11話 家臣会議
手紙が届いてから数刻後、今後の領地の方針を決めるための緊急の家臣会議が開催されることとなった。
会議にスグルが参加するため、屋敷の前一体に広がる草原の一角に設けられたスペースには、スグルとルルの強い要望によって例のあの男が天を仰ぐようなポーズであの男が立っていた。
「これは! ルル様! 私のような堆肥工場のオーナーを呼んでくださるなんてなんと素晴らしいお方でしょう!!」
まるで教祖を崇拝するかのような様子で歓喜を表しているのはこんな場面には普通呼ばれないはずの堆肥工場オーナーであり、スグルやルルからの厚い信頼を得ているシットであった。
「いいえ、私はリトリア貴族の一員になって日が浅いから、あなたのような経験豊富な商人に意見をもらえるのは非常に助かるわ」
そんなシットにルルは先程卒倒したその人だとは思えないほどに落ち着き払った様子で微笑みながら答えた。そしてルルが真剣な顔になり場が静まるのを確認すると。
「それでは私から、現在の状況を説明いたします」
マルクが現状の説明を始め、会議は開始した。
「ほう、つまり、領民を増やすのに使った策で他領の領民が減ったので、他領の領主が抗議してきたと、そして、そのことからルル様の高い評判にケチを付けてきたと」
シットは現在の情報をまとめるとしばらく考え、口を開いた。
「ルル様、簡単なことにございます。他領に格安で食料を提供すれば簡単に彼らもおとなしくなるでしょう」
シットの言葉に会議の場にいる皆が怪訝そうな顔つきになった。(スグルは普通になぜそうなるかわからなかった)
「それだと、他領の領主は食料を我々に握られて、我々に対して強く出られないということになるのではないか?」
ギルが代表して疑問を告げる。
すると、シットは「ここだけの話ですが」と前置きすると言った。
「この国の貴族が大切にするのは階級です。例えば、まだリトリアとベルデが国交を開いていたときには、はるか南方の国の品々を少し輸送費を足してリトリアに輸入するとそれだけでベルデの相場の2,3倍にはなりました。もちろん彼らも馬鹿ではないので商品の価値を知ってはいますが、いくらで買ったというのを大事にするのがこの国の貴族なのです」
シットはそう言うと、続けた。
「つまり、言い方が大切なのです。たとえば、譲るではなく、献上など、細かな言葉遣いを彼らは大切にします。相手のメンツを立てるのです。ルル様には下からの交渉を徹底してお願いします。それと、それだけでは不安ですから、私も協力しましょう。ピレネーから食料品を購入することを決定した領地には私のシット商会から堆肥を通常より安く販売します」
シットはそう言い、「どうでしょう?」とルルに尋ねた。
「たしかに食料だけじゃ弱くても堆肥までセットになると悪くない気もするわね。下水道の普及で堆肥が不足しているから価格も高騰しているのでしょう? 将来的にはピレネーがリトリアの食料庫を目指すとしたら、他領の堆肥の需要は減るものね」
ルルは「そこまで先を読んでるのね?」とシットに微笑む。
「そうです。この条件をうまく飲ませられれば、領主会議の乗り切れるはずにございます」
シットはそう言うと、「ただ」と続けた。
「領主会議には領主と護衛のお付き騎士が一人しか参加できません、ルル様お一人で条件を勝ち取らねばなりませんよ」
シットが聞くと、ルルは力強くうなずいた。
「私が領主よ。領地と家臣を守るのは私の役目よ」
ルルのその一言で会議は閉会した。
会議が終了し、スグルが一人で藁の上で寝転がっていると、シットがやってきた。
「先程は、ああ言いましたが、まだ対策が不十分です。今からあてがあるので向かいましょう」
いきなりの提案にスグルがどうしようと考えると、それが分かっていたかのようにシットは言った。
「大丈夫です。ルル様には堆肥関係の仕事といってあります。明日の夕には帰れるはずですので行きましょう」
それなら安心と、スグルはうなずくと、シットを右肩に乗せて歩き始めた。
もう、日が落ちると言う頃にシットはここです。とお屋敷を指差した。そのお屋敷は最近改築したのだろう、ピレネーの屋敷と比べても質の高い素材が使われていることが分かった。
「ここは?」
スグルが尋ねると、シットはニヤつきながら言った。
「私のお得意様でございます」
シットはそう言うと、門番に言伝を頼み、硬貨を握らせ、スグルの横に立った。
しばらくすると、大慌てで支度したのだろう、今、整えたばかりにしか見えない、湿り気のある口ひげを弄りながら、60代くらいの紳士が玄関から出てきた。
「これはシット殿、例のものでしたらあと少し、あと少し待ってもらいたく……!!」
そこまで言って初老の紳士は巨人の影に気づいて上を見上げた。そして冷や汗をかきながら叫んだ。
「シット殿! お金は返す! だから、どうか、担保の屋敷だけは勘弁してくれ!」
シットは微笑んだまま微動だにしない。スグルは内心、どういうこと!? と思いながらも、シットを見習って直立不動でいた。
「分かった。屋敷以外で要求を飲もう。それでどうだ? 貴族の紹介状でも良いぞ」
その言葉を待っていたとばかりにシットは「いいでしょう」とうなずくと言った。
「領主会議で私が最近贔屓にしてもらっているルル・アルデンヌ様側についてもらいましょう」
そうシットが言うと初老の紳士は慌てふためいた。
「それは無理だ! それを言い出したのは、私の派閥のトップだ! 私ごときがあれについたところでどうにもならないぞ!」
派閥の意向には逆らえないと初老の紳士が言うと、「それなら」とシットは言った。
「わかりました。では、ルル・アルデンヌ様が妥協した形になる案に賛成してください」
それは……。と初老の紳士が口を開くのとかぶせる形でシットは言った。
「無理であれば、破産ですが、どちらを選びますか?」
そう言われると叫ぶような声で紳士は言った。
「分かったそうしよう!」
「ちゃんと聞きましたよ」
シットはそう言うと「これで失礼します」とスグルに屋敷を去るように言った。
さり際に満面の笑みを彼に見せてくださいとシットに言われたのでスグルは自分の中で最大のプリティースマイルをプレゼントしたおいた。
しばらく歩き、屋敷が見えなくなるとスグルがさっきの人は? とシットに尋ねた。
「隣の領地の貴族のハルトマン伯爵でございます。貴族の中では中ほどでございますが、財政難で私の商会からお金を借りております。要は私が弱みを握っているのです」
シットがそう言うと、スグルは自分の恩人が実はスゴイ人なのではないかと思った。
「貴族の弱みを握るなんてすごいですね」
そうスグルが言うと、「いやいや」とシットは言い、苦笑いになりながら言った。
「あまりやりすぎると危険ですよ、私の同業者は消されましたから、まあ、私は予防線を張っているので大丈夫だと思いますが。貴族の力を得た商人は時には国も操れると言いますからね。まあ、私にはそんな力はないですが」
シットはそう言うと、スグルにぜひこれからも堆肥で儲けさせてくださいね。と言い、笑った。
そして3日後、シットのルルに対する指導が終わると、ルル一行は再び王都に向けて出発することになった。
さり気なくルルに借りを作っている堆肥工場オーナーシット。ツワモノです。
お隣領地の貴族、ハルトマン伯爵は財政難のくせに屋敷の改築をしてるところからも分かる通り典型的なリトリア貴族ってやつですね。
次回は領主会議でございます。うまくいくのでしょうか。
それと、伯爵ってなんかエロジジイっぽい感じしますよね?
たとえば桃色レモンを桃色レモン伯爵にしただけでエロさが倍増した感じしません?
僕だけかなこう思うの。




