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21話 出発

 その日はやけに寒い日であった。ぶるるとスグルがやっとのことで手に入れた屋根付きの居室でもうしばらくの惰眠をむさぼろうとしたら、スグルの主人であるルルがノックもせずに入ってきた。


「もう、秋ね。そろそろ冬備えの時期だけれど。スグル、今からあなたは牛よ」


 スグルはあー、牛になれ発言久しぶりに聞いたなあ。一体冬と牛に何の関係があるのだろうかとか思いながらもとりあえず具体的に自分は何をさせられるのだろうかと思うと質問した。


「いったい、ルル様は僕になにをさせるつもりなの?」


 スグルが、眠気眼で聞くとルルは悪い笑みを浮かべると言った。


「冬の雪で道が使えなくなる前に食料やら堆肥やらをまだ届けられていない他領に届けにいくのよ」


「一応ね。聞くけどね。それってどのくらいの距離デスか?」

 

 スグルがはたして自分が一体、どれだけの距離を歩かされるのだろうかと、かなり恐怖を感じるとルルはそんなにひどい扱いはしないわよと、まったく笑えないような笑顔で言い、続けた。


「リトリアの流行の最先端、リッチモンド領ヴェルサイユに向かうわよ」


 そのルルが同行する前提の発言にスグルはただルルが何やら買い物したいだけなのねと思うと、苦笑いしながら仕方ない主人様だなと思い、なんだかそんなところも可愛いなあと思った。

 だが、しかし。スグルはおっとアブナイなあ。距離をはぐらかされるところだったと思いなおすと重ねて聞いた。


「で、ルル様。一体距離はどのくらいなんですか?」


 ルルは「そ、そうねえ」と言うと、口をもごもごさせて何かを早口で言った。

 冗談かなあ。まるでスグルに聞かせたくないみたいだ。


「聞こえないですよ、ルル様」


「もご、ごご」


「早く言わないと、ルル様がなにやら工作する前にマルクさんにチクります」


 ルルはその一言で顔色を変えると言った。


「巨人の足だと3日くらいかかるかしら」


「遠いですね」


 スグルは行きたくないと思ったが、次のルルの行動でコロッとやられてしまった。


「おねがい? スグル?」


 それは女の子のおねだりであった。基本的に地球ではモテない子だったスグルは女の子のこういった言葉にめっぽう弱かった。ポイントは疑問形であることだ。それと首をかしげること。それに加えてルルは目まで潤わせていやがった。スグルにとってはもうそれだけで断れなくなる魔法の言葉であった。


「ま、まあいいけど」


 スグルがたどたどしく答えるとルルは花が咲いたような笑顔になると言った。


「ありがとう! スグル!」


 やっぱりスグルにとってはこっちのほうが破壊力があった。やっぱり女の子は潤んだ顔も可愛いけれど笑った顔が一番である。そうスグルは思った。


「可愛い、可愛いよ」


 会話の文脈からしてスグルのこの発言は非常にあれだ、関わっちゃいけないタイプの人の発言であったが父親が田舎のお屋敷に置いていたことからも分かる通り箱入り娘であったルルだからしてその言葉は効果てきめんであった。


「な、なによいきなり。別に褒めても何も出ないわよ」


 ルルは耳まで真っ赤にすると「じゃあ。よろしくね」と言うと逃げるように部屋から出て言ってしまった。



 数日後、2週間ほど領地を開けても問題ないようにルルの工作が終わると、マルクがそのがっちりした胸板などからは想像できないほどの弱々しい顔になっていた。しかし、ルルはそんな様子には目もくれず、今回の名目上は派閥の交流と食料などの受け渡しとなっているルルの旅行についてくるスグル、フィン、シット、ベンを見ると言った。


「これから2週間、きっちり仕事をよろしくね」


 そして次にルルは留守を任せるメンバーを眺めて、言った。


「マルク、そうね。内政は任せたわ。そしてスミス、そこのマッドが水蒸気機関の製作に協力してほしいらしいから農具の生産に支障が出ないほどに手伝ってあげて」


 そうルルが言うとマッドは感激したというように叫んだ。


「なんと! お優しい聖女様! 私、全力で研究いたします!」


 マッドが秘書官の仕事そっちのけで研究しそうであったのでルルはくぎを刺すように言った。


「あなたの本職は秘書官! マルクのサポートをしっかりね」


 そう言うと、マッドは不思議そうな顔になると言った。


「私は、お抱え科学者ではなかったですか?」


 この秘書官をやらせれば王宮でも通用しそうなほど優秀だったマッドはさも不思議そうに言うが、確かにこの男は秘書官でいいから雇ってほしいと言っていたはずである。


「あなたの仕事は秘書官よ。さぼるようだったら研究させないわ」


 ルルがそう言うとマッドはキリっとした顔になると言った。


「全力でサポートいたします」


 さて、居残り組は大丈夫であるのだろうか、と思いながらもルル一行はリッチモンド領ヴェルサイユへと向かっていったのであった。


 

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