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25話 突撃前

 布陣命令を下された地点へ向けてルル達が向かっていく道中、すでに友軍の劣勢の様子はこちらまで届いていた。

 防御陣地を築いたベルデ王国軍に対して突然の出兵に慌てたリトリア王国軍は兵力を逐次投入したため、ただでさえ相手の方が戦力があるにも関わらずその戦力をいたずらに減らしていた。

 すれ違いざまに負傷して前線に残れなくなった兵士たちがこちらを見てひどく気の毒そうな顔をしているのがこちらの劣勢を如実に表していた。

 

「戦線はかなりひどい状況のようね」


 ルルがつぶやくように言うと、戦術を心得ているフィンが言った。


「すれ違いに聞く情報によると、相手は国境線を超えて王都に睨みを利かせられる地点に着くとそのままそこに布陣して守りの態勢に入ったとか。この、いつ雪が降りだしてもおかしくない時期には考えられない行為ですよ。相手の目的が分かりません」


「そうね……。理由がわからないわ。とりあえず言えるのは、もうすでに相手に陣地を築かれたから、相手を追い返すのは難しいということね」


「まるで兵站のことをを考えてない時期に出兵してきたのでおそらく短期決戦のつもりなのだと思いますが……」


「そうね……。すぐに終わればいいのだけれど、指揮権のない私たちが考えてても仕方がないわ。とりあえず、友軍に合流しましょう」


「ええ」


 


 しばらく進み、味方の陣地につくとそこはすでに多くのものが負傷していて思わず鼻を押さえたくなるような腐臭が漂っていた。


「戦争ってこんなに悲惨なものなんだね」


 スグルが思わずつぶやくとルルも「そうね」と言うと言った。


「私も本物の戦争は初めてよ」

 

 スグルとルルが現実を目の当たりにして棒立ちになっていると壮年のこの戦場には似つかわしくないほどに綺麗な鎧をまとった男が近づいてきた。


「やあやあ! これは聖女の誉も高きピレネー領主ルル様にその巨人騎士のスグル殿! お待ちしておりましたぞ!」


 周りの惨状を気にもせずに大声で笑いながら語り掛ける人物にルルが言葉を発せずにいると、壮年の男は自分の名前を知らないと勘違いしたのか名乗りを上げた。


「ああ! 私をご存じないか! 私は王国騎士団次席のイェーツだ。領主会議の際は不在のヴィルヘルム様に代わって王都守備隊を率いていたので面識はないのも当たり前だったな! 今回の戦ではヴィルヘルム様が軍隊を編成するまで臨時の将軍として役目をになっておる」


「私はルル・アルデンヌ。ただいま、参戦しました」


 ルルが内心この将軍は好かないわと思っていると、将軍が大声で叫んだ。


「そなたに期待した素晴らしい作戦を考えていたんだ! これが成功すれば戦況はひっくり返るぞ!」


 ルルとフィンはなにやら嫌な予感を感じると、お互い目を見合わせた。



 嫌な予感というものはよく当たるもので作戦はひどくお粗末でひどいものであった。



 巨人であるスグルの突破力を利用して正面から敵を粉砕すべし――言ってしまえば()()であった。



 そんなひどい命令であっても貴族にとって命令は絶対であった。それが特権を受ける者の義務であるからだ。


 しかし、そんな建前としてもルルにとってそれは耐え難い命令であった。


「みんな、突撃命令がでたわ。もし、逃げたとしても私はあなた達を責めません」


 ルルが陣頭でそう言うと民兵たちは覚悟を決めた面持ちで答えた。


「領主様を見捨てるわけにはいかねえ」


 いくら農地改革などで領民に恩恵があったとはいえ多くの農民は戦争に参加するのを拒んだ。しかし、それでも多くの参加があったのは参加したものらにそれぞれ理由があったからだ。

 一人は、他の領地で食いっぱぐれる所をルルの政策で助かったため。

 一人は、故郷と家族を守るため。

 一人は、馬鹿にする人を見返すため。

 それぞれのものがそれぞれの理由を持ってこの場に挑んでいた。いまさら退くものはここにはいなかった。


「ルル様、僕たちに任せて、陣地に残ってください」


 スグルが言うと、ギルもフィンも賛成した。


「それがいいです。ルル様、私もこの戦場では守り切る自信はありません」


 フィンがそう言うと、ルルは首を振ると言った。


「あなた達を死地に向かわせるのに私が向かわないわけにはいきません」


 ルルがそう言うとギルが怒気をはらませた口調で言った。


「ルル様、あなたには安全なところにいて生き残ったものには労いを、そして死んでいったものには弔いをする義務があります。一緒に行って少しでも気持ちが楽になる気持ちはわかりますが、甘えては駄目です。それが貴族の義務です」


 スグルが思わず「言い過ぎだよ!」と叫びそうになるほどにそれは厳しい言葉であった。

 しかし、ルルは「貴族の義務」と繰り返すと、うなずき、


「私は陣地に残る。だけど、約束して、絶対に生きて戻ってきて」


 ルルの目に涙が浮かんでいるのを見てスグルは生きて帰ろうと強く思った。

 それは、ギルもフィンも同じであった。



 突撃を控え、スグルが準備をしているとついてきていたスミスが「こっちに来な」と言って手招きしてきた。


「どうしたんです?」


「いやー、時間がなかったものだからあまり出来が良くないかもしれねえが。頼まれたものを作ったぜ」


 そう言ってスミスが指さす方には木靴のような金属と革でできた靴があった。


「オーガスパイクだっけか? つま先の金属の鉄板にバネを仕込んだりして殺傷能力を押さえたぜ」


「ありがとうございます」


「これは戦いに行くための道具を作った俺が言うのもなんだかあれだが、生きて帰って来いよ。みっともなくていいから。これでも俺、お前のこと気に行ってるんだからな!」


 スミスがあまりにもツンデレっぽい発言をするからスグルが思わず笑ってしまうと、スミスはなんだよーと言いながらも続けた。


「俺は、武器を作らねえとか言ったけどな、戦地に来てみるとやっぱり武器を打ちたくてしょうがない気持ちになった。だって、俺が武器を打てば知ってるやつの命を守れるかもしれないんだ。その代わりに知らん誰かが死ぬとしても俺は武器を打ちたいって思った」


 そんな自分が嫌いになるな! とスミスが自棄になったような声で言うと、スグルは言った。


「スミスさん、僕はそれも立派なことだと思いますよ」


「そうかもな、それも立派かもしれねえな」


 スミスは自分を納得させるような口調で繰り返すと、簡易鍛冶場をつくると陣地の奥へ向かっていった。



「この靴、すごく履きやすいな」


 スミスが作った靴は木靴のように硬い履き心地にも関わらず不思議とフィットした感覚があった。


「これから僕が先頭になってあの丘を攻めるのか」


 そう言ってスグルが視線を向けた先には強固そうな陣地が築かれていた。


「僕は今日初めて人を殺すかもしれない」


 思わずつぶやいたその事実にスグルは不思議なほど自分の気持ちが冷めているのを感じた。


「スグル、私もいまだ初めて人を殺した時の手の感覚が忘れられない」


 ギルが以前倒したあの指揮官のことを思い出して言うと、太鼓が鳴り始めた。


「突撃の号令がかかりそうだね。生きて帰ろう。ルル様をまた守るために……」


 そして次には突撃の号令が下された。

 

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