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17話 評判の鍛冶師2

「帰れ!」

 

 ルルがそう叫ばれると真っ先に動いたのは王国騎士団出身のフィンであった。


「無礼者!」


 フィンはルルを庇うように前に出ると剣の柄に手をかけた。

 するとへッと見下した笑い方をしているその鍛冶屋の店主らしき人物はルル達がいる鍛冶屋の入り口のある通りまで出てくると言った。


「そうかい、兵士を前にだして自分たちは後ろにいるなんてお貴族様らしいじゃねえか。なあ?」


 口調に貴族への憎しみを募らせるその人物は4、50歳ほどの顔に古い大きなやけどのあとのある男であった。

 しかし、その表情は憎しみではなくどこか自棄になっている風にも思えるものだった。


「ごめんなさいね、フィン、一回さがって、でも私にはなぜあなたが怒るのか理由がわからないの」


 ルルはゆっくりとした口調で言う。


「俺に剣を作れだと、ふざけるな。誰が人を殺す道具なんぞをつくるか」


 その言葉にはなにかひどくつらい意味が含まれているようだった。


「えっと……」


 良くも悪くも生まれた時からの生粋の貴族であるルルには死ぬということは身近であった。それに高位の貴族であったルルにとっては人から直接的な敵意を受けることもほとんどなかったのでなにを言えばいいのかわからなくなってしまった。


「俺も、職人だ。いけ好かない貴族でも金をもらえばほとんどのものを作るさ。だがな、人を殺める道具はもう作らねえ」


 ルルが言葉に詰まって何も言えないでいると、スグルが代わりに話した。


「どうして武器をつくらないの?」


 スグルが落ち着いた口調でそう聞くと、落ち着きを取り戻した鍛冶師は「すまねえ、取り乱した。言わなきゃわからねえよな」と言うと、話し始めた。



~鍛冶師視点~


 俺はもともとは武器を専門につくる鍛冶師だったんだ。

 まだ、俺も駆け出しだった頃に、縁あって駆け出しの騎士様に格安で装備を提供したら、そいつがみるみる出世してな、お抱え鍛冶師みたいな扱いになった俺には多くの仕事が舞い込んできた。


 そんな鍛冶師として成長した俺に、妻と息子ができるのはそう時間はかからなかった。


 不幸なことは息子に鍛冶師としての才能はかけらもなかったことだ。何本打ってもできるのはなまくらばかり、息子が打った調理用の包丁ですらまともに切れないもんだから困ったもんだ。


 だから俺は騎士様との伝手を使って息子を騎士団に入れたんだ。今思うとなんでそんなことしちまったんだと思うけどな……。


 幸い、息子にはそこそこの剣の才能があった。鍛冶師見習いとして俺からずっときつく鍛えられたあいつにとって騎士として認められるというのは嬉しかったんだろうな。


 こんな鍛冶師として息子を見限った俺だったが、息子は変わらず俺を信用してくれた。あいつが使う剣は俺が打った剣、当時の俺にとってはそれがうれしくて仕方がなかった。


 だけど、騎士にとっては死ぬっていうのが当たり前のことだったんだよなあ。

 北の荒れ地の蛮族の盗伐に向かった息子の部隊が貴族を除いてほとんど全滅でかえって来たんだからな。


 俺のもとに帰ってきた息子の遺品は剣の柄だけ、刀身は折れちまってたよ。そんときの俺はアホだったなあ。もっといい剣を打ってたら息子を失うこともなかったのにって思っちまったんだからな。


 不幸はそれだけじゃ終わらなかった。

 妻が殺されたんだ。俺の目の前でな。


 そいつは俺が打った剣で身内を殺された恨みで妻を殺したんだ。

 息子を失ったことで剣を打つ技術を磨いた結果がこれだ。

 武器、人殺しの道具が俺からすべてを奪った。

 妻も、息子もだ。


 だから俺は人に役立つものを作ることに決めた。

 それが鍛冶屋、豊穣の鍬だ。





 鍛冶師が話し終わると場は、途端に静かになった。もちろん、盛況な通りが静かになったということではないが、その話を聞いていたルル一行たちは言葉を失っていた。


「ごめんなさい、私……」


 ルルが鍛冶師のあまりに悲惨な過去に言葉を失うと鍛冶師も話して落ち着いたのか、柔らかな口調にもどると答えた。


「俺も悪かった。てっきり息子が全滅したあの部隊の貴族と重ねてひどい態度をとっちまったが、お前さんはふつうの貴族とは違う気がするよ」


 鍛冶師はそう言うと、今度はスグルの方を見て言葉を失った。


「きょ、巨人か!」

 

 驚くことに怒っていた鍛冶師は先ほど話を交わしたにも関わらずスグルが巨人だと気づいてなかったらしい。


「じゃあ、あの巨大な馬鍬はそちらの貴族様が注文なさったもので?」


 鍛冶師は途端に顔を真っ青にすると尋ねた。


「ええ、私は以前、馬鍬を注文したルル・アルデンヌよ」


 もちろん、巨人サイズの馬鍬などかなり大きなお金の動く注文であり、当然そんな注文をした客などお得意様であるからにして、鍛冶師は顔を蒼白にしたのであった。


「ほんとにすみませんで!!」


 筋骨隆々の大の男が大通りで五体投地で謝罪をするなど打ち首クラスの失態を貴族に対して働いたというのがもっぱらの世間の感覚だからして、それはすこしやりすぎな謝罪であった。


「ちょ、ちょっと」


  ルルが慌てて制止するも鍛冶師は叫んだ。


「いやいや! 理由があろうともお得意様にあんな態度、もし妻が生きてたらただじゃすまされねえよ! それにあの鍬を作った領主さまときたら小作人を救ったってことで噂の聖女さまじゃねえか。そんな方にとんだご無礼を!」


 鍛冶師は相変わらず五体投地のまま叫んだ。

 もちろん、大通りでそんな大声で叫べば道行く人々の視線を集めるわけで、ルルは赤面すると答えた。


「私もあなたに武器を作れとは言いませんわ。だからこれからも領民の役立つ農具を作ってほしいの」


 ルルがしゃがみこんで鍛冶師のほほをなでながらやさしく語り掛けるさまはまるで絵画のようで天使が微笑みかけているようであった。


 もちろん、噂好きの王都の都民たちの手によって、それはルルの聖女伝説として新たに語られることとなった。というのをルルが知るのはもうしばらくあとである。



「私は、この鍛冶屋の主のスミスです。これからもよろしくおねがいします」


 やっと落ち着きを取り戻した鍛冶師ことスミスとルル一行は鍛冶屋の2階で再び商談に臨んでいた。

 この際、領民がいきなり増えたことで不足気味な農具を作るためにスミスを領地に招聘しようということになったのだ。


「よろしくスミス、私としてはあなたに王都からピレネーに移り住んでもらって農具を作ってもらいたいの」


 ルルがそう言うとスミスは答える。


「モノってのは誰かに使ってもらって初めて価値のあるものです。そこで必要とされるなら私は喜んで行きましょう」


 スミスは微笑むと承諾した。「では、私も移転の準備をしますね」とスミスが言うと、2階の窓から覗いているスグルが声をかけた。


「スミスさん、人を殺めにくくなる靴を作ってもらいたいです」


「人を殺めにくくなる靴とは?」


 スミスが怪訝な顔つきで尋ねるとスグルは説明した。


「僕はこれでもルル様を守るお抱え騎士です。守るために武器は必要です。だから靴なんです」


 スグルは基本的にアホの子である。なので説明が非常に下手なのである。見かねたシットが言葉を補足した。


「おそらく、スグル殿は敵を蹴り倒してもできるだけ相手を死傷させない武器が欲しいということで靴に着目したと思われます」


 シットがそう言うと、スグルは言った。


「騎士としてはヌルいとは僕も思うけど、できるだけ僕は人殺しはしたくないんだ」


 それは、もと地球人。それも平和な日本人としての切実な気持ちであった。

 スグルは異世界転移ものの小説が大好きであるが、いざ自分がそうなってみるとまだ、ほとんど人づてでの知識だが、人の死というものがどれほど、残酷で、身近なものなのかを感じて、自分にはどうしても俺TUEEEEEで人殺しはできないと思い始めていた。多分、いざ敵を前にしたら、その人の背後にいる多くの家族、友人、恋人などの顔がちらついて手を挙げられないかもしれない。人殺しに慣れてはいけない。そう思うのだ。


「はは、はははははは!! それは珍しい騎士がいたもんだ。気に入ったよ。分かった、お前さんの図体で完全に死者をゼロにするってのはそれは無理だ。だけどな、気絶程度で敵を倒すってのは武器次第で格段に成功率があげることはできる。俺が協力しよう。お前の蹴り靴? まあいい。最高の装備をつくろうじゃねえか!」


 スミスはそう言うと拳をスグルの鼻元に突きつけると、すでにこの世界の約束の作法を心得ているスグルはニッと笑って拳をあわせた。


「じゃ、靴の名前はオーガスパイクでよろしくです」


 しれっとスグルは小学生の頃にやっていた超人サッカーゲームの最強スパイクの名前を付けておいた。


「オウッ!」


 そうしてルル一行は鍛冶師を味方につけてピレネーへの帰路についた。



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