18話 守り石
領主会議を終えて、ルル一行はギルが王国騎士団に出向し、スミスがお抱え鍛冶師として加わったため、総数は6人のまま領地であるピレネー高地へと戻ってきた。
領民たちは無事に戻ってきたルルとスグルにひとまず安心と言った風に街道を通るルル達に手を振っていた。
ルルはそんな領民たちが耕している畑を見て思い出したかのように「そうね……」とつぶやいた。
屋敷に戻ったルルはさっそく「そろそろ時期ね」と言うとスグルとフィンを引き連れて草原の奥の森の中へと向かっていったのであった。
「どこに向かっているの?」
スグルが左肩と右肩にそれぞれルルとフィンを乗せて、森の獣道を歩きながら尋ねるとルルはもういいかしら、と言うと話した。
「守り石に魔力を供給するのよ」
スグルはそう聞くとなるほどと思った。たしか貴族は守り石に魔力を込めて土地に恵みを与える存在だったはずだ。
「そんな大事なものだったら隠すのも当然でしょ?」
ルルはそう言うと「ほら、もっと早く歩きなさいな」と言った。
だがしかし、スグルは疑問に思った。自分、巨人ですが! 自分、ついてったら意味なくないですか!? と思った。
「ルル様、僕みたいな巨人がついていったら意味なくないですか? 目立ちますし……」
スグルがごく当たり前の疑問を言うと、ルルは恥ずかしそうに少し赤くなると。
「わかってるけど、ギルがいないとどうも不安なのよ」
ルルがそう言うと、フィンが言った。
「僕が守りますよ!」
しかし、ルルはひどい奴だった。
「フィンだと不安だわ」
「そんなあ!」
もちろん王国騎士団所属だけあって最低限の剣術の腕前はあるのだが、やはり何といえばいいのか、言動がどこか頼りないのである。
「もっと剣術の腕を磨くことね」
ルルがそう言うと、フィンははあとため息をつくのであった。
しばらくして崖にある洞窟にたどり着くとルルはここねと言って呼びかけた。
「ベア!」
するとルルたちの前に巨大なクマが現れた。
「でかい!」
フィンがそのクマのあまりのでかさに思わずルルの前に出て剣の柄を握ってしまうほどにはそのクマは大きかった。ルルなど胃袋に入ってしまいそうな大きさである。
しかし、この中にその大きなクマでさえチワワと変わらない大きさに感じる者がいた。
「かわいいな! まったく!」
スグルはそのチワワ大の大きさのクマに近づくと、おらおら、おいおいと言った風に撫でた。
首筋から始まり、脇からおなかまで、クマはまんざらでもなさそうな顔になると最終的には「もっとやっていいんだぞ」という風にスグルの足に顔を擦り付け始めた。
「あのね、スグル、この子は守り石の守護獣で決して手なずけるような動物ではないのだけれど……」
ルルがあきれたような口調でそう言うと、スグルは「だって」と言うとつづけた。
「こんなにかわいいのに! ルル様、例えば子犬サイズのクマがいたらそれはかわいいと思うでしょ?」
ルルはそういわれて、思い浮かべた。子犬サイズのクマ……。なにそれ可愛いじゃないの。
ルルも貴族だけど、普通の女の子である。もちろん可愛いものも可愛い動物だって大好きなのである。
ルルは、目の前にいる自分よりはるかに大きいサイズのクマをみると決心するように手を伸ばした。
「クマ、クマ、クマ」
読者の皆様に至ってはきっと美少女が手を伸ばしたのに答えて巨大クマが甘えるような鳴き声で答える様子を思い浮かべているのかもしれない。
だがしかーし!!
そうではないのである。実際のクマの鳴き声は普通に「クマ、クマ、クマ」であるからにして、よく言われる、動物を調教するときはあまりなめられてはいけないということにして。ルルはミスを犯していた。威厳も見せずに猛獣は従わないのである。
ルルは手を伸ばした時のクマの顔のあまりの恐ろしさに思わず「キャッ!」と叫んだ。
それに反応したクマがルルに近寄ろうとするとスグルが「メッ」と言ってとめた。
もう、この巨大クマは主人を完全にスグルと認識していたのである。
「なんでよ!」
ルルがスグルに向けて叫ぶと、クマは主人を守るようにスグルの前に立つとルルを威嚇するように「クマ、クマ、クマ」と鳴いた。
スグルは、ルルが先ほど、このクマを「ベア」と呼んでいたのを思い出すと語り掛けるように言った。
「ベア、この女の子は僕のご主人さまなんだ。だから攻撃しちゃだめだぞ」
そう言うと、ベアは分かったというように、温厚な顔になるとルルのほっぺをなめた。
スグルはうらやましそうにベアを見た。(ルルをPrPr)
ルルはうらやましそうにスグルを見た。
「私が主人なのに……」
ルルは貴族の威厳がとか、いろいろ言ってはいたが、結局はクマになつかれて喜んでいた。
というわけで、スグルは守り石の守護獣を味方につけたのであった。
ルルが洞窟に入るとそれに続いてスグルとフィンも入っていった。
驚くことに洞窟はスグルが入れるほどの広さであったのだ。
「ここよ。この祠に守り石があるの」
ルルが祠の仕掛けをいじくるとそこにはスグルが地球で見たどの石よりも美しい石があった。
エメラルドを思わせる緑の輝きはその石自身が光っていることでまるで自然の中の命を表現しているが如きの神秘を感じさせた。祠の中で浮いているそのちょうどルルの頭ほどの大きさの石はまるで自分の意思を持っているかのようにこの地の領主であるルルの手元へと動いた。
「この地を守りし、守り石よ。我が魔力を得てその力をこの地のために……」
ルルが小さな声でそう囁くと、この世のものとは思えぬ光景が広がった。
ルルの手元から出ていく七色の輝きはルルの長い赤髪を巻き上げながら祠全体を包み込む。
先ほどまでエメラルド色に輝いていた守り石はその七色の光に答えるようにその輝きを増すと、もはやどの色なのか分らぬほどに輝き、万華鏡のように数々の模様を作り出した。
「天使だ」
スグルは思わずそう呟いていた。
それほどまでに目の前の光景が現実離れした美しさであったのだ。
スグルは時がたつのも忘れると目の前の光景を目に焼き付けた。
儀式が終わるとルルは気持ちやつれた風に見えた。
「ごっそり魔力を持っていかれた気がするわ。農地が広くなりすぎたせいかしら」
「そうかもね」
スグルが生返事で返すと、フィンが笑いながら言った。
「スグルの儀式中の顔といったら面白かったなあ!」
それを聞くとルルは意地悪な顔になって言った。
「私がきれいだったからかしら?」
ルルがどうせ、誤魔化すんだろうなと冗談風に聞くと、スグルは期待を裏切った。
「きれいだった」
ルルと言ったら、箱入り娘だっただけあって同世代の異性から褒められたことないのである。からして、顔を真っ赤にすると。
「そう……」
と言ったきりだまってしまった。まったく初心な娘であった。
守り石に魔力を込めたからか、アルデンヌ領ピレネーではやせた土地でもそれなりに使える土地になったのであった。
追記、クマがスグルになついたのはスグルがその巨人というサイズだけでクマより上の存在だからです。




