20話 放浪の科学者
その日、ピレネー高地の領主であるルルはスグルの左肩に座りながら領地を回って視察を行っていた。
領主たるもの領地の様子を日々知っておくというのも大事なことであるからだ。
で、あるからして。
ルルは、昨日も一昨日もその前も視察をしていたが、それは決して動きたがりなルルが内政をマルクと最近新しく登用した下級貴族の役人たちに任せて領地で遊びまわっているわけではない。多分……きっと。
スグルはのほほんとした口調で言った。
「ルル様、そろそろ領主としてどすっと椅子にすわる仕事をしなくてもいいんですか?」
そう言うと、ルルはビクッとした後、答えた。
「そうね、そろそろ戻ろうかしら」
「多分、マルクさんから山ほどたまっている領主の確認が必要な書類の処理をお願いされますね」
スグルの右肩に座っているフィンは、最近会うごとにマルクにルルがいないことで書類の処理が進まないと愚痴をこぼされてたのに辟易していたのでその意味も込めてにっこりと笑ってルルに言った。
すると、ルルは「やっぱり戻るのはもう少しあとにしましょう」と言うと地獄の事務作業をできるだけ後にしようと、無駄な努力をし始めた。すると、スグルとフィンはほんとに大丈夫ですかという顔になると、言った。
「どうなっても知らないですよ。ルル様」
「戻ったほうがいいとおもいますよ」
スグルとフィンにそう言われてルルは叫ぶように言った。
「わかったわよ! もどればいいんでしょ!」
しかし、領地の端の方まで視察に来ていたため、いくら巨人であるスグルの足でも新しく建設された新しい屋敷に戻るにはそれなりに時間がかかる。
スグルがゆっくりと来た道を戻っていくと少し人だかりができている場所があった。
「よく見てください。こうやって薪を燃やしてこの水を温めると出てきた蒸気が」
そう言うと、見物人に対して自分の持ってきた機械を披露する、眼鏡をかけその金色の髪を後ろで縛った、学者然とした若い男はつづけた。
「このようにこの棒を持ち上げて! ほら円がくるくる回るのです!」
それはスグルが世界史の授業で習っていた水蒸気機関であった。
しかし、領民たちは? と言った風にだからどうした。と残念な顔になると農作業にもどっていった。
ルルはその人物に興味を持ったようで話しかけた。
「その仕組みはあなたが考えたの?」
すると、その人物は見るからに貴族であるルルを見てパッと顔を明るくするとまくしたてるように言った。
「そうです! 私、元、王国アカデミーの研究員のマッドですが、この装置の研究で失敗してしまって追い出されてしまったのです! で、次の出資者を募集しているのであります!」
ルルはふうんと言うと。
「王国アカデミーの研究員なんて相当なエリートじゃないの。でも私、そういう出資には興味がないから他をあたって頂戴」
ルルがスグルに行くわよと言うとスグルは水蒸気機関に興味を持ったようで、質問した。
「どんな失敗をしたの?」
スグルがそう言うと、マッドはこの貴族を逃してなるものかといった猛禽類の目になるとしんみりとした口調で語った。
「私の、この水蒸気をつかって車輪を回すという研究は注目をあつめたのです。そして国王の目にとまり王国の後援で研究できることになったのです。そしていざ、大規模な水蒸気機関を新しくできた王国立ホールで展示したら……」
そういうと科学者マッドは悲しそうに睫毛を伏せた。
「そうしたらどうなったのよ」
ルルが再び興味を持ったのか続きを促す。
「爆発しました。木っ端みじんに完成お披露目の王国立ホールを半壊させてです。救いなのは、私一人で作業していたので人的被害がなかったことですかね」
ハッハッハッと、先ほどまで悲しそうな顔であったマッドはこんどは笑いながら言った。
「この国の加工技術では大規模な水蒸気機関に求められる精度は出せなかったということですかね!」
マッドはそう言うと、つづけた。
「私、アイデアは優秀な科学者であります。ぜひお抱え科学者にしてください」
マッドはそう言うと土下座した。見事な五体投地であった。
ルルはお抱え科学者ってなによそれ! と叫ぶとつづけた。
「私は科学者になんて興味ないわ! 他をあたって頂戴!」
ルルがたまらないとばかりに叫ぶもマッドはなおも引き下がらない。
「わかりました! 私、こうみえても秘書官の資格ももっているのです! ぜひ私を秘書官にしてください! 秘書官として標準的な給金と多少のトラブルが起きても問題ない土地があればそれでいいので!」
ルルは秘書官……。このあとの地獄のような書類作業もマシになるかしらと思うと、次には承諾の言葉を言っていた。
「いいわ、あなたを私の秘書官として登用するわ。これからよろしくマッド」
そう言うと、マッドは言いにくそうに言った。
「すみません、私、まだあなた様の名前を存じ上げていません……」
ルル達はあきれるようにこの研究馬鹿を見つめると、ルルは仕方なしに名乗った。
「私はここ一体の領主、ルル・アルデンヌよ」
マッドはそれを聞くと、驚いた顔になると言った。
「それは! 聖女の誉も高き領主様ではありませんか! 私も領民の役立つ発明をしなければなりませんなあ!」
「あなたはあくまで秘書官として登用したんだからそっちの仕事もきっちりこなしてもらうわよ」
ルルがあきれたように言うが、すでにマッドは聞いていなかった。
その後、屋敷に戻ると、ルルとその秘書官マッドは、地獄のような書類仕事に追われることになったのであった。
マッド……。
マッドサイエンティスト
スグル、英語、伏線。
異論は認めない。




