22話 贈り物
スグルは歩いた。歩いて、歩いて、さらに歩いた。そしてたまに左耳で囁かれるルルの「頑張って」という言葉を聞くとさらに歩いた。
隣で馬車を引いているシットと乗っているベンは快適そうに過ごしている。であるからしてスグルがこの歩き続ける苦しみを分かち合えるのは今も隣を走る馬であった。そう、馬。スグルは自分が実は騎士ではなく、馬なのではないかと思い始めていた。
もう、いったいどれくらい歩いただろうか、とスグルが思った頃には3日が過ぎていた。
ルルは確かに巨人の足で3日の距離だと言っていたはずである。しかし、まだ先は遠いらしい、嘘だ! と叫びたかったが、スグルは我慢した。
4日目にはスグルはなんとなく馬の気持ちがわかる気がした。あ、今にんじん食べたいって思ったね? という具合である。スグルはもう限界だというようにルルに叫んだ。
「ルル様、3日って言いましたよね! 3日って!」
スグルがそう叫ぶとルルはあらと言った風にすました顔で言った。
「巨人の足でね。馬の足で3日とは言ってないわ」
ルルは馬車を指さしながら言った。
「そんなの屁理屈じゃないか!」
「あら、事実じゃないの」
いくら温厚なスグルでもこの扱いには怒った。もう、ルルをいじ、いじめてやるんだから! とスグルは思った。
「やっぱりルル様ってやさしさが足りないですよね」
「なによ?」
いきなりスグルが語り始めるのでルルは警戒するように言った。
「やっぱり女の人のやさしさって母性みたいなものを感じますよね」
「そうね」
ルルがうなずくとスグルが核心に迫る発言をした。
「やっぱりやさしさって女性らしさって感じがありますし、やさしさがないと胸が成長しないんですかね」
それはどう考えても貧乳なルルのことを指していた。ルルは思わず自分の胸を見ると顔を真っ赤にした。
「それってどういう意味」
「いや、そういうものかなあと、身近な例を踏まえて思ったわけですよ」
ルルは顔を真っ赤にしたまま眉をピクピク震わせると、怖いほどの笑顔になると尋ねた。
「身近な例って誰なの?」
「さあ、だれでしょう?」
疑問形に疑問形で返すというのは最高に相手をいらだたせる行為であって、スグルはルルを少し舐めすぎていたようだ。
ルルは無言でスグルの髪を持った。そして大きく息を吸った。
「このバカあああ!!」
そう言うとルルはそのままスグルの肩から飛びおりた。
ビチチチチとスグルの髪の毛が切なげな音を立てた。
身長約25センチのルルはスグルの髪を痛みつけるにあちょうどいい重さであった。髪の毛が抜けないちょうどぎりぎりの重さであったのである。
「いで、いでででで」
スグルが痛みに耐えかねてルルを持とうとするとルルは必死に足を振り回して抵抗した。
それはもはや貴族のふるまいではなかった。
ルルが暴れることでスグルはしばらく地獄の苦しみを味わうことになった。
なんとか、ルルが暴れるのをやめてスグルの左肩に戻ってもスグルの頭はジンジンと痛んだ。
スグルはこれが影響して将来禿げるじゃないかとかなり恐怖を感じた。
「禿げたら責任とってくださいよ」
スグルが言うと、ルルはあらと言うとつづけた。
「禿げてる騎士なんて恥ずかしいから連れてけないわ」
怒ったスグルはつぶやくように言った。
「さっきのルル様はまるで泣き叫ぶ赤ちゃんみたいだったなあ」
すると右肩に座っているフィンがたまらないとばかりに吹き出した。
「……。もういいわよ!」
そう言うと拗ねたルルは体育座りになると延々とスグルの肩に円を描き始めた。
ルルはいじけるとこうするのが癖らしかった。
スグルは右肩のフィンと顔を見合わせると「はあ」とため息とついた。
そのまま数時間歩くと、ぼちぼち町らしきものが見えてきた。城壁こそないものの中心地は王都のように高い建物が立ち並んでいた。
「これがリッチモンド領ヴェルサイユです」
フィンがそう言うとシットが説明を加えるように言った。
「王都が政治の中心だとしたらこちらは経済の中心と言ってもいいかもしれません。リトリアの街道が何本も終結する土地なので商人にとって都合のいい町なんですよ。もちろん、私どものシット商会の支店もこちらの街にあります」
シットがそう言うと、そうですねえと言い、続けた。
「一応、巨人のスグル殿もいますし、まずはルル様とフィン殿で先にあいさつに向かったほうがよろしいかと」
シットがそう言うと、ルルはうなずくと言った。
「わかったわ、私たちで先にいくわ」
そう言うと、ルルはフィンとベンを連れて先に街に入っていった。
数時間経つと、ベンと食料などを受け取りに来た役人たちがきた。
「たしかに受け取りました。この後はお屋敷にて歓迎の宴が執り行われる予定です。スグル様も中庭で参加できますのでぜひお越しください」
役人たちにそう言われたのでスグルたちはお屋敷に向かって大通りを歩いて行った。
町の人々が巨人のスグルを珍しそうにキョロキョロ見るようにスグルも落ち着かないように周りをキョロキョロ見ていた。
見かねたように今はスグルの左肩に乗っているシットが口を開いた。
「スグル殿、どうしたんです? そんなに落ち着かない様子で」
そうシットが尋ねるとスグルは恥ずかしそうに言った。
「ちょっとルル様を怒らせすぎちゃったなと思って、お詫びの気持ちも込めてなにか贈り物をしようと思ったんですけど……。でも、こんな下町のものじゃ貴族のルル様には釣り合ってないかなあって」
少し前に給金をもらっていたスグルは異世界初めての買い物をルルの贈り物にしようとしていたらしい。
そう言ってスグルがうじうじしていると右肩のベンが生意気にも笑いながら言った。
「兄ちゃん、こっぴどくやられてたからなあ!」
「お前は黙れ!」
スグルが思わず叫ぶと、ベンは言った。
「ルル様だったらどんな贈り物でも喜ぶと思うよ」
そういわれてスグルは先ほど見ていた露店まで戻ると肩の上の二人に尋ねた。
「これ、ルル様に似合うと思ったんだけど、どう思う?」
シットとベンはニヤと笑みを浮かべるとグッと親指を突き出した。




