26話 突撃
突撃の鐘がなった。スグルは鐘の音に覚悟を決めると、少し前にイェーツからもらった盾というにはあまりにお粗末な出来の板を握り締めると全力で走った。
「巨人様が突撃したぞ! 後ろに続け!」
民兵たちもスグルの後ろが一番安全だとわかっているのでルルの護衛を除いた900人のピレネー軍は上から見ると槍のような形になり突撃した。
「どけ! 蹴っ飛ばすぞ!」
相手陣地が迫るとスグルは普段は決して使わないような乱暴な口調で叫んだ。
「列を作って進行を止めるんだ!」
「止まれ!」
しかし、行く手を塞ぐ敵部隊は素早く防御陣地を敷くとスグルに相対した。
「クソッ!」
スグルは仕方ないと足を振り上げるとそのまま敵を吹き飛ばした。
すでにいくつかの部隊を壊滅させながらスグルを先頭にピレネー軍は突撃を続けていた。
ベルデ軍も体を張って止める作戦に出たが巨人の突破力の前には無力であった。
「なんて破壊力だ……。巨人の進路上にいる部隊は敵を止めるように列を作れ! 他は弓で射かけよ!」
相手司令官はもはや勝ち戦だと思っていたこの戦いに規格外ともいえる巨人が出てなお勝利を手繰り寄せようと策を考えていた。
「何十人の肉の壁が何の障害にもならないとは」
ベルデ王国のこの将軍は百戦錬磨の名将であったが、それでもなお巨人の前にはなすすべがなかった。
巨人兵は従来の戦法を覆すほどの存在であった。
「たとえ、負け戦になったとしてもあちらの戦いで勝利を収めれば我々の戦術的な勝利だ。すまぬ、将兵たちよ。駒になってくれ……。わしも一緒に逝こう」
この将軍に課された命令は敵主力を連絡のあるまで引き付けることであった。
「はやく、終わらせてくれ……」
~ハルトマン伯爵視点~
私のような弱小領地にも出兵命令がでるなんてと思ったが命令は命令だ。出兵せねばならぬだろう。
私は唯一の跡取り娘、18になったばかりのリリーに領地を預けると歩兵800を引き連れて参陣した。
どうせ国境での小競り合い程度だろうと思っておったんじゃが、
しかし、それは王都に危機が及ぶような大規模な戦闘であった。
歩兵を徴兵するお金をケチって800人しか連れてこなかったことをこれほど後悔することになるとはな……。
そんなこんなで私は到着するとすぐに少し前に突撃した部隊に続いて突撃せよと命令を受けた。
正直、目の前に見えるあの砦のような敵本陣を800人が追加で攻めたところでどうなるというんだとは思ったんだが、侯爵が相手じゃ文句は言えまい。
私は突撃を敢行したが、たかが800人。敵陣中央で敵に囲まれるとそのままただ、数を減らすだけの消耗戦となった。
私は陣の中央でただ、娘のことを考えた。60近くになってようやく生まれた世継ぎ。まだ18の娘。領地を切り盛りできるのであろうか。孫の顔が見たかったな。と私はただこの後の死ぬ運命に世の無常さを感じていた。
ああ、隣の領地のルルだったか、あいつは娘と同じくらいの年だったな。もう少し仲良くして娘を頼んでおけばよかったな……。
私がちょうどそう思ったとき、奇跡が起きた。
「突入!!」
スグルは孤立していた味方部隊を見つけるとその包囲網を突破してそのまま中に入った。
「巨人!」
スグルの見覚えのあるその男――ハルトマン伯爵は目を丸くしてそう叫んだ。
「助けに来たよ」
「なんと、なんとありがたい! 娘と結婚してほしいぐらいだ!」
奇跡の命拾いをしたハルトマン伯爵は顔を涙と鼻水でぐじゃぐじゃにしながら叫んだ。
スグルは苦笑いになると言った。
「僕には思い人がいるので! そんなことより、このまま合流して本陣に突っ込みます!」
すると、命拾いしたハルトマン伯爵軍はぐしゃぐしゃの顔を袖でふき取ると力強い声で叫んだ。
「わかったぞ。皆の者、巨人に続いて突撃じゃ!」
「おーーーーーーー!!」
「どうやら、ここまでのようだな」
後方で作戦立案にかかわっている士官たちの小さな泣き声の中でその名将と呼ばれた男はつぶやいた。
「私は最後の最後で命令を果たすことができんかった」
この名将に与えられた命令は連絡あるまで敵主力を引き付けること。しかし将軍は、
「退却だ! 中央が突破された今、敵が後詰を繰り出したらわが軍は壊滅するであろう。これからは副官のマルケスに指揮権を委ねる。各々動け!」
そう言うとこの名将はすぐ本陣まで迫っている巨人の前まで出た。
「私が攻める側なので言葉の重みが軽いが、これ以上死人を増やしたくはない。どうか退却するわが軍を追うのはやめてくれ。代わりに私の命を差し出そう。これでもベルデでは名の知れた将軍なのだ」
「クリストファー将軍!」
ギルが思わずという風にその将軍の名前を叫んだ。
「有名な人なの?」
スグルが聞くとギルは落ち着きを取り戻した口調で答えた。
「有名もなにもベルデ王国軍で一番上の人物だよ」
「リトリアで言うヴィルヘルム様みたいな?」
「そうだよ」
クリストファー将軍はギルを見ると記憶の片隅にあったその記憶を思い出すと言った。
「アルフレッド子爵の……」
「その話はよしましょう」
スグルはギルの過去の話が気になったがギルのただならぬ感じに聞くのをためらってしまった。
スグルは話題を変えるように言った。
「クリストファーさん、投降しましょう」
「無理だ。捕虜になるくらいであれば私は死ぬ」
「命が最も大事なものでしょう」
スグルが言うと将軍は自嘲するように言った。
「私の今までの指揮で何人の人を殺したと思うか?」
「わかりません」
スグルが答えると将軍はゆっくりとした口調で答えた。
「何十万人だ。策が成功すれば敵を殺し、失敗すれば味方を殺す。人を殺していれば間接的にその家族を貧しさで殺したかもしれない。その人から生まれるはずだった命を殺したかもしれない。私の罪を償うには名将のまま死なねばならない。それが死んでいった者たちの名誉を守るからだ。だから私はそなたに討たれるか自分で死ぬかの選択しかできない」
「罪を背負って生きればいいじゃないか!」
「どうしても殺してはくれぬようだな」
そう言うと、将軍は短刀を取り出すと自分の胸に突き刺した。
「私の首を持っていけば、領地だって手に入るだろう……巨人よ、罪を背負って生きる。私にはそんな勇気はないよ」
そう言って名将は救われたような表情で息を引き取った。
名将の最期には敵味方関係なく誰もが深い悲しみを感じた。
その数分後、退却するベルデ軍の司令部にはクリストファー将軍の訃報が届いていた。
意気消沈した司令部の士官たちはそれでも退却を続けた。
そんな司令部に待ち焦がれていたはずの連絡が届いた。
「報告、別動隊から作戦成功の連絡が届きました!」
「報告ご苦労」
連絡員が場を辞すとマルケスは人目も憚らずに言った。
「あと数刻連絡が早ければ……。クソッ!!」
副官が怒鳴るとそばの士官がでも、と言うと言った。
「クリストファー将軍。最後の戦いも勝利で終えることができましたよ。生涯無敗の将軍など世界で一番も同然ではないですか……」
スグルたちが本陣に戻ると、退却するベルデ軍に追っ手をかけようにももう動かせるような兵のいないリトリア軍は追撃することができなかった。
「クソ! 私の戦略で敵を追い返せたというのに!」
イェーツ司令官は叫ぶように言ったが、周りの士官たちはどの口が言うと思っていた。
「報告! 南西にベルデ軍が侵攻! 王都から対応に当たったヴィルヘルム将軍軍が対応しましたが……」
「ふむ、追い返したのだな。さすがヴィルヘルム様」
そうイェーツが言うと連絡員は首を振って言った。
「少数のベルデ王国軍と交戦したが敗北。南西を制圧されましたがその日のうちにベルデ軍は退却しました」
「おぬし、なんと言った?」
「ヴィルヘルム様が敗北しました」
「一体! 何が起きたんだ!」
ベルデ王国の戦術的勝利で一時的に戦争は終結した。
しばらく忙しそうなので更新頻度落ちます。




