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2話 約束

「あの! 本当に敵でないなら私のお願いを聞いて!」


 スグルを見上げそう叫ぶ少女は見るからに貴族の令嬢であった。

 背の高さは25センチ前後であろうか、そのサイズ感を無視すれば美少女としか言いようのない容貌の少女である。風に吹かれ時々その長い赤髪に隠れるその目が今にも涙で決壊しそうな様子にスグルは少しアワアワするように続きを促す。


「ど、どういったお願いかな?」


 気持ち程度に腰を下げて尋ねる。


「私達をリトリア王国まで護衛してほしいの」


 リトリア王国? はたして小人の国の名前なのだろうか? 疑問に思いながらもスグルは答えた。


「もちろん、かわいい女の子の頼みならば受けるのも吝かではないけどなにか見返りはあるのかな」


 スグルとしても海で溺れてその身そのままの状態である。せめて衣食住の保証くらいはしてもらわねば困ると思っていた。

 本人は衣食住を気にするくせに全くその不思議な状況に気付いてないけれど、スグルは海で溺れたはずなのになぜかジャージの上下を身に着けていた。


「わかったわ。私達を無事にリトリア王国まで送った暁には衣食住の保証と私、ルル・アルデンヌのお抱え騎士にすることを約束するわ」


 お抱え騎士がどのような扱いなのかは分からないが、きっと悪い待遇ではないのだろう、スグルはルルと行動をともにすることを決めた。


「わかった、リトリア王国まで僕が連れて行くよ、僕はスグル、これからよろしくね」


 学校の成績はお世辞にもいいとは言えないスグルであったが、人はだれしも少しは良いところがあるのである。スグルで言えば、その高校生らしい妄想力で培った、異世界への適応力といったことだろうか。


「私はアルデンヌ家が三女ルル・アルデンヌよ、これからよろしく頼むわ」


 ルルは隣を見るとサイズを気にしなければスグルと同世代であろう青年に目を向けた。


「私は、ルル様のお付き騎士、ギルだ。君とはこれから同僚ということになるね。先程は本当にありがとう。君が現れたおかげで命拾いしたよ、そして先程は剣を向けてすまなかった」


 金髪に青い瞳をした美青年、ギルは顔でこそ微笑んで挨拶をしているが、悔しいのはよくわかった。目が全く笑ってない。


「よろしく、じゃあ僕に乗ってもらうね」


 そう言うとスグルはルルを手の平に載せ左肩に、それからギルを右肩に載せた。


「ここからまっすぐあの2つの三角の山の間、そこがリトリア王国への道よ、よろしくね」


 ルルの耳元で囁かれる鈴の音のような声がどうにも心地良くて思わずスグルがニヤけると、右耳から「オイ」というギルの声が聞こえてきた。

 うん、退屈しない旅ができそうだな。と、スグルは思うのであった。



 スグルがのしのしと歩いていると、ルルが口を開いた。


「いまさらだけどスグルは巨人なの?」


 ルルがあまり驚いていないように見えるのも巨人がこの世界では当たり前の存在だからだろうか、チッコイ兵士の態度を見るにそうは思えなかったが。


「人間のつもりなんだけど、この世界では巨人みたいだね。信じてもらえないかもしれないけど僕は別の世界から来た君たちと同じ人間だよ」


「こことは違う世界から来たってこと? 素敵ね」


 ルルに能天気に返されると異世界にきたのもどうでも良いことのように感じてくるから不思議だ。


「スグル、ルル様は常識知らずな上に夢見がちなところがあるんだ。だから素敵とか、災難なことにもこんなことが言えるんだ。私も巨人なんておとぎ話の中での話だと思っていたけど、そうか、別の世界から来たのか、それでもいまいち信じられないが、おとぎ話よりは説得力があるよ」


 一人ぼっちでこの世界にきてお互いがわかり合って信頼し合う主従の仲を羨ましいと感じるスグルだが、いくつか気になることがあるとスグルは口を開いた。


「そういえば、なんでルル様たちは追われていたの?」


 まずはこの質問だろう、スグルは左肩にすわるルルをちらりと見ながら質問した。


「私もすべて知っているわけではないのだけれど……。私達アルデンヌ家はベルデ王国に所属はしているけれど昔からとなりのリトリア王国とつながりが深かったの、ベルデ王家もそのつながりを重要視して両国は私達の家を通して外交をしていたの……。」


 そこでルルは一度言葉を止めて、言葉を探しながら続けた。


「だけど三年前王位が変わって強硬路線を推し進める現王になったの、そこで外交優先で邪魔なお父様は謀反の罪をなすりつけられて処刑され、お兄様やお姉さまたちの所在もわからない、それが今の私よ。リトリア王国に着いたら、戦争が始まるかもしれないわ」


 スグルはなんて強い女の子だろうと思った。少なくとも自分なら父親が殺されてこんなに冷静ではいられないだろう。


「戦争か……」


 曲がりなりにも自分は男だ。とスグルはこの小さな強い女の子を守りたいと心から思った。



「そろそろ距離は稼げたようね。休憩しましょう」


 深夜の行軍もひとまずここまでのようだ。スグルは森の木々が開けている場所を見つけると腰をおろした。左肩のルルを下ろして右肩のギルをおろそうとするとギルは大丈夫と言うように片手を上げると肩から飛び降りた。


「ありがとう、落ち着いたところでもう少し情報交換しましょう」


 ルルの一声でスグルたちは情報交換することになった。



「へー、スグルの世界では空を飛ぶ鉄の箱や、信じられないほど遠くの人と話せる道具があったりするのね」


 ルルが興味津津といったふうに目を輝かせる。


「ルル様、どう考えてもウソです。からかわれてるだけですよ」


 ギルがやれやれと言ったふうにため息をつく。


「ウソではないんだけどなー。まあいいや、で、ずっと聞こうと思っていたんだけどこの世界って魔法とかってあるの?」


 スグルはここで一番気になっていた質問を投げかけた。


「魔法? あるわよ。魔法が使えるのが貴族で使えないのが平民よ」


 魔法はあるようだ。しかし、なぜ魔法があるのなら先程の戦闘で使わなかったのだろうか。気になったスグルは尋ねる。


「え? 魔法はその土地の守り石に魔力を込めて土地に恵みをもたらすものでしょう? それ以外なら生き返りの呪文くらいしかないけどこれはおいそれと使うものではないし」


 魔法はそれしかないのか、残念に思いながらも、おいそれと使えないというところに疑問を感じたスグルは尋ねた。


「なんで生き返りの呪文はおいそれとつかえないの?」


「そもそも、生き返りの呪文は一生に一度しか使えないし、死んでから30秒以内にかけないといけないという制約があるの、それにこれが一番大きいんだけど、ほとんどの貴族にとっては自分が小さいときに自分自身に使う呪文なの。」


 自分自身に使うとはみんな一回死んでいるのだろうか、スグルが疑問に感じているとルルは説明を続けた。


「多くの貴族は幼少期に自分自身の魔力を制御できなくて死んじゃうの、そのときに呪文を使ってしまうから、生き返りの呪文は使える人は少ないし、めったなことでは使わない。私もギルも使えるけど、そうとうなことがない限り使わないつもりよ」


 なるほど、この世界の魔法はスグルのような地球人がおもっているように都合の良いものではないようだ。


「それにしても魔力を道具に込めたりはできないんだね」


「うん、研究はされてるみたいだけど、できないみたいね、だから私達貴族と平民は片方に力がありすぎることもなく、相互に支え合えるということでもあるのだけれど」


 スグルは魔法は平和利用されていても結局は戦争になるのかと、すこし寂しく感じた。



 夜明けまで睡眠をとることになり、スグルがひとり異世界転移で地球に帰れないことに寂しさを感じていると起きていたらしいギルが話しかけてきた。


「ルル様は強いお方だ。しかし、弱いお方でもある。」


 ちらりとルルの方を見る。先程の明るい様子がウソのように不安そうな表情をして眠っていた。目尻が微かに光った気がした。泣いているのかもしれない。


「自分で抱え込んで弱さを見せない。貴族としては正しい対応だが、私は自然な笑顔でいてほしいと思っている。自分に力がないのが悔しい、本当は私が守りたい。しかし、恥を忍んで頼みたい、ルルを守ってくれ」


 本当に悔しいのだろう、青い瞳は真剣で手を強く握りしめながら頼み込んでいる。


「僕もできるだけ力になるつもりだよ、なにしろかわいい女の子の笑顔はそれだけで価値のあるものだもんね」


 スグルが耳元で囁かれたときのようなニヤニヤ顔をしながら答えるとギルはしかたないやつだなという風に笑った。


「約束だ。私達も生きて、ルル様を守る。これはこの国の約束の作法なんだけど、拳を前にだしてくれるかな、」


 スグルは言われたとおりに拳を前に出す。


「約束だ」


 小さなその拳とスグルの大きな拳がぶつかった。巨人のスグルには軽い衝撃であったが、不思議とずっしりとした重みを感じる拳であった。


「こちらこそ約束だよ」


 異世界人の巨人と小人騎士の約束が結ばれた瞬間であった。

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