12話 領主会議
領民移民政策が他領の領主の顰蹙を買い、領主会議に呼び出されたルルはスグルやギル、マルクにフィン、そしてシットという今現在の最強の布陣で王都へと向かった。
王都に着くと、つい数日前には物珍しいといった風だったスグルへの都民の視線も、今度は聖女という噂の流れているルルが集めていた。
「ルル様、かなり視線を集めていますね」
スグルがのんきな声で話しかけるとルルは先ほどまでこわばらせた表情を緩めるとあきれたように言った。
「あのね? スグル、私はこれから私は敵意丸出しの他領の領主たちと渡り合わなきゃいけないのよ? 少しは心配してよね」
ルルが膨れたように言うと、スグルは答えた。
「大丈夫、なにかあったら僕が守るから」
スグルがそういうとルルが笑いながら言った。
「その巨大な体で会議の行われる王宮の会議室に入れるのならぜひお願いね?」
スグルが「あッ」と言うと、その場の皆で笑った。
「まあ、今回は護衛一人しか付き添いは許されてないから、ここはギルに来てもらうわ。ほかのみんなは別の部屋で待機してちょうだい。スグルは中庭ね」
ルルは今日の行動を確認するように言う。
「私が何があってもルル様を守るから、スグル、もしもの時はルル様を担いででも逃げてくれ」
ギルが言うと、スグルが言った。
「約束したでしょ、逃げるときはギルも一緒だよ」
スグルがあの時の約束があるでしょ? と言うと、ギルはうなずく。
「わかってる、だけど、いざとなったら私はルル様を命を懸けても守る。私は騎士だからね」
ギルが答える。
スグルが自分が生きていた地球それも平和な日本の命を大事に精神とは違う騎士の精神に言葉を返せなくなるとルルが覚悟を決めた声で言った。
「大丈夫、ギルが騎士の精神で私を守るならば、私は当主として家臣を守る義務があるわ。絶対に交渉を成功させて見せるわ」
ルルが言うと、スグルは思った。自分は体が大きいだけが強みだ、なにか信念が欲しい。好きな人たちを守るだけの強さが欲しい。スグルの中で日本人としての精神と、短い異世界生活で垣間見てきた騎士道精神、当主の覚悟、そういったすべてのものがスグルの精神を変え始めていた。
王城につくと、スグルたち待機組はそれぞれ所定の場所へ案内され、ルルとギルは王城の最深部にある王宮の会議室へと案内されていた。
豪華な装飾品があちこちに飾られていて、窓のない廊下を右に左に曲がらなければ進めない造りは来るものを惑わせ、逃げるものをとらえるようなものであった。
ギルは真剣なまなざしで逃走経路を模索しながら歩くと、ルルは何度も頭の中で繰り返してきた、会議でのとりなしを今一度考えていた。
そうやってルルたちがしばらく歩いていると、目の前にひときわ大きなドアが現れた。
「すでにほかの領主様方は入場されています。入場されましたらすぐ会議が始まります」
まだ、10代前半であろう、少年がドアを開きながら言うと、そこにはルルが幼少の頃に見たベルデ王国のそれよりも立派な作りの部屋があった。
一番奥の上座でぽっちゃり体型の国王、レオナルドがそののほほんとした顔のまま不思議な迫力を放つ中、その左右に向かい合うように長机に沿って並べられた椅子には30人はいるだろうか、どれも経験豊富そうな貴族たちが座っていた。
そしてルルのために一番手前に用意された椅子はすこしほかの座席とは離されていて、これがルルへの尋問会議であることを暗に示していた。
「よく来てくれた、ルル・アルデンヌ、余としてはそなたの忠誠を疑うわけではないが、懸念される事項がいくつかできたのでな、今回はそれについて皆で話し合いたいと思う」
国王レオナルドが少し高い声で言うと、側近なのだろうか、横にいるインテリ風な男が続けた。
「領主のみなさま、これより領主会議を開催したいと思います。私は国王補佐官のホーキンスです。よろしくおねがいします」
領主たちが油断のならない目つきで国王補佐官のホーキンスを見ているのを見て、ルルもこの男には気を付けようと思った。
「では、今回の進言のまとめ役となったアーケン領主アルベール殿、お願いいたします」
そう、ホーキンスが言うと、怒りをあらわにアルベールは言った。
「そなたの政策でわしの領地の農民を不当に奪ったのは許されぬ、即刻農民の返還を要求する」
アルベールが叫ぶように言うと、ルルから見て左側の領主たちが同調するように「そうだ!」と言った。
「そのことに対して、ルル殿に説明はありますか?」
ルルはそう言われると、下からの態度で答えた。
「この度は私の失策で皆様方にご迷惑をかけてしまい大変、申し訳ございません、つきましては、お詫びと意味を込めまして皆様に提案がございます」
そう言うと、アルベールは「ほう」と言うと、続けるように促した。
「農民の減少で予想される納められる食料の補填にピレネーでとれた食料を売らせていただきます。それに加え、私と専属で契約している堆肥工場の堆肥を安く提供いたします」
ルルが言うと、領主たちの後ろに控えている騎士たちがそれぞれの領主に説明をはじめた。おそらく政治にも精通している騎士を連れてきたのだろう。ルルは後ろにいるギルが悔しそうに手を握ったことに気が付いた。
ルルが聞き耳を立てていると会話の内容が少し聞こえた。
肥料不足で、食料が不足している現在、他領から食料品を買い堆肥を安く購入できるほうが農民の流失で減る税収よりも価値が高いということでどの領地も意見が一致しているようだった。
しばらくして。
「しかしな、」
そうアルベールがさらなる譲歩を求めようと口を開くと、ルルが言った。
「相場の7割で食料を提供しましょう」
ルルが事前に話し合って決めた、利益が出るラインぎりぎりのラインを提示すると意を決したように左側の席の下座の方に座っている一人の貴族が発言した。
「それはいい案ですな。これだけ譲歩したのです。皆様方もこの案であれば良いのでは?」
ルルがまだ知らないシットに弱みを握られているハルトマン伯爵が賛成するとアルベールは睨み付けるようにハルトマンを見て言った。
「ハルトマン殿」
するとすかさず重ねるように右側の上座に座った貴族が手を挙げて言った。
「賛成」
すると右側の席のすべての貴族が手を挙げて賛成を口にした。
それを見ると上座に座った。国王レオナルドは言った。
「過半数の賛成があったのじゃ、この件はこれで落着じゃ」
そうレオナルドが言うと、つづけた。
「そうじゃな、これからも疑いの目がかからぬようにだれかそなたの家臣に王都で暮らしてもらおう」
その言葉にルルが拒否の言葉を発しようとするとレオナルドは遮るように続けた。
「さすがに巨人を取り上げたりはせぬ、そなたの横にいる騎士にヴィルヘルムのところに来てもらうことにしよう」
王国騎士団長のヴィルヘルムが言う。
「なにも監禁するわけではない、騎士団で騎士としていろいろ学んですごしてもらおうと考えておる」
もはや決定事項のようになってしまったことに承諾も拒否もできずルルが黙りこむと後ろのギルが言った。
「ルル様、承諾なさいませ」
しかし、ルルは答えない。
その様子にギルは一歩前にでると言った。
「騎士の身でこの場で発言する失礼をお許しください。ぜひ王都に出向させていただきたいと思います」
ルルがハッとしたようにギルを見たころにはレオナルドが会議を終了する言葉を発していた。
「決定じゃな、これにて領主会議を閉会する」
そしてルルはリトリアからの唯一の家臣を人質に取られたのであった




