「それって……。まったくリトリアは機密情報をしっかり管理してないのかしら」


 ルルが呆れていると、マッドが「それで」と切り出した。


「で、私、守り石を人工で合成する研究をしたいと思いまして」


「万が一、守り石を合成できれば農業にもその新兵器にも活用できるのでそれは膨大な利益を生み出すでしょうね。でもね、マッド。一体いくらかかるのよ。そんな研究! 国に要請しなさいよ!」


 そりゃあ、最近お金に余裕ができたからと言ってそんな大規模な研究費を出せるほどピレネーには財政に余裕があるわけでもなかった。


「ルル様、私がアカデミーを首になった理由を存じていますよね?」


 ルルは記憶をさかのぼって思い出してみた。


「王国立ホールを爆破したらしいわね」


「さすがルル様、わかっていらっしゃる。そんな聡明なルル様なら私に出資してくれる貴族様はご自分しかいないということをわかってくれますよね」


 マッドはしれっとそんなことをのたまった。


「あのねえ」


 ルルが思わず断ろうとしたら、一緒に来ていたスグルが口をだした。


「ルル様、出資しましょう」


「スグル?」


 スグルがいきなり会話に入ってきたので思わず聞くとスグルが答えた。


「僕の世界では科学をおろそかにして戦争に負けた国があります」


 スグルは異世界転移した前日にやっていたテレビで、日本が画期的なアンテナ技術を発明したにも関わらず、価値を見出すことができず、それが外国で脚光を浴び研究されたことによって結果的に軍事レーダー技術の差として現れたという感じの話を思い出していた。


「科学は大事ですよ」


 スグルはちょっと賢そうに言ってみたかっただけであったがそれをマッドは最大限に利用した。

 マッドはニヤッとした笑みを浮かべると、感動したというように両手を広げながら叫んだ。


「スグル殿、いやスグル様! さすがお貴族様! そうです科学は大事なのです!」


 マッドが大げさに褒めながらルルをチラチラみると。


「ああ! もう! 分かったわよ!」


 何気に押しに弱いルルは次には出資を決める声をあげていた。


「シットにお金を借りるしかないわね」




 そののち、シットにお金を貸してもらう交渉をするためにルルがシットに話を切り出すと、シットは満面の笑みになって答えた。


「いやいや、ルル様。もちろんお金は出しますよ。金利もとりません」


 あんまりにもルルにとって条件が良かったのでルルが不思議に思っているとシットが続けた。


「ただし、守り石を合成することができた暁には国内、国外での守り石取引の際は我がシット商会を通して行うということでお願いします」


「それが目的なのね」


 商人らしい利に聡い様子にルルが思わず苦笑いになると、シットはその小太りの体で胸をはると言った。


「ルル様、それだけじゃないですよ。守り石が流通して農業がより盛んになれば、もちろんリトリアの食糧庫たるルル様の利益にもなりますし、肥料を売る私共の利益にもなるのですよ。まさに一石三鳥です」


「さすが商人ね。私はそこまで頭が回らなかったわ」


 ルルが感心しているとシットは言った。


「ルル様、貴族が商人の視点で物事を考えられるというのは相当なメリットですよ」


「そうね、商人の視点も私に教えて頂戴ね。これからもよろしくねシット」


「ええ、もちろん」


 そうして、物事はすっかりマッドに都合良く進んだのであった。



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